てらさき雄介の日記
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2012年03月27日(火) |
日本人墓地で手を合わせる |
今回の旅も佳境。目的地である日本人墓地を訪れた。明治以降にミャンマー(ビルマ)で亡くなった多くの日本人と、特に第二次大戦における犠牲者が埋葬されている。
戦死者については、身元がわからなかったり、またご遺体そのものが無い場合もある。全てのお墓をまわってみたが、20歳の兵士が一番若かったと思う。もちろん合葬もあるので、すべては把握の仕様がない。
また日本政府が建立した慰霊碑もある。ヤンゴン日本人会の委託によって、あるミャンマー人家族が管理している。敷地全体がとても綺麗である。日頃の手入れをきちんとされているのだろう。感謝したい。
記帳簿もある。と言ってもただの大学ノート。「神奈川県議会議員 寺崎雄介」と記帳した。直近では一昨日に数名来ている。主に遺族等の関係者とのこと。まあ観光ツアーの行程には入るまいが。
ビルマ方面に派遣された日本軍は303,501名。うち戦死者は185,149名。(1952年厚生省援護局調べ。但し航空部隊除く)実に6割以上の兵士が現地で亡くなっている。
かつての戦争は末期になるに連れ、当初の目的を見失い、軍に対する政府のコントロールも効かなくなる。その象徴が悪名高いインド・インパール作戦と、ここビルマにおける約3年半の戦闘である。
さてそれほど遠くない場所に、日本軍と戦った連合軍の墓地もある。ここもお参りした。イギリス政府が管理している。ここもお墓の石を一人ひとり見ていると、実に様々な国の兵士が亡くなっている。
やはり20代の若者が多い。胸が痛くなる。戦争の不毛を改めて痛感。身元不明の兵士には‘神の子’とある。ああネパールのグルカ兵も戦闘に参加していたのか・・。‘グルカ’の表記が。
同じ過ちを繰り返すまい。地球上から戦争を根絶すべく全力を尽くす。政治家としての仕事を通じて、犠牲者の霊に報いていく決意だ。
改めて戦死者とご遺族に、心からの哀悼の意を表する。
●今日一日
終日 ヤンゴン及びバゴー(ミャンマー)滞在
【午前】 連合軍墓地参拝 バゴー市内パゴダ参拝
【午後】 日本人墓地参拝
日本人墓地の門
日本政府が建立した慰霊碑
連合軍墓地
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