てらさき雄介の日記
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2005年12月17日(土) |
男たちの大和(まず文句) |
「男たちの大和 YAMATO」を、早速見てきました。
本日から公開ですが、明日・あさってが日程上厳しかったので、無理して行きました。
忘年会に2件出た後なので、21:30からの最終回でした。場所はムービックス橋本です。
とても面白く、初盤からウルウルでした。
感動した点については、後日改めて書きます。
まずもって今日は、映画で残念だった点から書きます。
これだけ見入る映画の中でも、「アレッ」と思う訳ですから、違う言い方をすればかなりの問題点とも言えます。
最初にタイトルです。
「男たちの大和」の後についている、“YAMATO”が気に入りません。何のためについているのでしょうか。
元来意味のない、外国語やアルファベット使用には異議を唱えてきました。
悪例を挙げれば、電話帳の「タウンページ」や「ハローページ」は今でもどちらがどうか間違えます。「職業別」「アイウエオ順」の方が断然わかりやすいです。
公共施設の愛称もそうです。かつて市議として意見も言いました。相模原市立の「ウェルネス」や「ソレイユ」は、一体何の施設だかわかりません。
“YAMATO”については、意味がないだけでなく、戦艦大和を撃沈した国の言語を使うセンスもよくわかりません。
世界公開を考えているのでしょうか。ただ明らかにこの映画は日本人に対してのみ意識して造られています。
更には、反町隆史の髪の毛が長かった点です。他は皆当時そのままに五分刈りなのに、興醒めしてしまいます。
また少年兵の女友達が、原子爆弾により入院しているシーンも、非常に綺麗なまま死んでいくのが、かえって不自然でした。
また、戦艦大和は志願兵のみでなく、徴用兵も乗っていました。その人たちが全く描かれていなかったのも、「歴史」を表現していると言う割には残念でした。
色々言いましたが、大いに面白かったのは確かです。
「てらさき雄介のお薦め映画」入りです。
さて劇中に老いた中村獅童は、自分の子どもに戦艦大和を語りました。
仲代達也も最後に、いくつかの話をしました。
しかし私は、祖父母から戦争について、話を直接聞いたことはありません。
それぞれにとって辛い記憶なのか、あるいは他の意味なのか、ともに亡くなった今では聞きようもありません。
たった60年前の戦争が既に風化しようとしている昨今、あの戦争を体験した方々の話は大切にすべきです。またその機会をつくるべきです。
世界最新鋭の戦艦大和を特攻作戦に使用したこと自体が、あの戦争が狂気であったことを現しています。
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