月の輪通信 日々の想い
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お昼前、まだ早帰りのアプコを車の後部座席に乗せて、ホームセンターに立ち寄る。ドッグフードの大袋と父さんの仕事用のタッパーウェア、そして特売の花苗をいくつか選ぶ。 野菜苗の棚に、小さなつぼみをたくさん付けたいちご苗がぎっしり入荷したばかり。いちご大好きなアプコは、ウルウルと潤んだ瞳で吸い寄せられてしまった。 「今飲むジュースと、このいちご苗、どっちが欲しい?」 アプコはそこから買い物の間中、考え込んでいたようだけど、ついに目先のジュースより、あとのいちごを選んだ。つぼみのたくさんついていそうなポットを選び、自分でレジまで持っていく。 とてもとても上機嫌だった。
帰りの車中。 「アプコ、暑かったら上着脱いでいいよ。」 「うん、あたし、シャツも着てるから暑いの」 アプコは制服のブラウスの下に必ず肌着のシャツを着る。 実はアプコは少し出べそ。 お着替えのときに友達に見られて「おへそが変」とからかわれるのが嫌で、いつもシャツを手放さないのだ。 「暑かったらシャツは止めたらいいのに。アプコのおへそ、確かにみんなとは違うけど、とってもかわいいおへそなのに・・・」 そう言ったら、後ろから 「かわいいって思うのはお母さんだけでしょ。」 とボソッと切り返された。母、驚愕。
「でもねぇ、アプコ、みんなと違うからって『変だ』って言うのは、からかう方が良くないんじゃないの?アプコはお友達のお目目が変な形だったら『変なお目目ね』っていうの?」 「う〜ん、・・・言う。」 「あ、言っちゃうのか。でも、それ、お母さんいやだな。だったらアプコは、病気でお手手がない人や足が悪くて歩けない人に、『変だ』って言うの?きっと言われた人は悲しいよ?」 「・・・・」 「じゃ、年をとって頭の毛がなくなっちゃった人やお耳が聞こえなくなってしまった人にも『変だ』って言っちゃっていいのかな。」 「・・・・」 アプコ、答えない。 後部座席のチャイルドシートに載せたアプコの表情は運転中の私からはよく見えない。話に飽きて、ほかの事に気が移っちゃったかなと思うほど長い沈黙があって、そしてアプコが言った。 「お母さんって、頭、いいね。」 はい、ありがとう。 お母さんの言いたいことをじっくり考えて答えを出せる、アプコ、あんたもとても頭がいい。
そして、午後。 オニイとアユコ、そしてアプコをつれて習字に出かけた。 車中でオニイが友達のうちへ遊びに行く予定を告げた。聞いたことのない名前だったので、「どんな子?」と聞いたら、今度初めて同じクラスになった子だという。 「ふうん、どのへんのおうちの子?気が合うの?スポーツやってる子?」 日ごろの無愛想で、オニイの友達関係を殆ど把握していない私は、ちょっとしつこくその友達のことを聞いてみた。 「レゴ系?カードゲーム系?それともパソコンつながり?」 畳み掛けるように聞いたので、オニイは受けを狙ったのか一言 「デブ系」 と答えた。 しばし沈黙。
「その言い方どうかと思うなぁ。新しい友達のことを一言で表現するのに『デブ系』ってそれ、なによ。すっごくやな言い方。サイテー!ねぇ、アユコ、どう思う?」 「うん、ひどい」 「君にとってはその子を表現する最初の言葉が『デブ』なの? どんなことに興味がある子か、どんな性格の子かって事を聞いてるのに、その答えが『デブ』なの?ふうん、そうか。 お母さん、がっかりだなぁ、君がそういう言い方をするのは・・・・」 すでに自分の失言に気がついて、慌てふためくオニイをアユコと二人でさらに責める。 「君、誰かが君の事『チビ系』って表現してても平気なわけね。そっか、そっか」 「わ、わ、すみません。失言でした。取り消します。ごめんなさい。」 何度も謝るオニイに、昼間のアプコとの会話のことを話す。 「5歳のアプコが一回で理解できることを、この中学生のお兄さんは判っていないのね。ああ、がっかりだ。君には失望したよ。」 オニイが失言を恥じていることはよく判りつつ、あえてことさらにオニイを責める。何度も何度も恥じて、肝に銘じておいてもらいたいからだ。
容姿のこと、障害のこと。 その人にはどうにも出来ないコンプレックスとなっているような事を平気で口に出せる種類の人間はたくさんいる。 本人にはちっとも相手を傷つけているという自覚はなくて、 「見たまんま、『デブ』なんだからいいじゃん」 と軽い気持ちで言葉の棘を吐く。 私は、本人の面前であれそうでない場合であれ、人の外見上の欠点をはっきり口に出すことに抵抗を感じる。良い、悪いではない。「はしたない」「恥ずかしい」と思う。 その感覚は子ども達にもしっかり持ってもらいたいと思う。 私自身が「デブ」だから、「ブス」だからというだけではない。 自分が経験していない相手の心の痛みを、きちんと我が事として推し量ることの出来る器量を子ども達にはきちんと身に着けておいてもらいたいと思うのだ。
「ふむふむ、これはHPネタだな。」 話の締めくくりに、もう一度、意地悪。 「ごめんなさい、それはやめて・・・」 懇願するオニイに私は首を縦に振らなかった。 「これは大事なことだから、君が今日の失言を忘れないように、ちゃんとお母さんが書き留めておくことにする。」 不用意にこぼした言葉が決して消えないこともある。 そのことをしっかり自分自身の肝に銘じておくために、 あえて我が子の恥を書き留めておく。
「おかあさん、あたしが植えたいちごさん、 お水が欲しいっていってるのかな。 ここのおうちに来てよかったって言ってるのかな。」 幼いアプコには、一鉢のいちご苗の気持ちまで想像することが出来る。 他人の気持ちを思いやるという能力も確かにここにある。 それはとても心強いことなのだ。
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