月の輪通信 日々の想い
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春休みに入って、朝から晩まで子供達が家にいる。 朝ごはんが済んだばっかりというのに、「お母さん、お昼何食べるの?」 そんなことは昼になってから考えてくれ。 「それよりさっさと宿題済ませちゃいなさい!」 といえないのが辛い。
「お昼ご飯が済んだら、オニイにちょっと手伝ってもらおうかな」 仕事場でなにやら新しい仕事に取り掛かる気配の父さんが言った。 「暇そうにしているからちょうどいいわ。」 さっそくオニイにその旨を告げる。 なんだろうなぁ、写真のことかな、パソコンのことかな。 最近ではめったに仕事場に出入りすることがなくなったオニイが、いぶかりながらもいそいそと父さんの所へ行く。
しばらくして仕事場へ行くと、がらんとした教室で仕事をする父さんの傍らで、オニイが熱心に土練をしていた。 制作に取り掛かる前に、材料となる土をしっかりと練り直し、中に含まれる空気を抜いて準備をする。 その一番基礎となる作業を父さんはオニイに教えているようだった。
腰を落とし、リズミカルに力を込めて土を練る父さんの手つきは鮮やかで、何度みてもふっと吸い込まれるように見入ってしまう。 何度も練り上げるうちに、生地に規則正しい練りこみのあとが重なり、くっきりと菊の花弁の文様となって浮かび上がる。 この作業を「菊練り」というゆえんだ。 父さんの手元は、少しも留まることなく、土くれを滑らかな砲弾型にまとめ上げる。 この間数分。 プロの技だなぁと思う。
さて、初めて土練りに挑戦するオニイ。 リズムだけは父さんを真似て調子がよいが、まだまだ非力でずっしり重い土塊を十分に転がすことが出来ない。 力を込める場所が定まらないので、作業台の上で土塊があちこちに移動する。 そして何より、スタミナ不足で何度も続けて練り続けることが出来ない。 父さんの見せた鮮やかな菊の文様を出したくて、あれこれ練り方を変えてみるが、うまくいかない。 「しっかり空気を抜くのが目的だよ、菊の花じゃなくて・・・。」 ようやくオニイが練り上げた土塊を、父さんがスパッと切り糸で半分に切る。 その断面には小さな空気の層がいくつも残っていて、オニイの土練りがまだまだ使い物にならないのがよくわかる。 父さんが短時間にこねた土塊の断面は均一で、しっかり空気も抜けている。
「うまいこといかんわぁ」 首をかしげるオニイは、なんだかちょっと悔しそう。 「昔は『土練り3年』といって、職人さんたちはこの作業だけを習得するために長い修行をしたものなんだ。」 父さんが胸を張って答える。 父さんは高校時代から陶芸の基礎を学び、もう何年も当たり前の作業として土練りをする。 手が覚えた技は、毎日毎日使われることによって、軽快でリズミカルな美しい所作になる。
将来の進路に父の歩んだ道を意識しつつあるオニイの目に、父さんの手の凄さは強烈な印象を残したようだ。 「母さん、なんつーか、陶芸って・・・。陶芸って、あのな・・・」 夕餉の支度をする私のそばへきて、オニイが何か言いたそうにして、言葉を選ぶ。 「なんつーかな、あのな。陶芸ってな、・・・」 あとの言葉は聴かなくっても判るよ。 ちょっと興奮したオニイの笑顔がまぶしい。 「『しんどいから、やってられへん』でしょ?」 意地悪く聞き返す母に、オニイがぶんぶんと首を横に振った。
父さんって凄いな。 陶芸って、奥が深いな。 その言葉は自分で見つけなさい。
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