2005年01月04日(火) |
「めざめ」 マタドールを昏睡状態に陥らせた雄牛の肉、角、目玉、骨を手にした人々の人生模様を描く上質な群像劇。 |
「めざめ」【CARNAGES(大虐殺、修羅場)】2002年フランス=ベルギー=スペイン=スイス ★2002年カンヌ国際映画祭 ユース賞 監督・脚本:デルフィーヌ・グレーズ 撮影:クリステル・フルニエ 音楽:エリック・ヌヴー 俳優:アンヘラ・モリーナ(アリス) ルチア・サンチェス(アリスの娘、保母ジャンヌ) ジャック・ガンブラン(獣医科学者ジャック) リオ(ジャックの身重の妻、ベティ) キアラ・マストロヤンニ(女優、カルロッタ) クロヴィス・コルニャック(元哲学者、アレクシ) エステール・ゴランヌ(剥製売りの老母) ベルナール・サンス(老母の息子、リュック) マリリーヌ・エヴァン(ウィニーのママ)
闘牛場。若いが腕利きのマタドールが、あと僅かというところで 猛々しい雄牛ロメロの角で突き上げられ、瀕死の重傷を負う。
闘牛士は一命を取り留めたが昏睡状態に陥った。 肝臓が機能しておらず、このままではそう長くはないだろう・・・。
雄牛ロメロは屠殺され、肉は高級レストランに、目玉は研究所に、骨は犬用の餌としてスーパーに、立派な角は捨てられた。
◆目玉◆ 獣医学の専門家ジャックは、臨月の妻ベティと暮らしている。 ベティはある秘密を抱えて、大きくせりだしたおなかをさすりながら、新しい命を待っている・・・。 だがジャックは忙しくあまり妻と話さない。 ロメロの眼球にも夢中だったが、彼は浮気をしていた。
ベティのところに間違い電話がかかってくる。 ある女性を捜しているらしい電話の相手に、そのひとは自殺した、と嘘をつくベティ・・・。
◆角◆ トレーラーで剥製を作って売る貧しい老母と、少しばかり頭の弱そうな中年の息子。 息子の誕生祝いにと、老母は立派なロメロの角を拾ってきた。 これだけは売らないよ、と母の贈り物に感激する息子。 父親は死んだのだと繰り返し言い聞かせる老母。 だが・・・・・。 ある日、リスや鳥の剥製を道ばたで売っていると、聾唖の老人が あの角を売ってほしいとせがむ。 でも、これだけは手放せないのだと断るのだった。
◆肉◆ 保育園児に不思議な絵をかく病弱な5才の少女ウィニーがいた。 人間よりも犬は大きく、鳥は空に釘で打ち付けられていた。 保母のジャンヌはウィニーにくどくどと指導しつつ、自分の愚かさ、弱さを幼い彼女に見透かされているように思い、このごろ情緒不安定だ。 ジャンヌは5才より前の記憶が抜け落ちている。 なぜだかわからない。 母アリスはジャンヌの話をかわそうとする。 カンで、ジャンヌは、母は自分の子供時代のことなど覚えていて くれていないのだと、寂しい気持ちに。 アリスは、浴室でわざと子供じみた絵を描き、濡らしたり乾かしたりして、これがお前の5才のときに書いた絵だと、ヨレヨレになった絵を見せた。 ジャンヌは喜んでウィニーに見せるが、上手すぎる、と真実を見抜かれ傷は深まった・・・。
なぜ、5才までの記憶がないのだろう。 単に幼かったからだけ・・?
母娘でゆったりとレストランで料理を愉しんでいる。 ロメロの肉のステーキだ。
そこへ、上品な紳士が現れた・・・。
◆骨◆ どさまわりのコメディ女優カルロッタは、全身のホクロを切り取って絆創膏だらけ。 あごのところの1つと、胸の谷間の1つだけは残った。 親ゆずりで根が深く取れないのだ。
情緒不安定なカルロッタは、水中セラピーに通い出したが、 今ひとつ、効果を感じられない。
着ぐるみの人形劇だけでは当然食えず、今日はスーパーで ペット用のおしゃぶり骨の売り子をしている。 ロメロの骨だ。 アツい雄牛の骨だよ、ワンちゃんも大興奮だよ、 そのかけ声につられ、ウィニーの両親が、愛犬用に1本買っていった。 ウィニーよりずっと大きいがおとなしく従順な立派な黒い毛並みの愛犬にお土産だ。
だが、駐車場でロメロの骨を乗せたままカートが転がっていき、カルロッタの車を直撃!車はひどく凹んでしまった。 その場から逃げ出す一家・・・。
だが、その光景をある男が目撃していた。 父親が落としたスタンプカードを拾い上げ、住所を確認する男。 男は、元哲学者のアレクシ。受験生の人生の明暗を分ける問題を作成する仕事に嫌気がさし、抜け殻のように生きている。
男はカルロッタに、カートは故意にある家族がぶつけた、と告げ 一緒に一家の家に押しかける。
ロメロの骨をかじった犬がのたうちまわって突然死するのをみて、自分の売った骨だと困惑するカルロッタ・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・ やがて、雄牛ロメロに関わった4組、14人の運命はゆっくりと 動き始め繋がってゆく・・・・・・・・
きっと、「マグノリア」や「ショートカッツ」などのポリフォニック系の群像劇がお好きな方にはかなり好みの構成じゃないだろうか。 一見、何の接点もない人々が、渦に飲み込まれるように引き合わされてゆく、 あるいは空を舞うバラバラのパズルのピースが魔法でくっつきあう ように大きな1つの絵を構成してゆくとでもいうのか。
アルモドバルの手腕に近いところもある。 タナトスの匂い、そこから紡ぎ出される細くも確かな希望に満ちた 輝く糸。
原題は無惨な死、それも複数の・・・を意味する言葉だと思うが、 邦題の「めざめ」、なかなかいい。
命を譲られ、昏睡からめざめる者。 この世に生まれ出でて、生にめざめる者。 闇の中だった真実にめざめる者。 本当は愛されていたのだと、愛の深さとその悲しみにめざめる者。
ある者は失い、ある者は得る。 大きな大きな運命の渦の中で、喪失と獲得が交錯する。 それを、一頭の神々しい漆黒の雄牛の霊魂が高みから見つめているかのようで。
そして、映像面での演出の巧みさに舌を巻く。 これが長編一作目とは驚くばかり。
雄牛、犬、ほくろの黒、それは闇。 コロシアム、そして円形劇場の円。とぎれないもの。取り巻くもの。 床に転がっての殴り合い、そして激しいセックス、それは愛憎。 死してなお形とどめる剥製。 全裸で赤ん坊に戻ろうとする集団。 叫べない男は電話のベルをけたたましく鳴らす。 無から有となった五つ子の泣き声が力強くタナトスの影をふりほどく。
これほど見事な構成のポリフォニックな群像劇はありそうで なかなかない。「マグノリア」と双璧をなすのではないか。 もっと知られてよい作品だ。
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