月の輪通信 日々の想い
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夕餉の支度をしていたら、強い地震があった。 いつもの微震かと思っていたら、結構強めの揺れが長く続いた。 とりあえず揚げ物の火を止め、揺れがやむのをじっと待つ。 2階にいたオニイとゲンが、ばたばたと下りてくる。 「アプコは?」 「まだ上にいる。」 「アプコ!アプコ!」 不安になってアプコの名を呼ぶ。慌てた顔のアプコが続いて降りてくる。 揺れがなかなか止まない。 意味もなくアプコを抱きかかえ、不安な気持ちで天井を眺め、じっと待つ。 地震ときには家の外へ出たほうがいいんだっけ、うちの中にいるほうがいいんだっけ。混乱した頭でやっと出来たのは、子どもらを家具のないところに集めて顔を見合わせるだけ。 長い長い揺れだった。
「ああ怖かった。」 揺れが収まったので、急いでTVのスイッチをつける。 震度3。県境を越えた隣町の震度が4なので、もう少し強かったかもしれない 「こんなのはじめてやなぁ。」 阪神大震災の時には、まだ生まれていなかったゲンやアプコにはこんな大きな地震は初体験なのだ。 「ほんと、長かったね。怖かった」 口々に言っていると、「ただいま」と外出していたアユコと父さんが帰ってきた。車で移動中だった二人は、あの長い揺れをほとんど感じる事がなかったらしい。 へ?なんのこと?とのんきな顔。
阪神大震災のとき、オニイは幼稚園の年少さん。アユコもまだまだ赤ん坊に近かった。 早朝、強い揺れで目覚めて、とりあえず傍らに寝ていたアユコとオニイに覆いかぶさるようにして天井を見上げた。 父さんは飛び起きて、無意識に大きな洋服ダンスを腕で支えた。 突然の揺れになすすべもなく飛び起きた自分達が、無意識のうちに幼い子らを守る姿勢を取ったということに改めて驚いた。 TVで神戸や淡路の惨状をを目にして、ただただ大事な子ども達が今自分の手の届くところに無事でいるという事が、ぐいぐいと心に食い込んで痛い思いがした。 長い長い揺れに耐えかねて、子どもらをひとところに集めて身を寄せ合う。 母に出来る事は、ただ一番幼いアプコの体を抱き寄せるだけ。 心をぎゅっとつかまれるような差し迫った強い想いは恐怖ではなく、揺れが収まってからもざわざわと残る昂揚感。どうやら、子どもらも同じ思いらしい。 家族がいて、独りでなくてよかった。
「おかあさん、なんで、あたしを抱っこしたの?」 食事の後、アプコがなんだか妙に擦り寄ってくる。 「どこかから何かが落ちてきて、アプコに当たったら困るからよ。」 「でも、そうしたら、お母さんに落ちてきたものが当たるよ。」 「うん、でも、おかあさんは大人だから大丈夫。」 本当に強い地震なら、母が子どもを抱きすくめたところでひとたまりもない。落下物を避けるなら、テーブルの下に入るとか、もっと効果的な守り方もあるはずだ。 それでも、何故か一番幼い者を抱きしめ、身を寄せ合って、ふるえながら揺れが収まるのを待つ。 「寝てるときに地震があったら、どうするの?」 「目が覚めたら、すぐにアプコを抱っこするよ。」 「あたしがいないときだったらどうするの?」 「一生懸命、探すよ。」 「抱っこする?」 「うん、抱っこする。」 いろいろと訊き方を変えて、アプコが安心のための言葉を求めようとしているのがわかる。 今夜はほかの子ども達も妙に神妙で、なんとなく身を寄せ合うような空気が流れた。 少し涼しくなった気温のせいにして、犬ころのようにくっつきあって、TVを見た。
深夜、再び、強い地震。震度4。 オニイとアユコだけが目覚めてあわてて階下へ降りてきた。 母はやはり居間で眠り込んでいたアプコを抱き寄せる事しか出来なかった。
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