月の輪通信 日々の想い
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小学校のはと笛講座二日目。 講座の内容は昨日と同じ。受講する子どもは、昨日より少なくて12人。 おまけに、昨日からの校長先生のほかに、二人も先生方が参加してくださった。 最初の説明も、少人数だとぐっと集中して聞いてくれるし、父さんのほうも2回目となると教え方のツボやお話のポイントがつかめてきて、なかなかいい感じ。 昨日は時間内成功率が3割程度で、残りはお持ち帰りの内職仕事で何とか音が出るように修正したのだが、その作業のなかである程度コツもつかめたので、もう少し成功率が上がるような気がした。
ところで、今日の受講者の中に、私にはちょっと気にかかっている子がいた。 Pくん。 以前のアユコのメール事件で首謀者格だった男の子だ。 「近頃はPくんは、ずいぶん大人しくなったみたい。」とアユコからは聞いていたけれど、あの事件以来私は彼とちゃんと顔を合わす機会も持てぬまま、なんとなくすごしていた。 そのPくんの名前を参加者名簿の中に見つけたとき、正直なところ、私の心には微妙な引っ掛かりがあった。 事件は解決し、P君たちは親や先生たちからきつく叱られた。 たくさんの大人たちに囲まれて、「ごめんなさい」と謝る子どもたちの中で一人、P君だけが最後まで涙を見せることなく、暗い目をして大人たちを見返していたように私には思われた。 P君にとっても、あの時、我が子を守りたい一心で鬼のような形相でまくし立てたおばちゃんと再び顔を合わすのは、いくらか引っかかるところはあったに違いない。 講義が始まる前ほかの4,5人の男の子たちと一緒に教室に現れたPくん、普通に挨拶は交わしたものの、やはりちょっとやり切れないふうに、視線をはずした気がした。
早速、土を配り、作業開始。 ・新しい土を大まかな玉にして、そこから鳥の形をひねり出す。 ・形ができたら、胴体部分を切り糸ですっぱりとたてに切断し、中を中空にくりぬく。 ・傘の骨や竹べらで作った特製の道具を使って歌口(音を出すための切り込み部分)を作る。 ・何度も吹いてみながら、音が出るまで微妙な調整をする。 ・音が出たら、切断していた前後の部分をドベ(泥状の粘土)で接着。表面に装飾をつける。 中でも難しいのが、歌口部分の製作と微調整。 最初の説明どおりのツボをしっかり押さえて作ることができると、ずいぶん音は出しやすくなるのだが、相手は柔らかな粘土。 言われたとおりにやっているつもりでも、微妙に距離や方向が狂ったり、作業中に形が変わってしまったりして、大人でもなかなか音を出すのが難しい。かと思うと、運がいいのか手先が器用なのか、一発で決めて早々にほーといい音が出せてしまう子もいたりして、なかなか面白い。 一人二人と音が出せるようになると、ほかの子たちもぐっと自分の作業に熱中していき、教室の中に気持ちのいい緊張感が生まれる瞬間が生まれた。
同じグループの子が一人二人と音出しに成功し始めた。 「おばちゃん」「おばちゃん」と、しきりにSOSを出す子が増えてきても、Pくんは一人黙々と自分のはと笛を削っている。 ふと彼の手元を見ると、彼のはと笛はあんまり熱心にくりぬきすぎて、厚さがどんどん薄くなり、ほとんど崩壊寸前の危うさだった。 「Pくん、ちょっと待って。そこでストップ!救急車呼ぶよ。」 私はあわてて、父さんを呼んだ。 父さんはすぐに飛んできて、P君のはと笛に新しい土を足し、もろくなったところを補強してくれた。自分でも、「まずいな」と思いつつ、SOSを出しかねて弱っていたんだな。 ほっとした表情で再び歌口の部分を熱心に削りはじめたP君。 気がつくと、彼の口から小さな鼻歌が漏れていた。
しばらくして、悪戦苦闘していたPくんのはと笛が突然、ほーっと鳴った。 「わ!鳴った!」 びっくりした様子のP君の声。 「わ、すごい!Pくん、手伝いなしで自力で鳴らせたねぇ!」 その瞬間のP君の晴れやかな笑顔。 「可愛いな」と思った。 たくさんたくさん褒めてやりたくて、何度も何度も鳴らしてもらった。
あの事件の時、暗い目をして大人たちをにらみつけていたPくんに、鬱々とした不気味なものを感じていた私。 その同じP君のなかに、こんなに晴れやかな笑顔が存在していたことに私ははじめて気がついた。 子どもというのは確かにすごい。 大人よりもはるかに豊かな内面を持っていて、本当に思いがけないタイミングでその隠された一面を惜しげもなく披露して、おろかな大人を驚かせる。 ちょうど苦心して調整していたはと笛が、何かの拍子に突然ほーっと鳴って、作っている本人がわっとびっくりしてしまうような、とても鮮やかな変化の一瞬。 面白いなぁと思う。 大人の憶測や思い込みを、バンと裏切って成長していく子どもらの膨大な変化のエネルギー。 こんな瞬間に時々思いがけなく立ち合わせてもらえるからこそ、子育てというのは本当に有難いと心から思う。
それからもう一つ。 私とP君の間になんとなくわだかまっていた過去の感情。 面と向かって蒸し返したりはしないけれど、なんとなく引っかかっていた小さな感情の棘を、はと笛のほーという素朴な音が一瞬にして溶かしてしまった。 熱心に土をこねる子どもたちの手。 何度も首をかしげ、試行錯誤の調整を重ねる作業の繰り返し。 もしかしたら、「ものをつくる」という行為そのもののなかに、感情を浄化し、心と心をつなぐ不思議な作用が秘められていたのではないだろうか。 少なくとも私にとっては、P君のはと笛の穏やかな第一声は、高らかな「開けゴマ!」であった。 もしかしたら、P君にとっても新しい扉を開く「開けゴマ!」であったかも知れない。 ぎゅっと唇を引き結び、首をかしげ、舌打ちをし、わっと驚きの声が漏れる。ものづくりに集中して一心に取り組むとき、小さな感情やわだかまりを忘れ、ふっと心のチャンネルが変わる瞬間が確かにある。 子どもたちと共に「ものづくり」を学ぶということは、そういう瞬間の驚きを誰かと共有するということだ。 これもまた有難いと思う。
今日は、時間内に12人全員のはと笛を鳴らすことができた。 数日の乾燥の後、学校に備え付けの小さなガス窯で素焼きをする。 思い思いの形、それぞれ違った音色を持つ子どもたちのはと笛。 出来上がりがとてもとても楽しみである。
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