月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
朝から父さんがまた何か捜し物をしているらしい。 あちこちの引き出しをひっくり返したり、ファイルやノートをパラパラめくったり・・・。 また探してるなとは思いつつ、あわただしい朝のこと。 とりあえず、先に出ていく子ども達ができあがるまでは見ない振り。
父さんが探しているのは、何枚かの書類。 うちの食品庫にマグネットでとめておいたのを、コピーしようと工房まで持っていき、ちょっと仕事している間にその書類が行方不明。 「確かに持って出たんだけど・・・。」 何度も何度も、家と工房の間を行き来したりして、行方不明の書類を探している。 しゃあないなぁ・・・と一緒に探す。 玄関まわり、工房の荷造り場、窯場、事務所のコピーまわり。 父さんのたどった道筋を一緒に一つ一つ確認して回る。 「ひょっとして、窯詰めの時に窯のなかにおとしたかも・・・」 そんな馬鹿なと思いつつ、窯の奥までのぞき込んでもやっぱり無い。 「いいよ、諦めた。格好悪いけど、もう一回もらってくれば済むことだから・・・」といいながら、 やっぱり目と手はあたりを見回して書類を探している。
実を言うと、父さんは忘れ物、落とし物の名人。 手帖、鍵、書類、カメラのパーツ。 身の回りのちょっとしたものが見あたらなくて、あちこち家捜しするのはしょっちゅうの事。 最近では携帯電話も行方不明になって、遂に出てこないまま新しくした。 「絶対、ここに入れた筈なんだ。ちょっと○○してる間に見あたらなくなって・・・」 いつも困惑した父さんのセリフは同じ。 ホントはよく判ってるんだ。 父さんがなくしものをするのは大概、頭のなかが当面の重要課題でいっぱいになっているとき。 やらなければならない仕事のこと、新しい作品のこと、家族の事。 何かにとっても心を砕いているとき、父さんの頭から身の回りの些細な事がすっかり抜け落ちて、失敗をする。
「ま、ま、おちついて・・・。頭を切り換えよう。でないともっと大きな失敗するよ。」 「それにしてもおかしいよ。なくなるはずはないんだよ。」 いつまでも首を傾げる父さん。 「きっと、第三者の何らかの力が加わっているにちがいない。誰かが持っていったとか・・・。でなきゃ、考えられない。」 お、第三者の陰謀ですか。 「Xファイルみたいにさ、きっと誰かが闇に葬っててさ・・・」 あはは、そこまでいいますか。
若かりし頃、「お嬢さんを下さい」をやるために初めて私の実家を訪れたとき、 父さんは最寄り駅の電話ボックスに手帖を忘れた。 仕事のスケジュールや、あちこちの連絡先、作品のアイディアなどをこまごまと書き込んだ大事な手帖。 慌てて探しに行ったけど、すでに見あたらなくて、なんだかショボンとしてしまった。 あの時の父さんもきっと頭のなかは、一世一代の「お嬢さんを下さい」でいっぱいだったんだな。 父さんのなくしもの癖を初めて知ったあの日から十数年。 二人で捜し物した回数も数え切れないほど。 そのたんびに二人でおろおろし、ため息をつき、諦める。 確かにね、いつも手元にあるはずのものが見つからなくて、探し疲れてイライラするとき、「誰かの陰謀かも・・・」って思っちゃう事がある。 「なんで、ちゃんとしまっておかなかったんだろ。」って、ほんの数分前の自分に腹が立っちゃう事もある。 でもね、なくした物を探す時間は、何かに一生懸命でまわりが見えなくなりそうな父さんの大事な小休止。 だから一緒に探してあげる。 「しゃあないなぁ・・・」と愚痴りながら、父さんと二人、一つの物を探す。 きっと、年をとってもね。
忘れた頃になって、 「あった、あった!」と父さんが帰ってきた。 仕事場の桟板(作品などを並べて運ぶための細い板)の上にぽんとおいて、さらにその上に別の桟板を重ねて移動させてしまっていたらしい。 ははぁ、Xファイルは父さん自身だったって訳ね。 所詮、捜し物なんてそんな物。 「みつかってよかったね。」 なんだかすっきりして、トクした気分。 馬鹿だなぁ。
|