小説集
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2004年08月27日(金) :
 

 デイブは目を醒ました。体中が痛み、焦点は合わず、頭の中はまるで鐘でもついているかのようにぐわんぐわんいっている。暗い空間に横たわっているのは確かだが、どうも現時味を感じない。死んだのなら塵に還り無になるはずだ。吸血鬼…化物は塵にしか過ぎず、塵は塵に還る…。しかし、死んだ様子は無い。
 ためしに指を動かしてみる――動かない
 まるで他人の体の様だ。しばら動くのをとめ、音に意識を集中するが、何も聞こえない…耳が聞こえなくなったのではなく、何一つ物音がしないのだ。
 ――オットー は  …オットーはどうしたんだ? 俺 は…
 考えると頭が痛んだ。どうやら傷があるらしく、傷口が熱く感じる。口の中には血の味が残っているが、自分の血なのかオットーの血なのかわからなかった。
 息を吸うと、今度は吸ったという感覚が残る。だいぶ回復してきたようで、やっと感覚が戻ってきた。
 もう一度指を動かしてみる――動いた 腕も動く 脚も、体が動いた。体を起こすと灰が流れ落ちる。かなりの量の灰…殺した吸血鬼たちだったものの灰に埋もれて気を失っていたようだ。
 どれくらいの時が経ったのかわからない。痛みにやむ身体を無視して立ち上がると、変に体が軽く 感覚も変だった。辺りを見回すが闇、もちろん吸血鬼であるから人間が見るような闇ではないが、闇の中だと感じるだけだ。身体が血を求めていた。血を飲まなければ自分が自分でなくなってしまう。
 そうなる前に血を…
 音が聞こえた。奥のほうからうめき声が響いてくる。ふらふらする身体を奥へと運ぶ。奥はオットーの寝室のはずだ、その寝室で俺は…
 子供の頃に起きた幻想を、痛む頭を振って追い払う。ブーツが硬い何かを蹴ったので 灰から持ち上げるとPSG-1だった。25歳のときから6年間、もう身体の一部といっていい銃。そしてその先にはSOCOMも
 「また 世話になるな…」
 ゆっくりと部屋に入る。銃は構えていなかったが、兵士としてのレーダーを張り巡らす。吸血鬼の能力は 自分の力を過信し、邪魔になる。むしろ戦いなら、古参兵として生き残っている兵のカン というヤツの方が役に立つのだ。だが、眼は紅く 吸血鬼の眼であり、その眼には 奥の壁に寄りかかり 苦しそうに息をする人物を見ていた。顔は見えないが、長い金髪と白い着物はオットーであることをあらわしている。
 胸元から大量の血が流れ出し、白い着物を赤く染め上げている。そのためだろうか、肩が上下するたび ヒューヒューと音がする。そのオットーの前まで歩いていくと立ち止まった。オットーは自分に落ちた影に顔を上げる。
 「や あ  デイブ」
 口から血があふれ出て流れ落ちる。よくオットーを見ると、左の首筋は喰いちぎられ、胸元の血が濃くついていると思ったところには大きな傷が口を開いている。 ……俺がしたのか?
 「血を 飲んだようだ な。ようやく 仲間 入りってわけだ」
 何か言おうとしたが、気を失う前の記憶が どっと流れ込んできた。
  ――おれは 俺は オットーから直接 血を吸ったのか?
 「まさかお前にやられるとはな…」
 自分がした行動にショックを受ける。まさか自分が…
 「でいぶ 煙草を くれ」
 デイブは呆然としながら 無意識に煙草を取り出した。死に逝く兵士が 煙草を吸いたい と言ったら、例え敵であっても吸わせてやるのが常識だ。オットーの口に含ませ火をつけてやる。大きく息を吸い込んだ後、デイブに向かって煙草を振ったので、受け取り吸う。煙を吐き出したオットーは苦痛に顔を歪めた。
 「……これからは おマエが ヨルのオウ-ナイト・ロード- フシシャのオウ-ノーライフ・キング-になるんだ… ろるふとはチガう  ヨルはおマエのシハイする …リョウイキ だ…」
 デイブはオットーの視線を避け そっぽを向いていたが、話は聞いていた。殺してやろうと思っていた相手が ただ一人の兵士にしか見えなかった。あれほど憎んでいたというのに、その相手の血を飲んで あさましくも生き延びてしまった。吸血鬼だというのに、吸血鬼のように死ねない身体、人から直接血を吸わず、半人間半吸血鬼だった自分には 老い が唯一の死への道だった。もう、それれすらかなわなくなってしまった……いつかは死ぬだろう。しかしその道のりははてしなく遠く、終わりなど考えれば気が遠くなるような道へと変わってしまったのだ。
 「チチオヤゴロシ は コウイケイショウの ギシキだろ?
  そろそろ ラク にしてくれ」
 途切れがちになった言葉と、どんどん広がる赤いシミが オットーが長くはもたない事を物語っている。死にかけた人間の苦しみを取り除くことはよくやることだ。オットーは憎むべき相手だったが、迷いがあった。自分自身であり、父親でもあるのだ。SOCOMを構えるが、引き金を引くことが出来ない。
 「さあ、はやく!」
 顔を背け引き金を引く。サイレンサーはその効果を失っており、乾いた音が響いた。見る必要は無かった。デイブの肩が激しく上下し震えている。ゆっくりと腕を下ろすと時計を見た。5時、王宮突入は6:27 それまでには出て行かなくてはならない。首についたストローマイクと耳の中の受信機を取ると床に落とした。悲しい眼でそれを一瞥するとデイブは部屋を後にする。
 オットーの私室を出て広間に来ると、今までどこに隠れていたのか、広間中に吸血鬼がいる。高揚した声が上がるが、その声を無視し歩いていくと 不満の声へと変わり、一斉にデイブへと襲い掛かった。
 5分もかからなかっただろう。300人もの吸血鬼たちはすべて灰に変わってしまった。デイブは眉一つ動かさず、服についた灰を払うと前宮へと向かう。

 もう、アンジェルにも VHSOFsにも オットーにも 何にも囚われることは無い。ただ、残してきたフランクだけが心残りだ。吸血鬼となってしまった今、フランクに会えば彼の意思に関係なく 仲間-吸血鬼-にしてしまうだろう。そんな事はしたくは無かったが、会えば自分を止められないだろう。もう、生きる時間が まったく違う、存在としても違う。年をとるフランクなど見ていられないに決まっている。
 もう、誰とも会うことはない
 オットーから渡された鍵を握り締める。皇位継承者のみが持つことを許された Ear the whole World以前の叡智の詰まった部屋への鍵。自分が今、人間の運命をも握っているのだ。ごくりとつばを飲む。そんな事は忘れてしまえばいい ただ流れるのみだ。
 正面玄関の扉を開く。まだ空は暗く、星星も輝いているが、東の空は少しずつ白み始めている。耳を澄ますと、こちらへと向かってくる軍の人員輸送トラックのエンジン音が砲撃音に混じり かすかに聞こえた。
 哀しみが顔をよぎるが、いつもの無表情に戻ると歩き出した。


Fin

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