2004年10月19日(火) |
「カラー・オブ・ハート」 TVに吸い込まれ50年代のモノクロホームドラマの世界に閉じこめられた兄妹。 |
『カラー・オブ・ハート』【PLEASANTVILLE(人気ドラマのタイトル、プレザントヴィル“愉快町”】1998年・米 監督・脚本:ゲイリー・ロス 撮影:ジョン・リンドレー 美術:ジニーン・オブウォール 衣裳:ジュディアナ・マコフスキー 編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ 音楽:ランディ・ニューマン 主題歌:“アクロス・ザ・ユニバース”フィオナ・アップル
出演:トビー・マグワイア(デイビッド/バド) リース・ウィザースプーン(ディビッドの双子の妹、ジェニファー/メアリー・スー) ジョーン・アレン(バドたちの母親、ベティ) ウィリアム・H・メイシー(バドたちの父親、ジョージ) ジェフ・ダニエルズ(バドのバイト先のダイナーの店長、ビル) J・T・ウォルシュ(プレザントヴィル町長、ビッグ・ボブ) ドン・ノッツ(テレビ修理工) マーリー・シェルトン(バドのGF、マーガレット)
デイビッドとジェニファーは高校生の双子の兄妹。 兄デイビッドは50年代に大ヒットした連続ホームドラマ、「プレザントヴィル」おたくでヒマさえあればモノクロ専門チャンネルで お菓子片手にTV鑑賞。 離婚後、男遊びに夢中で家庭的な主婦からはほど遠い母親に 呆れ、平和な理想の家庭や青春に憧れることで現実逃避しているのだ。
髪型も服も趣味もダサい兄貴に比べ、妹のジェニファーはイケイケコギャル道大驀進中。不良っぽい同級生にお熱で、化粧も服もケバい。
さて、そんな彼らの母親が、またしても男と旅行で家を空けることになったらしい。
チャ〜〜ンス!! デイビッドは、夜6:30から徹夜で放送される「プレザントヴィル祭り」を観たいのだ。全話放送後にあるカルトクイズに挑戦して優勝したい。
一方、ジェニファーだって今夜は勝負。 お目当ての男のコを家に呼んで、MTV観ながら朝までイチャイチャする作戦。気合い入れてオシャレしてリビングにやってきた。 6:30に彼氏が来る予定なのだ。
お約束のチャンネル争い開始! おとなしいデイビッドも今夜は妹も負けられない。 必死でリモコンを奪い合った結果、ぶっ壊してしまう。
最新式TVのイタイところはリモコンがないと動かないトコロ。 青ざめる2人の前に突如呼んでもいないのにTV修理屋の老人が現れ、苛つくジェニファーを尻目にデイビッドと「プレザントヴィル」のマニアックな話題で盛り上がっている。
すっかり気をよくした修理屋は、壊れたリモコンを隠すと妙な形のリモコンを2人に手渡し、帰ってしまった。
何が何だかわからないが、とにかく今度はそのリモコンの奪い合いに!
すると、2人はTV番組「プレザントヴィル」の中に吸い込まれてしまった!! 気がつくと世界はモノクロ、色のない世界。 50年代のファッションでキめた2人が、あのドラマの家の中に。
ママが朝ご飯よ、と声をかけにきた。 あのママだ!ドラマの中の・・・・・。
そう、2人はドラマの中の兄妹、バドとメアリー・スーになっていたのだった。
TVの中で修理工がご機嫌だ。 デイビッドの完璧なオタクっぷりに満足した彼の“ご褒美”らしいのだが、いやいや、それは望んでいない、大迷惑なハナシだ。 元の世界に帰してと懇願する2人に、修理屋はヘソを曲げてしまい消えてしまった・・・・・・・。
困りましたね。 とにもかくにも、この世界でしばらくおとなしくしている他、 ないようだ。
オタクのバドにはさほど住みにくい世界ではない。 妹に、この世界を狂わせるなと忠告するが、現代っ子のジェニファーにソレは無理というもの。
兄の予感は的中。メアリー・スーとなった彼女は友達にはナウい言葉を入れ知恵し、番組ではロマンティックな展開で恋人になるはずの男のコには、車の中で押し倒し初体験させてしまう!
この世界にはプレザントヴィル以外の町はない。道は丸く、どこにも繋がっていない。 そして、下品な言葉もなきゃ、トイレもセックスもないのダ! 喜怒哀楽の「喜」しかない世界。愉快町とはよくいったもので。
そういうわけで、この世界で初めてセックスを経験したその青年は、帰り道、1輪だけ薔薇が真っ赤に色づいているのを見つける・・・・。
あっという間に若者たちの間にセックスが広まり、町も、若者も 色づき始める。 図書館には真っ白なページの本しかなかったのだが、バドがトム・ソーヤの冒険を話し出すと、やがて図書館中の本が物語で埋め尽くされる。
ますます進む町のカラー化。 モノクロの町を行き交う、モノクロ人間とカラー人間。
そして、この町になかったモノが続々登場する。 火事に、雨。
大人たちは大騒ぎ。町議会で本を燃やす法律を作ったり、 有色人種の出入りを禁止したり・・・・。
バドとメアリー・スーのママにも、大きな変化が起こっていた。 娘(?)に教えてもらった1人えっちで性の快感を知り、 密かに想いを互いに寄せ合っていた男性と深く結ばれるのだった。
もう黙っちゃいられないのはTV修理屋である。 プレザントヴィルの世界を壊した!!と激怒しすぐ戻ってこいと 怒り狂うが、バドは、こんな中途半端に自分たちが影響を与えてしまった世界を放り出して逃げ出すわけにはいかなかった。
ところで、メアリー・スーもモノクロのまま。 恋人が(ドラマとは違う相手だが)できたけれど、バドもモノクロのまま・・・・。 どうも人によって色づくきっかけが異なるようだ。
次第に「色」への弾圧が厳しくなるが、抑圧されればされるほど、 本能は煌めき出す・・・・。
この世界はどうなってしまうのか。 そして、デイビッドとジェニファーは元の世界に戻れるのだろうか・・・???
『ビッグ』などのハートフルな作品の脚本家として知られるゲイリー・ロスの、初監督兼脚本作品となった本作。 この次に手がけたのがあの『シービスケット』であることを 考えると、彼の人間の良心や可能性の力を信じうったえる一貫した信念に感動せずにはいられない。
プレザントヴィルの人々が「色」を手に入れるきっかけは、人それぞれだ。 情熱であったり、真剣になにかに取り組む気持ちであったり、深く思考することであったり、嘘のない誠実な気持ちであったり、ときめきであったり、またそういうプラスの感情だけでなく、胸が震えるほど悲しんだり、後悔したり、怒り狂ったり。 「愉快」(楽)なときには思考も停止し心も動いていない。 喜怒哀楽の他の感情、喜ぶ、怒る、哀しむ、は、アタマの中を様々なことが駆けめぐり、心が激しく動く。つまり感動している。
感動が人生に豊かな色彩を与えるのだ。 豊かな色彩の中には美しい色ばかりではなく、醜い嫌な色もある。 だが、すべては「調和」だ。
プレザントヴィルには、これから不幸なこともおきるだろう。 美しい色も混色すれば黒ずむように、恋や情熱は嫉妬を生み、 知識欲はし烈な競争を生み、感動は絶望とコインの裏表。 美しいものへの憧れは物欲を生み、それはやがて犯罪を生むだろう。洪水、地震、火事がおこり恐怖心や事故死も・・・。 そして病気もこの町を襲うだろう。
だが、治る喜びも、生きる喜びも、その逆を知らねば味わえないのだ。
すべては「調和」なのだ。 醜いものがあってこそ、美しさの価値を知る。 悲しみがあってこそ、喜びは愛おしく、人も愛せる。 怒りがあってこそ、穏やかな心が心地よいから争いは避けたいと思う。 挫折があってこそ、再出発ができる。 間違いがあるから、新しい発見ができる。
この映画は全編を通して、力強い温かいメッセージに満ちあふれている。 そして、万華鏡のように幻想的で美しい。
いい映画は、心に残るシーンがどれだけあるかだ。 1つでも充分。 だが、本作には、いくつもいくつも、愛情溢れる素晴らしいシーンがある。
色づいたことの意味をまだ理解できず、恥じて哀しむベティに、 息子として接してきたバド(デイビッド)が慣れない手つきで 懸命に化粧をしてやるシーン。 ファンデーションが灰色で、考えてみれば可笑しくもあるシーンなのだが、2人の真剣さにとても笑えない・・・。
恋人池にデートに向かうバドたちを祝福するように降り注ぐ 桃色の花吹雪、鮮やかな木々の緑は息をのむほど美しい。
真っ赤な傘を嬉しそうにかざす可憐なマーガレットの恥らって上気した愛くるしい頬。
ベティを見上げ、切なさと愛おしさに胸がはじけそうになり 涙とともに色を手に入れるジョージ。
そして、デイビッドが人間的に成長を遂げ、ダメ母を愛しいと心底思い、優しい言葉をかけるシーン。 「こうでなくちゃ、ってことはないよ。」 「幸せの意味は人それぞれだよ。」 泣きはらしてパンダ目になって自分を責めるぐちゃぐちゃの母親 を見つめるデイビッドの優しい眼差しに目頭が熱くなる。
映画の内容とは関係ないけれど、私も40才で息子が17才だ。トビー・マグワイヤ演じるデイビッドやバドみたいな純朴で誠実な息子に育ってくれたらな〜〜。子供たちが高校生になったら、この映画、一緒に観たいなぁ。
トビーは、幼さの残る頃から好きだ。 ディカプリオ(もちろんまだ子役)と競演した(端役だが) 『ボーイズ・ライフ』、そして才能をめきっと発揮した、「アイス・ストーム」ではクリスティーナ・リッチの妹役で、 本作と同じくジョーン・アレンの息子役で登場。
少年期、青年期とすっかり、いい役者になりました。
ジョン・キューザックもトビーもそうなんだけど、童顔の男優は、 かなりトシくっても少年の役がおかしくないので芸幅が広く、 息長く活躍できるだろう。
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