月の輪通信 日々の想い
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2004年03月25日(木) 優先順位

(昨日分より続き)
「○○ちゃんのお母さん」で一生を終えるのはいや。
一人の人間として評価される仕事がしたい。
主婦が仕事を始める理由の一つに、こんな言い草がある。
資格を身に付け、仕事のスキルをアップして、自分のやりたかった仕事を再開する。
エプロンをはずし、家事を手早くかたづけて、カツカツ踵の鳴る靴で、仕事場へ向かう。
ちょっとかっこいいじゃん。私もそう思う。

最近、最終回を迎えた人気のドラマ。
仕事一筋の夫に愛想をつかして、娘を置いて自分のやりたかったことを実現するために旅立っていく。夫は娘と二人っきりになってはじめて、子供と向き合う毎日の大変さと喜びを知る。
心温まるとてもよいドラマだったと思うけど、唯一つ不満に思うことがある。
自分のやりたいことを見つけて、子供とともに新しい土地で新生活を始める妻。新しい仕事に面白さを見つけ、新しい彼女さえ見つけて、穏やかな生活を取り戻そうとしている夫。
前向きに新しい人生を切り開いていこうとする親達の心は明るい。
それに比べて、母親に一度は放置され、ようやくこっちを向いてくれた父親とは引き離され、転校や改名のストレスを背負わされた娘はどこまでもけなげで痛々しい。
みんなが自分の生きる道を見つけてよかったね。
でもそこに、自分を犠牲にしても子供の気持ちを優先するという選択がほとんどなされていなかった気がする。

「自分が自分らしく生きられる生き方」
それが今ある家族や仕事で満たされないと思ったとき、どんな犠牲を払ってもそこに手を伸ばして求めていく姿はかっこいい。
「自分に正直に」「ありのままの気持ちで・・・」
自分の欲しいものを追い求めるとき、自分の気持ちをなりふりかまわず発信するのが素敵な女の条件のように言われる。
少し前なら「夫と別れたいけど、子供たちのことを考えると・・・」と躊躇した人も、「子供達のためにも別れた方がいい。」と決断する。
少し前なら「小さい子を置いて母親が働きに出るのはかわいそう」といわれた人たちも「いきいきと働く母親の姿を子供達にみせてやりたい」と働きに出る。
「子供達のことを考えると・・・」とウジウジ新生活への切り替えをためらうのは、愚かな女のお手本のように言われる。
だけどなぁ。
本当にわが子のために何かを犠牲にする生き方は愚かなんだろうか。
「自分らしく」を振りかざして生きる女だけが偉いのだろうか。

昨日の日記に書いた5人目の子の母親。
私と顔をあわせると二言目には「仕事が忙しくて」と口にする。
夜にも不在のことが多く、子供達は母親のいない家で勝手に生息している。
学校や子ども会の役も「仕事」を理由にたびたび穴を開け、迷惑をかける。
会うたびに言外に「専業主婦は暇でいいわね」のにおいがするので、アタマにくる。
それでもそれは「価値観の違いね。」と聞き流そうと思う。
ただ、彼女が自分の子の前でたびたび「子供のことより仕事が優先」という言動を繰り返すのはどうかと思う。

「俺は仕事が忙しいんだ。子供のことはお前に任せてある。しっかり子育てしなきゃ駄目じゃないか。」
よくドラマで出てくる企業戦士はこんな暴言を吐いたものだ。
「あたしだって、子育てなんかより仕事がしたい。」
そういって働きに出る母親も少なくない。
残った子供は誰に育てられるのだろう。
学校や塾で知識はたくさん得てきても、自分を最優先にはしてくれない親のもとで、子供は何を学ぶのだろう。

仕事をする母親が悪いというわけではない。
専業主婦が偉いというつもりもない。
ただ、親となった以上、「子供が最優先」「子供の気持ちを大事にする」というタイミングを見失ってはいけない。
子供達は自分たちの優先順位がどこにあるか、
大人以上に敏感に感じているに違いない。


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