てらさき雄介の日記
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2010年04月10日(土) テニアン島にて

テニアン島を訪れた。ずっと来てみたかった場所だ。日本に落とされた原子爆弾が組立てられ、そして搭載されたB29が離陸した島。日本人にとって悲しく記憶されるべき場所である。

成田からサイパンまでは約3時間。テニアンはそこから小型機で約10分。島民曰く「太平洋で一番海が綺麗なところ。」確かに今まで見たことのない色の、真っ青という名が相応しい海が、四方に果てしなく広がっている。

島は信号がない。ガイドブックにある市街地も、のどかな感じでとても良い。レンタカーを借りて島内をまわった。見たかったのは日本の跡。過去私が行ってきた旅のテーマでもある。

最初に訪れたのは‘バンザイ・クリフ’。同じ呼称の場所がサイパンにもある。米軍の攻撃によって玉砕する直前に、民間人を含む日本人が‘バンザイ’を叫んで身を投げた場所だ。

そこには慰霊の社が立っている。また戦没者の遺族が立てた碑。また沖縄県による慰霊のスペースもある。燃え尽きたお線香があった。今でもお参りに来ている人がいるのだろう。

その後島を北上。しばらくは周辺に家が建っており、また農地らしきも散見されるが、二十分ほど経つとジャングルに入る。島一番の大きな道だが1車線のみ。ちなにみ舗装はサンゴでされている。

旧海軍の通信所や司令部が、廃墟になって残っている。また米軍が島を占拠した後の施設やその跡も。そして今は訓練時しか使われていない、全長約3キロの滑走路を車で走り、ついにその悲しい‘場所’に到着した。

この島に運ばれた原子爆弾の部品は、基地内の施設で組み立てられた。そして大きな穴に保存され、そこから機体に搭載された。穴はふたつある。当時のまま残っている。�爍裡錚鵜甅爍裡錚沖瓩判颪い討△襦�

そう広島と長崎だ。ちなみにここは一切観光地化されていない。不気味なくらい誰もいない。かつて訪れたアウシュビッツもそうだった。それゆえに重苦しい感じを覚える。

オバマ氏は「唯一核兵器を使った国」と自称した。核廃絶に向けた第一歩と期待したい。原子爆弾の使用は誤りであったのだ。そのことを時間をかけてでも、使用したアメリカと国際社会に認めさせていきたい。

その後は海岸沿いの道を走りながら街中へ。島民約3千名のほとんどが暮らすサン・ホセ村には、旧日本統治時代の建物がいくつかある。そのひとつには�爛謄縫▲鹹�消防組�瓩箸呂辰�り文字が残っている。

人の悲しみを自分のものと出来るような政治家でありたい。過去この島で暮らした多くの日本人。そして原子爆弾の犠牲者。現在も地球上に戦禍にあえぐ多くの人たちの、その悲しい思いを代弁出来るよう頑張りたい。

●今日一日

北マリアナ諸島・テニアン島訪問

バンザイ・クリフに立つ慰霊の社

原子爆弾をB29に搭載した場所

日本統治時代の消防詰所跡(‘テニアン町消防組’とはっきり残っている)


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