小説集
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2004年08月28日(土) : The Hound 猟犬
 

銃を持ち、立ち塞がるモノあらば引き金-トリガー-を引け
老いも若きも、女も子供も関係ない
我々の前進を阻むのもは打ち倒し、その屍を越えて行け

  ――だからなんだ。そうやって俺たちを本質から逸らそうとしているんだ
 そんなことを言われなくても、戦場へ出れば出るほど 安心するようになった。
 悲鳴やうめき声もいつの間にか心から締め出す事を覚え、聞こえなくなった。敵をサイトに見たら躊躇わずトリガーを引く。降伏した敵にも背中は見せない…
  ――彼にはそれ以前の話かな…
 ミハエルはチラリと隣にいるデイビット・ボーマンに目をやった。25歳になるデイブは何も気にする様子も無く、無表情に、それが日課であるかのようにトリガーを引いている。
 新しく発足されたVHSOFs FORTH10はできてから1年ばかり、デイブだけはどうにも…
 敵の前線がだいぶ近づいてきた。銀の弾で相手をしても、吸血鬼の兵たちはあきらめるという言葉を知らないのか、どんどんと近づいてくる。そして性質の悪いことに、相手は日光に対する治療を受けた吸血鬼たちで 日の元で戦っているということだ。まだランクの低い、Cランクの吸血鬼を相手にしていたので何とかなってはいたが、今回は何故か押されていた。
 デイブが弾にある弾を撃ち尽すと、再装填しいくつかの弾倉を上着のジャケットに詰め込み 弾の飛び交う地上へと飛び出した。
「デイブを援護!!」
 本来なら自殺行為かもしれない。しかしデイブには問題なかった。彼は吸血鬼であり、人間でもある、半人間半吸血鬼。吸血鬼として戦えば、Cランクの吸血鬼などひとたまりもない。彼が何故ここにいるのか話は聞いていたが、本人からは聞けないままでいる。彼は、本来なら 今戦っている ヴィルト・イルバン皇国の皇族であり、皇位継承権第一位の皇子だそうだ。そんな訳だから話したくないのだろうし、聞くことでもない。本人が話したくなったら その時に聞けばいい。ここ1年の間に、ポツリポツリと話してくれてはいたが、どれも必要最低限のことだけだった。
 地上に飛び出したデイブは、銃に装填された銀の弾で確実に吸血鬼を葬っていく。限界に追い詰められ、気の狂った兵士が飛び出してきたものと思っていた吸血鬼の兵士たちは、デイブの姿に驚いていた。自分たちと同じ吸血鬼、しかも相手は Sランクの者の証である紅い眼を持っているのだ。吸血鬼の能力を開放したデイブは髪が茶色から金へと変わり、スピードも吸血鬼より速い。デイブのこの姿を見るのは、何度見ても慣れることはなかった。
 敵の放ったショットガンの一発がデイブの左腕を吹き飛ばした。動きが止まり、傷口に目をやる。ボタボタと赤い血が大量に流れ出し小さな池を作り出していた。デイブは驚いた顔をしたが、自分を撃った相手を睨むと唸り声をあげ、次の瞬間 目にも止まらぬ加速で相手の背後に回りこみ、後ろから首に噛み付き軽々と放り投げた。ブチっと憎悪を呼ぶ音を立て、頭と体が離れ 別々に地面へと落ちる。デイブはというと、たった今噛み裂いた相手の左腕の千切れたところから垂れる血を美味そうに飲んでいる。その様子に誰もが見入られ、うごきを止めポカンと立っている。FORTH10はデイブの機嫌を損ねないよう、敵を殲滅するチャンスではあったが撃ち方を止めた。デイブの暴走を止めるため、力を温存しなくてはならない。
 デイブが腕を放り投げると銃火器が一斉に火を噴いた。が、デイブはそこには居らず、奥からくぐもった悲鳴が上がる。後ろを振り向いた兵士たちに、デイブの左腕から生まれたこうもりの群れが襲い掛かり、次々に吸血鬼たちをただの肉片へと変えていく。日光治療を受けているとはいえ、その他にも吸血鬼には弱点が沢山ある。首をくびり落とす 頭を吹き飛ばす 心臓を打ち抜く 骨髄を破壊する 体の70%以上を破壊する(燃やしても、吹き飛ばしても、薬品でも可) だ。
 すぐに1個中隊を殲滅した。デイブは左腕だったところに集まり、腕へと戻っていくこうもりたちを見つめている。体中に返り血を浴び、口から血を滴らせるデイブにFORTH10の者たちはゴクリと唾を飲んだ。
  ――そろそろだ  そろそろ くる
 いきなりデイブは叫び声をあげ、身体を両腕で押さえつける。FORTH10の隊員がいる土嚢を見て、苦しげな顔を見せるが、それも一瞬で襲いかかろうと走り出した。
 ミハエルが法儀礼済みのナイフを投げる。デイブは吸血鬼の弱点をすべて克服しているため、銀や聖水といった物は、ただ 激痛をもたらすものでしかなかったが、少しの間 彼の動きを止めることは出来る。ナイフを受け、絶叫するデイブを確認したミハエルはアルフレッド・ミラーに合図を出す。
 MG34をどさりと地面に落としたアルフレットは、包帯のようなものを取り出し立ち上がるとデイブに向かって投げる。それは生き物のようにデイブの前で展開すると、体中に巻きついた。
「!!」
 巻きついた呪布がギチギチと体に食い込む。デイブはその布を引きちぎろうと力を込めるが、千切れる様子は無くますます食い込み 激痛をもらす。
 「マーティン 早 くっ!」
 脂汗を流し始めたアルフレットの脇でマーティンは呪文を唱えはじめた。
 デイブが呪布を引きちぎるのをあきらめ、ミハエルの投げた5本ものナイフを傷口から抜き取りFORTH10に向かって投げようとしていたところでマーティンは呪文を唱え終わった。
 急に体が重くなり、激しい勢いで地面に叩きつけられたデイブの下には五芒星のタントラがあらわれ 力を奪っていた。
 力を振り絞り、上半身を起こす。近づいてくるミハエルたちに牙を剥き動こうとするが、ますます体は重くなり 巻きついた布が絞まりあがる。アルフレットがデイブの腕を取り、服をまくった。噛み付こうとするが、たやすく他の者に押されつけられ麻酔を打たれた。吸血鬼に人間の薬が効く事はないが、今のデイブはアルフレットの呪布とマーティンの術の所為でほぼ人間の状態であるといっていい。
 麻酔はすぐに効き、デイブは地面へと崩れ落ちた


Sランク:デイブは実際にはSSランク。
  しかし、SSランクの吸血鬼はオットーとデイブしかいないため、デイブの存在をしらないイルバンの兵士たちは、紅い眼を持っているのでSランクの吸血鬼と考えた





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Photo : Festina lente
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