月の輪通信 日々の想い
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再び、お祭りのときの事。
アユコの晴れ舞台の日、父さんはゲンと別の用事で出かけていてお祭りには参加できなかった。代わりに母がアプコを引き連れてビデオ撮影に走り回った。本来、家族と一緒の祭り見物なんて気恥ずかしくてとんでもないと言い出しそうなお年頃のオニイも、「古本市が目当てなんだ」といいながら後から自転車で駆けつけてくれ、父さんのかわりにアユコの晴れ姿をしっかり応援してくれた。 「アユコの出番も終わったし、一人で先に帰ってくれていいよ。アプコはもう少し模擬店やゲームで遊びたいと思うし、あとはアユコが連れて歩いてくれると思うから・・・」 と言ったら、意外にもオニイは 「いいなぁ、アユコばっかり」という。 何のことかと思ったら、実はオニイ、末っ子姫のアプコを連れてお祭り見物をしたかったようなのだ。 いつも当然のようにアプコの手をつないで面倒を見るのはアユコの仕事で、オニイやゲンもそれを遠巻きに見ているポジションが当たり前になっている。 中学生の男の子にとっては小さい妹の手を引いて歩くのはきっと恥ずかしいに違いないと思っていたのだけれど、たまには年の離れた幼い妹を連れて歩きたい気持ちもあるのだなぁと意外な思いがした。
小学生達に混じって、小さいアプコの手をつなぎ、ミニバザーでぬいぐるみを選んでやり、一緒にゲームの列に並ぶ。 なんだか娘を連れた若い父親のようなオニイのやさしい姿を少し離れたところで眺めていたら、近くにいた数人の中学生の男の子達が「お、あれ、Kとちゃうか」とオニイの名を呼ぶのが聞こえた。 「あいつ、中学生にもなってゲームの列に並んでるで」 「やっぱり変わったヤツやな」 「・・・ああ、妹、連れてるんやな。」 「ふ〜ん。どっちにしても変なヤツ!それにしても、K、小学生達の中に混じってると結構、背ぇ大きくなったよな。」 「ほんまやな」 他人の振りをして小耳に挟んだオニイの噂話。 人目も気にせずアプコ番を買って出てくれたオニイのやさしさや小柄なオニイの体格を揶揄するような言葉に、母としてはちょっと胸が痛んだけれど、実はこの男の子達の言葉にはそれほど悪意はなくて、小さい妹の手を引くオニイへのかすかな賞賛と羨望の匂いを交えて「大きくなったよな。」と評してくれた少年達の暖かな気持ちにも気付く。 こういう、ちょっと意地悪でちょっと暖かい友人達の中で、オニイは胸を張って自分自身の立ち位置をしっかり築いていくのだなぁと思う。
「あっちで中学生の男の子達が君の事、『変わったやつだなぁ』ってうわさしてたよ。」 とオニイに伝えたら、「あ、そ」とオニイはちっとも意に介さない様子で頷いた。 「別にいいよ。それよりアプコ、もう小遣い、使い果たしたから、連れて帰る?」 「うん、そろそろね、君は自転車だから先に帰りな。アプコの面倒見てくれてありがとね。」 アプコの小さな手をつなぐオニイの手はすっかり大人の手。 心優しい兄ちゃんに手をつないで連れ歩いてもらえる幸せを、アプコはちゃんと分かっているのかしらん。 オニイと一緒に買ったぬいぐるみを大事に抱え歩くアプコは、今日も末っ子姫のおおらかさでニコニコと笑っている。
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