お茶の間 de 映画
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2004年10月14日(木) 「ぼくは怖くない」10才の少年は少しだけ早く大人の世界の暗い穴を覗いてしまう・・・。360度の麦畑、青い空、恐ろしい秘密。

ぼくは怖くない【IO NON HO PAURA】2003年・イタリア
監督:ガブリエレ・サルヴァトレス
原作:ニコロ・アンマニーティ『ぼくは怖くない』
脚本:ニコロ・アンマニーティ/フランチェスカ・マルチャーノ 
撮影:イタロ・ペットリッチョーネ 
音楽:エツィオ・ボッソ

出演:ジョゼッペ・クリスティアーノ(ミケーレ)
 マッティーア・ディ・ピエッロ(穴の中の少年、フィリッポ)
  アイタナ・サンチェス=ギヨン(ミケーレのママ、アンナ)
  ディーノ・アッブレーシャ(ミケーレのパパ、ピーノ)
  ディエゴ・アバタントゥオーノ(この計画のボス、セルジョ)

ストーリー用ライン


1978年、南イタリア、麦畑に埋もれた5世帯しかない小さな村。記録的な猛暑、照りつける太陽に少年たちの肌が輝く夏。
子供らはひねもす太陽の下で遊び続ける。

ミケーレは5年生、10才だ。
遊び仲間の村の子供たち数人の中にはガキ大将もおてんばな女の子もいる。
今日は、普段行くことを大人たちに禁じられている遠くの廃屋まで
競走した。負けると罰ゲームが待ってる。
でも、幼い妹を連れていたのでビリっけつに。

仲間の女のコに、脱げとガキ大将が命令する。
泣き出した少女が哀れだし、妹には見せられないしで、進んで罰ゲームを受ける優しく正義感のあるミケーレ。

いつ崩れるかわからない廃屋の梁を目を閉じて渡るミケーレ。
彼は恐がりだが、恐怖を克服するすべも知っている、そんな少年だ。

友達は先に帰ったが、妹が眼鏡を落としたとぐずりだし、慌ててミケーレが廃屋に戻り探し始めると、眼鏡が落ちていたあたりに、
妙な穴があることに気づく。

トタン板を被せ、上から枯れ草を散らして目立たぬよう隠された穴。

恐る恐る中を覗くと、汚い毛布の下から、泥まみれの人間の足らしきものが白く浮かび上がってみえる・・・!!
恐怖のあまり慌ててその場を去るミケーレ・・・。

遅く帰宅して母親にこっぴどく怒られたが、長距離トラック運転手の父が、何ヶ月ぶりかで帰宅したのが嬉しくて楽しい夜・・・。

でも、死体だろうか、目に焼き付いた白い足・・・。
神に祈りを捧げて眠るミケーレ。

だが、少年の好奇心は動き出したらもう止まらない。
翌日もこっそりと、穴を覗きに。
足がない!!!
次の瞬間、ミケーレの目に飛び込んできたのは、初めてみる
金髪の少年。死人のように青ざめ泥まみれの・・・・。

あまりの驚きと恐怖で、ミケーレは走り去る。だが、恐怖と同時に、自分だけのとっておきの秘密を得た喜びにも胸を奮わせるのだった。

ミケーレは空想の物語をノートに書いた。
双子がうまれたが、1人は金髪で呪われた子。山に監禁したが、
父親がこっそり食料を運んで、金髪の少年は生き延びた、と。

その後も、水を与えたり、パンを与えたり、毎日金髪の少年に会いに行くのだが、鎖で足を封じられた少年は衰弱しきって目も開けず、錯乱状態だ。自分はもう死んでおり、ここは死後の世界だと
思いこもうとしている・・・。

助け出そうとするわけでもなく、ミケーレは自分だけの秘密を楽しんでいた。

だが、ある夜、村の男たちが家に集って密談を始めた。
母も一緒だ。

立ち聞きしてしまった話にショックを受けるミケーレ。
だが、まだこの時点ではミケーレは事の重大さを飲み込めていなかった・・・・・・・。

少年の素性は?
ミケーレは囚われの少年を助け出そうとするのか、それとも、
このまま秘密を心にしまい続けるのか。
大人たちは村ぐるみ(たったの5軒だが)で何を隠しているというのか・・・・?


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コメント用ライン


イタリアの映画祭で高く評価されたこの作品、子供が主役だからって子供向け映画じゃない。

少年が子供でいられた最後の夏。
「マレーナ」「スタンド・バイ・ミー」「夏休みのレモネード」
などの名作をはじめ、傑作がかなりあるので、このテーマを
追求してみるのも面白いだろう。

本作は数あるこういった少年の成長物語の中でも、敢えて近いタイプを挙げるなら、「アトランティスの心」かもしれない。

ドス黒い大人の世界、自分の無力さを痛感しながらも諦めず
闇に立ちむかう勇気。

子供は穴、棒、水が好きなものだ。
まだ世界が狭い子供にとって、穴は新しい世界に繋がるかもしれないチャンス。
大人が隠す世界への入り口だ。

だが、ミケーレの覗いてしまった穴は、あまりにも暗かった。
そこは大人の醜さを埋めて隠した穴だった。
穴の中に、麦畑より眩しい金髪の少年がいたときには、
穴は大事なものをしまっておく秘密の宝箱だったけれど。

その穴から金色のカナリアが消えると同時に、秘密というスリルは
失われ、底知れぬ恐怖がミケーレを襲う。

怖いのはフクロウでもヘビでも蜘蛛でもなくて、大人たち。
でも、大人たちに叱られたって殴られたって怖くない。
ミケーレが怖いのは、大切なものを失うことだ。
友達の笑顔、つまり命と、自分が自分であることを。
だから彼は怖くなかった。
失わないための冒険は怖くなかったのだ。

恐ろしい状況を描きながらも、この作品は金色に揺れる一面の麦畑、南イタリアの抜けるような青空、濃い緑の木々、そして
瞬間かいま見せたフィリッポの笑顔とまるきり邪気のない笑い声・・・そういった汚れた大人には手の届かない清いものに
包まれて守られ、どこまでも温かい。

ミケーレは、それでも父の首にまわした手を離さなかった。
ミケーレの危険な冒険は、愛する両親を守るためでもあったからだ。
・・・結果として、あの村は廃墟と化し、子供らは孤児となるかもしれないけれど・・・・。

ミケーレが父に恨み言を言ったなら、この映画はまるきり違う、
ただの悪いオトナに立ちむかう正義感の強い子供の大冒険になってしまったはずだ。

ミケーレはたとえどんな事情があろうとも両親を愛しており、両親も息子を深く愛しているのだ。

夜の麦畑、ライトに照らされて輝く麦畑と、フィリッポの金髪。
フィリッポも怖くなかった。
彼にとっても、怖いのは銃を持った大人ではなく、友達を失うことだったからだ。


演出も見事。
南イタリアと北イタリアの貧富の差。
村は狭すぎるが麦畑は広すぎる。
捨てられないものが大きすぎて、小さな村という少し大きめの
穴にズッポリはまってしまった大人たち。

いかにも北部の子らしい色白の肌と金髪。
南部の子たちの逞しさ。
大人にとっては生活手段にすぎず、彼らを村に縛る原因の1つ
である麦畑も、子供らには無限の広さに感じる遊び場・・。
大人たちの中でも、苦渋の表情を浮かべるミケーレの親、
根っからの極悪人、セルジョの、いかにもなヤクザっぷり。

そして、カメラワーク。
ほとんどがミケーレの視点だ。彼が1人きりのときは
勿論、ミケーレをカメラが捕らえるが、
少なくとも、大人と子供という関係で見れば、ミケーレの見たり聞いたりしていない大人の姿や声は、映画には映らない。
どこまでも、ミケーレの見聞きした世界。

10才、子供を脱皮して少年へと向かう時期。
普通ならば緩やかに訪れるその時期を、銃声と爆風が吹き飛ばした。そしてミケーレとフィリッポの子供時代は幕を閉じたのだ。


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