月の輪通信 日々の想い
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昼間のドラマで、また子沢山の家族のドラマが始まっている。 どたばたとにぎやかで、ほのぼのおかしくて、決して嫌いではないのだけれど、毎回気になることがある。 それは歴代のシリーズでは必ずのように、子供達が子沢山であることを友達からからかわれたり、「何でこんなにいっぱい生んだのよ。」と親に絡んだりするエピソードが出てくることだ。
うちは子沢山といってもたった4人の子供達。 「ちょっと多目」の範疇だと自認しているが、それでもやっぱり世間的には子沢山といわれているらしい。 「兄弟がおおくて、にぎやかで良いですね。」 「たくさん育てて偉いわね。」 とほめてくださる方もあれば、「頑張ったな。」とか「百発百中」とか性的な意味を含んで冗談のネタにする人もいる。 よそンちのことはほっといてよと薄ら笑いで切り抜ける。 うちには4人の子供が必要だったの。 「うっかりできちゃった」子は一人もいないの。 それがなにか?と胸を張る。 お父ちゃんお母ちゃんは強くなった。
最近気になるのは、子育て世代の大人ではなく、結婚前の若い子や子供達から「何でそんなにいっぱい生んだん?」と問われるようになったこと。 先日アプコのお友達のKちゃんのお母さんが教えてくれた。 Kちゃんのお姉ちゃん達は高校生。何年もの年齢差で「出来ちゃった」Kちゃんの存在が最初は受け入れがたかったそうだ。 ちょうど性的な知識も増え、多感な盛りにお母さんが出産。 久しぶりの育児に翻弄されるお母さんの姿を見て、「子育てってなんだか大変そう」という印象が強かったのだろう。 「アプコちゃんのお母さんはなんであんなにいっぱい生んだんだろう。」 言外に「物好きな・・・」というニュアンスを含んだ正直なつぶやき。 「結婚も子育ても興味な〜い」と言い切ってしまえる若さが痛いけれど、「で、なんて答えたの?」と問われて、口ごもるKちゃんママもどこかで「物好きな・・・」って思っているのかもしれないなぁとちょっとへこむ。
友達から、「おまえんちのかあさん、何でいっぱい生んだんだよ。」と問われたとき、オニイやアユコはなんて答えているのだろう。 若い世代の子供達に「子育てはしんどい」「たくさん生むのは物好き。」がこんなに浸透している現代。 「子供なんか要らない。」「子沢山はかっこわるい」が主流になっても無理はないと思う。 確かに経済的にはしんどい。 物質的にも、精神的にも子供達に我慢させること、あきらめさせることは多いかもしれない。 「子育て支援」といいながら、ただ子供の数が多いというだけでは大して公の手助けがあるとは言いがたい。 何でわざわざそんな損の多い選択をするのか。 子供達の問いはそのまま世間の大人たちの問いでもある。
一昔前なら子沢山は「甲斐性」だった。 子供が生まれるということは一族が長く豊かに栄えるということの象徴だった。 子供をたくさん生める女はそれだけでできた母ちゃんとして胸を張れた。 子供達が未来の労働力として当たり前に期待され、幼いうちから家事を手伝い家業を学んだ。 家族の単位が小さくなり、仕事と家庭が別のものとして扱われるようになってから、子沢山はどんどん「物好き」として追いやられていくようになったのかも知れない。
妻として母としての私より、女として人間としての私を大切にするのが、正しい生き方として奉り上げるようになって、子育てにすべてをささげる女はおろかな罪悪のように言われることも多い。 でも、それで女は、妻は、母は本当に人間として豊かにあつかわれるようになったのだろうか。 「なんで子供うむの?」 そんな若い人たちの素朴な問いに、面と向かって即答できない現代は、本当に恵まれた時代なのだろうか。
なぜ、私が4児の母を選んだのか。 そのお話はまた今度。
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