diary/column “mayuge の視点
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擬態語家族

 「おい、チューチュー持ってきてくれ」

 晩酌の後、こたつに入ってゴキゲンの父がいう。これは彼の最近のお気に入りである、「水」のことなのだ。ペットボトルの飲み口が吹き出し式のようになっているミネラルウオーターを指して、「チューチュー」。還暦を迎えようという男の言葉としていかがなものかとは思うが、実はこれ、意外に簡潔かつ正確な表現なのだ。

 彼はそのとき、コップに汲んだ水を飲みたかったのではなく、冷蔵庫の中で冷やしてあるおいしい水を、乳首を吸うような要領でチューチューと飲みたい気分だったわけである。彼の意は、この短い言葉で僕に伝わった。

 朝食の席で喉の痛みを訴えた僕に対して、今度は母がのたまう。

 「あんた、シュッシュしてシューシューして寝たほうがいいんじゃないの?」

 初めて耳にした方のために翻訳すると、これは「ふとん乾燥機でふとんを暖めてから、加湿器をつけて寝たほうがいいのではないか」ということなのだ。

 これまた実に要領を得た表現。一度目こそ「?」な言葉だったが、二度目以降はこのコンパクトな表現ですぐにピンとくるようになった。

 それにしても、最近両親がひんぱんに擬態語を用いる。物忘れのせいなんだろうか。それとも彼らの目には、僕はいまだにハナタレ小僧として映っているのだろうか。

 これらの擬態語会話、僕としては少々ひっかかってしまうものがあるのだ。現在パラサイト中とはいえ、これでも僕は三十の男である。一応、かなり前からオトナなのだ。

 そこで僕は、幼稚園児言葉を使われることが不本意である旨をやんわりと抗議してみた。すると母は、僕の訴えを一言で切り捨てた。

 「あら、わかるんならいいじゃない」

 ごもっともでございます。今夜も僕はシュッシュして寝ることになりそうである。

2003年12月28日(日)

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