月の輪通信 日々の想い
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春休みもあと数日になった。 兄弟が四六時中うちの中でごろごろしている日々が続くと、そろそろあちこちで小さな摩擦や衝突が起こる。 大概の場合、震源はゲンなのだけれど、最近はそれにアプコが加わってきた。
4人兄弟の末っ子姫。 上の3人とちょっと年の離れたアプコは、家の中ではいつまでたってもお姫様状態。じじばばはもちろん、父さん母さんも我が家の最後の幼児は手放しでかわいい。兄ちゃん、姉ちゃんも「アプコは小さいんだから・・・」と、何かと手加減して接することに慣れている。 小さいアプコの成長をペットのハムスターのように愛でる家族の中で、アプコは自他共に認める「姫子」ちゃん。 わぁーっと泣くと誰かが「どうしたの?」と覗き込んでくれる。 お皿に残った最後の一切れの美味しい物は必ず与えられる。 「あたし、見たいものがあるの」というと、ニュース番組をあきらめてアプコお気に入りのアニメにチャンネルを替える。 そしてTVを見るのは当然のように父さんのひざの上。 そんな小さなことがたくさんたくさん重なって、アプコの中では「いつでも、あたしが一番」の意識がなんとなく育っているような気がする。
上の子達はそれぞれ、アプコの年齢の時には自分の下に小さい赤ちゃんがいて、何かと「最優先じゃない僕(私)」を経験して大きくなった。 「お兄(姉)ちゃんでしょ」という言葉は極力使わないように育ててきたつもりだけれど、それでも「ちょっと待っててね。」「あとでね。」と赤ちゃんの世話をする母の姿をつまらない思いでながめたことはいっぱいあったはずだ。 一方アプコはというと、自分より手のかかる赤ん坊は現れなかったし、母の手がふさがっているときにも自分の面倒を見てくれる世話好きで有能なアユコがいた。オニイやゲンもめったにアプコの言うことに逆らわない。 両親のほかに3人の下僕を従えて、アプコのお姫様体質は順調にはぐくまれていく。
これではいけない。 近頃俄かに説教臭くなってきたオニイと、ちっちゃい母さんのアユコが思いたった。日ごろから唯一アプコの喧嘩相手であるゲンもその尻馬に乗った。 かくして「アプコお姫様気質改善作戦」が始まった。 「お茶ください」 とアプコが言うと必ず誰かが席を立っていたのに「自分でいれておいで。」と拒絶する。 「アプコがいても邪魔になるだけ」と上の3人でちゃかちゃか済ませていた片付けも「後はアプコが片付けて」と役割を振り分ける。 急激に繰り広げられる共同戦線に、アプコはためらい、抗い、かんしゃくを起こす。 上の子たちの方針転換を、面白がって見ていた父さん母さんもこれを機会にアプコの甘えん坊を一掃しようと後方支援に回ることにした。 アプコ、四面楚歌。
お皿に残った最後の一切れのミンチカツ。 「欲しい人!」 誰かの発声で希望者がさっと手を上げる。 にぎやかで、楽しいいつもの食事風景。 遅れて食卓に着いたアプコは悠然と箸をすすめ、最後の一切れ争奪じゃんけんにも加わらず、そのくせ何のためらいもなくその一切れに箸を伸ばす。 「わ、アプコ、ずる〜い!」 オニイ、オネエの総攻撃。 「だって、食べたいんだもん!!」 「おまえなぁ、まだ自分のお皿に残ってるやん、アプコには食べる権利なし!」 オニイの説教が始まる。 「アプコは何時だって、自分が一番だと思ってるんだから・・・」 アユコもアプコの貪欲を攻める。 「僕だって食べたいねん。」 ゲンもドサクサにまぎれて、しっかり主張する。 「何を言ってるの、この者たちは」 とでも言いたげにお姫様の唇がへの字に曲がる。
うわぁ、みんなしっかり主張するなぁ。 小さい頃から「こんな兄弟に育って欲しい」「こんな子供になって欲しい」「こんなわがままは直して欲しい」と親が一方的に教えてきた価値観を、しっかり幼い妹にも教えようとするお兄ちゃん、お姉ちゃん。 なるほどなぁ、こんな風にして、兄弟は互いを育てあうのだなぁ。 4人目の末っ子姫についつい甘くなって、しつけの手を抜きつつある父母にかわって、上の子たちがアプコを育ててくれる。 ありがたいなぁとつくづく思う。
「話がややこしくなっちゃったから、このミンチカツは父さんが食べてよ。」 どういう話の展開か、オニイが最後のミンチカツを父さんに差し出した。 「お、そうか。」 父さんも平然と最後の一切れをぱっくり食べる。 への字唇がわっとほどけて、アプコ大泣き。 あはは、たかが残り物のミンチカツ一切れで、小さい子供をこんなにわんわん泣かすなよ! 空っぽのお皿を見つめ、ひとしきり泣き喚くアプコ でもここはぐっと我慢で、母もフォローには入らない。 上の子たちも互いに目配せして、ニヤニヤ笑うばかり。 他人様が見ると、さぞかし大人げないひどい家族だよなぁ。
「だってあたし、ミンチカツ好きなんだもん。」 ようやく泣き止んでも、決して自分の非を認めないアプコ。 頑固なお姫様気質もこの子の個性の一つかなぁと思いつつ、やはりまだまだ、戦いは続く。 はぁ、末っ子育児は難しいわい。
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