月の輪通信 日々の想い
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父さんが昼から出かけるというので、傘を用意した。 ふと見ると、この間、オニイに貸した父さんの予備の傘がない。 あ、オニイ、またやったな。 そろそろ説教時だとオニイを呼ぶ。
オニイはよく傘を壊す。 雨の日でも傘を差して自転車通学するのだが、もともと自転車の乗り方のうまくないので片手運転の傘は壊れやすいのかもしれない。 また帰りに雨が降っていないと、ついつい学校に傘を置きっぱなしにしてなくしてくることもある。 ここ1,2週間で、新しい傘を2本壊し、予備のビニール傘を無くした。そして今日は借りていった父さんの予備の傘と私が補充用に買ってきたばかりの傘を2本とも学校へ置いてきたという。 ホームセンターの安売り傘だから壊れやすいのかもしれない。 自転車でたたんだ長傘を持って帰るのが面倒な事もよくわかる。 それでも駅の置き傘って訳じゃないんだから、次から次から使い捨てのように当たり前に家にあるかさを持っていかれてもたまらない。 父さんの傘や学校で借りてきた傘など、自分のではない傘の扱いもぞんざいで自分の用が済んだら返却を面倒がる。 傘が足りなくなるたびに「しょうがないねぇ」と傘を買いに出かけるのにも、いい加減、頭にきた。
「これからは、雨が降ったら徒歩通学にしなさい。 すぐに返さないのなら、人の傘を安易に借りるな。 予備に買ってある傘も勝手に持ち出すな。 自分の傘はこれから自分の小遣いで、自分で買って来なさい。」 癇癪に任せてコンコンとオニイを叱る。 何か反論がありそうな顔つきで、それでもいちいち頷いて聞いているオニイ。 「この休日の間は、雨が降っても君は傘なし!家にある傘は使わせない」 意地悪く念押しして、父さんを駅へ送るために車を出した。
父さんを駅で下ろして、戻ってくる途中、雨の中を自転車で降りてくるオニイとすれ違った。 「どこへ行くのよ!」 助手席の窓からオニイを呼ぶ。 「傘、買いに行ってくる。」 「馬鹿!」 言い捨てて車を出す。 うちに帰ると、まもなく追いかけるようにオニイが戻ってきた。 「自分で自分の傘買いに行くのが何で『馬鹿』なんだよう!」 あ、オニイ、怒ってる。 いつも従順なオニイの目に、珍しく反抗の炎。 「ふん、傘もないのに雨降りにびしょぬれでわざわざ自転車で傘買いに出かけていくのは『馬鹿』じゃないの!」 即座に切り返されて、言葉の出ないオニイ。 むっとして2階へあがる。
「行ってくる」 再び降りてきたオニイが持ってきたのは薄いビニールのレインコート。 意地でも傘を買いにいくつもりらしい。 フンフン、面白いと放っておいたら、アユコに 「安い傘ってどこに売ってるか知ってる?」 なんて、こっそり聞いているのが聞こえた。 一ヶ月1.000円の小遣いから傘代まで捻出するのはきっと痛いに違いない。 それでもふたたび雨の中へ出て行こうとするオニイの強情に、私のほうはさっきの怒りも霧消して、面白がってそのまま送り出した。
しばらくして、オニイ、ホームセンターの安売り傘を一本買って帰ってきた。 雨の中、レインコートで自転車を走らせているうちに、雨降りに傘を買いに行く馬鹿馬鹿しさに自分でも気付いたか、照れくさそうに笑っている。 「さすが、おかあさんやな。ホームセンターの傘は思ってたよりずっと安かったわ。」 さらりと負けを認めて、くにゃっと意地を折り曲げたオニイは偉い。 こういうあっさりとした負け方ができるのは、父さん譲りの柔軟さだ。 「じゃ、これからその傘大事にしなさいよ。ちゃんと名前書いてね。」 と念押しする母のほうが少々くどい。 外を見ると、曇り空が少し明るくなって、雨はやんでいるようだ。
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