月の輪通信 日々の想い
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かねてからの計画で、ゲンを一人旅に出す。 JRを乗り継いで、100キロ先のおじいちゃん、おばあちゃんのうちへ。 所要時間約2時間。 オニイやアユコもゲンくらいの年齢で、同じコースの一人旅を経験している。 「今度は僕の番やねん」 これまで楽しみにしていたゲンが自分でおじいちゃんに電話。「よろしくお願いします」とおじいちゃんの了解を取り付けた。 「で、今回はどうする?」 ゲンが寝静まった頃に改めて父からの電話。 乗換駅の尼崎まで私が送っていこうか、父が出向いてきてゲンの乗換えを隠れて確認しようか。上の二人の時にも、もしもの場合に備えていろいろと内緒で安全策を講じたものだった。 「ふんふん。お前がHPで偉そうに『子離れ』云々と書いておるから、どこまで実践しておるか、お手並み拝見としよう。」 父が私の心配を面白がって笑う。結局父が、尼崎まで出向いて、ゲンを隠れて見守ってくれることで話がついた。
さっそく、ゲンにインターネットで当日の乗り換え時刻を調べさせる。 決定した時刻をおじいちゃんに報告。リュックに着替えや洗面道具を詰め込み、向こうで何をしようか、色々考えてどきどきワクワク。 気がつくとゲンは手の平大の小さな大学ノートに、何かをせっせとメモしている。 電車の乗り換え時間や駅の名前。 自宅やおじいちゃんちの電話番号。 「おじいちゃんちでやりたいこと」リスト。 あははと笑ってしまう。 実はこのミニ大学ノートの活用法、実家の父の受け売りなのだ。 庭の手入れの手順やら、法事の時のもてなしの方法、リフォームの作業の順序など何でも項目別のノートにこまごまとメモを取る。 おじいちゃんちへ行くたびに、格別見るでもなしに見慣れた習慣をゲンも真似てみたのだろうか。
朝、「一番前の車両に乗っていくんだよ。」 何度も念押しして、父さんが駅まで車で送っていく。 ちょっと早すぎたかな、と思っていたら駅から父さんの携帯電話。 予定していた9時6分は『普通』だったので、8時59分の『快速』に乗せるという。 一瞬、え?と思ったけれど、「いいよ」と返事して電話を切ったところで、はっと気づく。一本前の快速電車に乗ると、乗換駅で一本早い乗り換え便に間に合ってしまう。 あら大変!! 慌てて、実家に電話をするとお迎え役のおじいちゃんはすでに家を出ており、携帯電話も持って出ていないという。尼崎駅に着いたときにはゲンの乗換えを見届けることはできないだろう。 図らずも、ゲンの旅は正真正銘の「一人旅」になってしまったのだった!
そこから2時間あまり、父さんや実家の母と連絡を取ったり、そわそわと時刻表と時計を見比べたり、落ち着かない思いで過ごした。 「二通りの道があれば、必ず第三の道を選ぶ」というジンクスのあるゲン。 結果として、今回もゲンは父母や祖父母が用意したのとは違う第三の道を行くことになった。兄弟のなかでいつも一番予想外のびっくりを運んでくるゲンらしいやり方じゃないの。 「ゲンなら大丈夫、ちゃんと着くよ。」と繰り返すオニイもやっぱりちょっと心配そう。
「着いたよ。」 裏方のどたばたを知らないゲンから、ちょっと誇らしげで高ぶった声の電話。遅れて、Uターンしてきたおじいちゃんも帰ってきた。 「ちょっと外出してたんだけど、今帰ってきた。ま、人生にはいろいろ予想外のこともあるわな。」 電話口のそばにいるゲンを憚って、お芝居をする父。 尼崎まで往復2時間の無駄足を踏まされた父も、ゲンの予想外の一人旅の展開におかしそうに笑う。 ゲンの自立心を測るつもりの一人旅は、結果的には親やじじばばの「子離れ」「孫離れ」を試すことになってしまった。
「第3の道を選ぶ男」 本人は何も意識しないうちに、結果として未知の世界に踏み込んでいる。 冒険者の魂は案外こんなところから芽生えていくのかも知れない。 だからゲンという男は面白い。 ま、無事で何よりということで・・・。
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