月の輪通信 日々の想い
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オニイがお父さんと出かけて、アプコもおばあちゃんちへ遊びに行ってしまった。ぽっかりとあいた土曜日の午後。 朝から風が強くて、日差しが暖かかったり急に大粒の雪がふってきたりして、変なお天気。 テレビを見てグダグダするのにも飽きて、ゲンとアユコが「山へ行ってきてもいい?」と立ち上がった。 「う〜ん、でも変なお天気だよ。」 PCの画面をにらみつつ、頼りない返事をしていたら、「アスレティックのところまで言ったらすぐに帰ってくるからいいよね。」と二人はぴゅーっと出かけていってしまった。
我が家はハイキングコースの入り口にあり、子供達の好きなアスレティックまでは往復しても子供の足なら小一時間。 幼い時から何度も通ったことのある一本道。やんちゃなゲンにとっては我が家の庭のようななじみの道だ。 ま、すぐ帰ってくるだろうからいいかと思っていたら、しばらくして俄かに空が暗くなり、また大粒の雪が舞い始めた。 「わ!吹雪じゃん!」 見ると子供達は明るい日差しに誘われて上着も持たずに出かけていったらしい。 空の暗さに不安になってばたばたと迎えに出る。 大粒の雪の中、急な階段を上り人気のない雑木の間の道を急いで上った。 ほんの数百メートルの山道だというのに急いで上るとすぐに息が上がる。 これほどの天候だから子供達もすぐに引き返してきているはずと思いながら、なかなかその姿も見えないので、ついつい足取りも速くなる。
「遭難」とか「転落」とか「誘拐」とか 不吉な言葉がアタマに浮かんだとき、行く手に二人の子供の姿が見えた。 「あれれ?」という顔のアユとゲン。 ほっとするのと、自分の取り越し苦労が馬鹿らしいのとで、二人にそれぞれ上着をぽいと投げ渡し、くるりとUターンしてもと来た道を下りはじめた。 「ごめんなさい。」 心配を掛けたと気づいたアユコがぺこりとアタマを下げる。 「えらい山登りをする羽目になったわ。」と冗談めかして言ったら、 「いい運動になったでしょ。」とアユコ。 そういいながら、やっぱり「しまった、言い過ぎた」と気づいたアユコはもう一度「ごめんなさい。」
「暗くなってきて怖くなかったの?ほかにあまり人もいなかったでしょう。」 しばらく歩いてから子供達に聞く。 「あのな、途中で、天狗が出てきそうなところがあってな・・・」 ゲンが帰り道の不安な気持ちをそっと教えてくれた。 「神隠しみたいな感じでな、ホントいうとちょっと怖かった。」 そうだねぇ。 うちからほんの少し離れただけのなじみの山道。 そんなことある訳ないけど、なんだか怖かったよね。 二人分の上着を抱えて、必死で山道を登った数分間、お母さんもちょっと怖かった。
下りの道を数分歩くと、急に雪の雲が切れ、うそのように明るい日差しが戻ってきた。結局、私達親子を不安にさせた吹雪のような悪天候はほんの数十分の気まぐれな嵐だったようだ。 「な〜んだ、馬鹿みたい。うちの鍵も開けっ放しで出てきちゃたよ。」 と玄関のドアを開けたら、ぽつんと一人ぼっちのアプコがいた。 私が迎えに出ている間に一人でおばあちゃんちから帰ってきていたようだ。 ほんの数分のことだけれど、誰もいないうちに一人でぽつんと帰ってきて、 「おかしいなぁ」と心細くなっていたらしい。 「誰もいなくなっちゃったかと思ったよぉ」 「あらら、ごめんごめん。」 突っ立っているアプコの前にひざを突いたら、それまで泣いていなかったアプコがわぁーっと泣き出した。
「誰もいなくなっちゃったかと思ったよ。」 私達のうちの近くの3つの場所で、私やアプコやアユコとゲンがそれぞれ感じた不安はみんな一緒。 いつも当たり前にそばにいるはずの大事な人が、ふっといなくなっちゃったらどうしようという漠然とした不安。 「神隠し」とゲンがいったあの不思議な怖さを4人が同じ時間に別々の場所で感じていたということがなぜか嬉しく暖かい。 わぁわぁ泣いているアプコを抱き上げてなだめながら、 「大丈夫、どこへも行かないよ。」 と慰める言葉は私とアユコとゲン、そしてアプコがお互いに確認する安心の言葉。 大事な家族が暖かい家の中で、一緒に外の風の音を聞く。 悪くないなぁ。 今日は格別子供達がかわいい。
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