DOTFAMILYの平和な日々
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以前、『僕は勉強ができない』という本を読んだことがある。読み返そうとまでは思わないが、結構面白かった。が、あれは『僕は勉強ができない』というより『僕は勉強をしない』の方が適切ではないか、と思った記憶がある。
で、愚息。彼は勉強をしない。誇張表現ではない。本当にしないのだ。やらないのだから、できるのかできないのかわからない。(実はわかっている。やらない=できない、である。)当然成績は悪い。彼は一応高校生なのである。あそこまで勉強しない高校生を高校生と呼んで良いのだろうか?高校に通っていれば高校生なのだろうか?私は家で愚息が勉強をしている姿を見たことがない。そして、先生によると授業中は寝ているそうである。う〜ん。
私だって学生時代、ろくに勉強はしなかった。成績だって良くなかった。(ちなみに、ダンナはお勉強好きな優等生であったそうである・・・ナードじゃねぇか!)愚息は私に似たのだろう。とは思うのだが、私だってあれほどではなかった。徒然草や枕草子等の冒頭部分は今でも空で言えるし、『水兵リーベ僕の船・・・』だって暗記しようとした記憶がある。(暗記したという記憶はない。今では・・・1番水素、2番ヘリウム・・・おしまい。あれ?あってる?)微分積分が理解できなくて、グラフを書きながら問題を解いた記憶もある。(公式丸暗記という選択肢は私にはなかった。)宿題だってやった記憶がある。(卒論だって書いたぞ!)という具合に、全くしなかった訳ではない。必要最低限はやっていた・・・と思う。
そもそも、社会に出て必要な知識というのは中学までに学ぶことで十分だと私は考えている。高校で学んだ知識を社会に出て使ったという記憶は無い。微分積分や元素記号を使ったことはないし、これからも使うことは99.9%無い。そりゃ、それを専門にしている人は使うだろうが、彼らは特に努力して記憶しなくても、基本は反復学習によって自然に覚えるのではないだろうか。私が代表的な古典の一部を未だに覚えているのも、中学時代に一生懸命暗記したからではなく、反復学習の結果であろう。(国文専攻。国語教師の免許も取ったし・・・それにしては文章が下手すぎる?アメリカ生活20年だもん・・・言い訳。)話を元に戻そう。つまり、高校で学ぶことは、将来その世界で生きていかない限り必要はない、と考えているので、愚息が高校で何も学ばなくても、実はそれほど心配してはいない。じゃ、高校で勉強する必要はないと思っているのか?と聞かれると、答えは否である。高校レベルの勉強はとても大切だと思っている。
中学までの知識は一般常識として必要だと思ったので、愚息が中学を卒業するまでは、無理やり頭に詰め込んでおいた。だから、あれほど成績が悪い愚息でも高校卒業資格テストは一発で合格した。このテスト、合格しなければ、いくら高校で必要な単位を取っていても高校卒業証書はもらえないのだが、実は中学までの知識で十分合格できる程度のテストなのである。
知識に関してはそれほど心配していないのだが・・・もっと根本的なことが心配なのだ。あれほど脳を使わないと、馬鹿になるのではないだろうか?だろうか?ではない。なるに決まっている!体は使わなければ鈍ってくる。頭だって同だ!
日々、愚息の脳と反比例に大きく膨らんでいく私の不安。でもなぁ、「馬を(牛だっけ?)川辺までつれていくことはできても、水を飲ませることはできない。」とかなんとかいう諺、あったでしょう?あれだよなぁ、あれ。
謙遜や誇張でなく「家の子も全く勉強しないんですよ。」というお子様をお持ちの方、他にいらっしゃらないだろうか?
いねぇよな。いたからってそれがどうした、という気もするし・・・
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