月の輪通信 日々の想い
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この間、ゲンが学校で絵手紙を習ってきた。 地域の方に来ていただいて、指導していただいたものだという。 はがきの用紙に絵筆をさらさらと走らせて、色づいた柿の実に「元気ですか」の文字。 ゲンはその貰ってきたはがきを加古川のおじいちゃんおばあちゃんに出したいという。 「おじいちゃん、この絵、なんていうかなぁ」といいつつ、書き加えるメッセージをと考え込んでいた。
「・・・ね、このはがき送ったら、おじいちゃん、なんか僕にも送ってくれるかなぁ。」 どうやら、ゲンには何か下心がある様子。 先月、アプコが幼稚園から送った敬老の日の葉書には、おじいちゃんおばあちゃんから段ボール箱いっぱいのチョコレートが届いた。 アプコの無邪気な喜び様をゲンはクールにお兄さんぶって見ていたのだけれど、実はかなりうらやましかったに違いない。 「さぁねぇ。それで、君は何を送ってもらいたいの?」 答えは聞いてみなくてもなんとなく分かる。 大好物のメロンだよね? 「じゃあね、ストレートに『メロンください』じゃ芸がないよ。何とかおじいちゃんおばあちゃんが『よし、メロンを送ってやろう』と思えるような文章をかんがえてみ。」 「ふうん、それもそやな。」 ゲン、ますます頭を抱える。
「これはちょっとまずいかなぁ。」 としばらくしてゲンが持ってきた絵手紙の文面。 「ぼくはメロンが好きです。 かきも好きですが、メロンがすきです。」
ゲンの精一杯のユーモアが可笑しくて笑いをかみ殺して切手を渡す。 「いいよいいよ。おじいちゃん達はなんていうかな。」 ゲンにも、露骨なおねだりにはまだ少々の戸惑いがあって、宛名や住所を書き込んだ後でもなかなか投函できなかったりしている。 アユコや母が「だしちゃえ、だしちゃえ」と思いっきりけしかけて、やっとの事でポストに入れた。 「ゲンが面白い葉書を送ったよ。」 実家の母に電話して、予告しておく。
ゲンは買い物のついでに、果物屋の店先を何気なくちらちらと偵察していたりする。 ちょうどメロンの最盛期は過ぎ、箱入りのマスクメロンには高額の値札が付いている。ゲンが時々食べる比較的安価なアムスメロンやハネデューメロンの姿はあまり見かけない。 「わ、おかあさん、あの葉書、ちょっとまずかったかな」 と少々気弱になるゲン。 その様子がおかしくて「さぁねぇ」とはぐらかして笑っておく。
「おい、ゲンちゃんからの葉書はついたけどな。」 子ども達のいない時間に実家の父からの電話。 「ゲンちゃんの意図するところは、よくわかったけどな。」 父の口ぶりはすでに可笑しそうに笑っている。 「果物屋へ行ってみたら、結構値段もはるようやな。 ま、そのうち、送ってやってもいいけど、ちょっとゲンをからかってみようかなぁと思ってな。」 父はすでにゲンへの返事の手紙を書いたらしい。 「ふふん、人生はなかなか思ったようには進まないって事も教えておくということで・・・」 父の言葉にいつものいたずらっぽいユーモアの匂いが混じった。
翌日父から届いたのは、文面いっぱいに描かれたかぼちゃの絵手紙。 「はがき、ありがとう。 メロンとかきがすきですか。 かぼちゃはどうですか。」 「うわ、やられた!」 文面を見たゲン、へらへらと力が抜ける。 高価なメロンの小包ではなくて、おじいちゃんの見事なかぼちゃの絵手紙が届いた事で、ホッとしたような、ちょっぴりがっかりなような・・・。 「やっぱり、加古川のおじいちゃんは手ごわかったねぇ。」 ゲンの困った顔がおかしくて、父の絵手紙をみんなで囲む。 「さぁ、どうする?降参する?」 「う〜ん、どうしようかなぁ。」 ゲン、改めてリベンジの一手にでるか、それともあっさりと白旗を揚げるか、頭を抱えて考え中のようだ。
人なつっこくて甘え上手なゲンは時々思いがけないやり方でおねだりをする。実家の父も、ほかの兄弟達にはないゲンの思い切ったおねだりを面白がってみてくれているに違いない。時にはそれをユーモアたっぷりのやり方ではぐらかして、ゲンの反応を笑ってみている。 父の絵手紙のかぼちゃも、紙面のど真ん中にどっしりと座ってアハハと笑っているようだ。
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