2004年07月22日(木) |
「炎のランナー」 パリ・オリンピック。ユダヤ人の青年は民族の誇りのために、宣教師は神への忠誠と感謝のために走ろうとした。 |
炎のランナー【CHARIOTS OF FIRE】1981年・英 ★1981年 アカデミー賞 作品賞 脚本賞 作曲賞 衣装デザイン賞 ★1981年 カンヌ国際映画祭 助演男優賞 アメリカ批評家賞 ★1981年 NY批評家協会賞 撮影賞 ★1981年 ゴールデングローブ 外国映画賞 ★1981年 英国アカデミー賞 作品賞 助演男優賞 衣装デザイン賞 監督:ヒュー・ハドソン 原作・脚本:コリン・ウェランド 撮影:デヴィッド・ワトキン 音楽:ヴァンゲリス 俳優:ベン・クロス(短距離走者、ユダヤ人、ハロルド・エイブラハムズ) イアン・チャールソン(短距離走者、宣教師、エリック・リデル) イアン・ホルム(エイブラハムズのコーチ、サム・ムサビーニ) ニコラス・ファレル(中距離走者、オーブリー・モンタギュー) ナイジェル・ヘイヴァース(障害物競走、アンドリュー・リンゼイ卿) ダニエル・ジェロール(中距離走者、ヘンリー・ストラード) シェリル・キャンベル(エリックの妹、ジェニー) アリス・クリージャ(エイブラハムズの恋人、歌手シビル) デニス・クリストファー(米国選手、パドック) ブラッド・デイヴィス(米国選手、ショルツ) ジョン・ギールグッド(トリニティの学寮長) リンゼイ・アンダーソン(キースの学寮長) ナイジェル・ダヴェンポート(選手団長、バーケンヘッド卿) デイヴィッド・イエランド(英国皇太子殿下) ピーター・イーガン(オリンピック協会長、サザーランド公爵) ナイジェル・ダヴェンポート(英国選手団委員長)
70年代後半、英国。天寿を全うした老人の葬儀が粛々と執り行われている。老いた友人たちが懐かしそうな表情を浮かべている・・・・。
時代はさかのぼり、1919年。第一次大戦が終戦したばかりの英国。この戦争で英国はあまりにも多くのものと命を失った。
名門ケンブリッジ大学に、ハロルド・エイブラハムズが入学してくる。キース寮で入寮の手続きをしようとすると、誰が聞いてもすぐにユダヤ人だとわかる彼の姓を、受付の門衛が嗤う。
ハロルドは亡命ユダヤ人の二世で、父親はロンドンで金融業を営み、兄は医者、裕福なエリート一家で育ち、門衛ごときに鼻でわらわれる覚えなどない。
ユダヤ民族の誇りを、誰にも汚させてなるものか。有形無形の差別 と好奇の目に耐えながら、陸上部に入部したエイブラハムズは、天賦の俊足を活かし、世界にユダヤ人の実力を知らしめようと心に誓うのだった。
ケンブリッジで、障害物競走のアンドリュー・リンゼイ卿、 400m中距離走者のヘンリー、オーブリーらと友情を育み、 エイブラハムズは英国選手団、ケンブリッジ4人組として、 1924年にパリで開催されるオリンピックに向けて練習に励む日々・・・・。
日々、その俊足が英国にもたらす勝利へ高まる期待と、ユダヤ人が誇り高き英国の代表だということへの世間の複雑な感情・・・。
エイブラハムズは、風当たりが強ければ強いほど、意志も鋼のごとく強くしていった。恋人とも距離を置き、ひたすらに走る。
そのころ、スコットランドでも、オリンピックへ向けて着々と準備が進められていた。 スコットランド陸上の期待の星は、エリック・リデル。 リデルはスコットランド正教会の宣教師の息子で、伝道先の中国でうまれた。 父の跡を継ぎ、中国で伝道すべく、現在は故郷で妹とともに父と教会の手伝いをしている。
神が与えたもうた俊足を活かし、リデルはラグビー選手としても活躍していたが、宣教の道へすすむため、プロにはならなかったのだ。 だが、このオリンピックは、神のために走る、自分に俊足を与えたもうた神への感謝を示すため、世に神を知らしめるため、走ると 決意したのだ。
妹は、宣教そっちのけで野山を走り回り競技に出る兄エリックに 苦言を呈すが、彼の固い決意と信仰はわずかも揺るがず、ついに妹も説得を諦める。
オリンピックを翌年に控えた1923年。 ロンドンでの陸上競技会で、リデルとエイブラハムズは初対戦となった。 僅差で、リデルに敗北するエイブラハムズ・・・・。
絶望のどん底のエイブラハムズは、プロのコーチ、サムを雇い、 起死回生をはかる。サムオリジナルの特訓法で日に日に力をつけてゆくエイブラハムズ。 ここへきて、彼の目標はオリンピックで世界一になることと同時に、リデルに勝つことに固執するようになっていった・・・。
ところが、ケンブリッジ大学側は、この件を快く思わない。 アマチュア精神を第一とするスポーツが紳士を育てる英国で、 金で雇ったプロのコーチ(しかもアラブ系イタリア人!)につくなど、よろしくない、というわけだ。 金で勝つくらいなら、紳士として負けろという。 エイブラハムズは、爆発しそうな怒りを抑え、肉体と精神の限界に挑戦することこそ、スポーツマンの使命だと言い返すのだった。
さて、いよいよ各国選手団がパリに集まり始めた。 ところが、リデルが愕然とする事実が・・・!! 船出する間際の彼に新聞記者が質問した。 「100m予選は日曜日ですが、出場するんですか?」
リデルは苦悩する。 神のために走るつもりで頑張ってきたが、安息日に走るのは、神のご意志に背く。ならば、諦めるほかあるまい・・・・。
英国と開催国フランスは犬猿の仲。 まさか、スコットランド正教の信念のために予選日をずらしてくれないかとは頼めるはずもない。 選手団長も困惑し、英国皇太子から、リデルに英国のために走ってはくれぬかと説得していただく席を設けるのだが・・・・・。
リデルの下した決断は。 そして、エイブラハムズの野望は叶うのか・・・・・。
またしても妙な邦題に困惑。 スポ根ものでも青春ドラマでもない。 原題【CHARIOTS OF FIRE】が示す通り、英国の至宝、W・ブレイクの作詞による英国国教会の賛美歌“エルサレム”の詩の一部だ。
後半の、Bring me・・・の繰り返しの部分、 “我に矢を、我に弓を、我に槍を、 雲を裂くのだ、 いざ我に燃ゆる戦車を! この魂の闘いから一歩も退かぬ、 イングランドの緑豊かな地に聖地エルサレムを築き上げるまで”
いい加減な意訳で申し訳ないが、敬虔な英国人にとってブレイクのこの詩をタイトルに持つ本作が、どれほど敬愛されたか想像に難くない。 (CHARIOTSはピッタリの日本語が今ひとつ・・・・。 鉄のいわゆる戦車ではなく、古代ローマ人が「ベン・ハー」で乗っていたような、立ち乗りする二輪のあれを想像していただけると、 たぶん正しい。
スコットランド正教会、英国正教会、ユダヤ教。 直接的な信仰の対立も対決も描かれないが、主人公の2人は、 英国正教会とカトリック教圏を舞台に、己の信念のために走ろうとするスコットランド正教会宣教師と、己に流れるユダヤの血の強健さと美しさを誇示するために走ろうとするユダヤ教徒。 かなり複雑な背景を持っているのだ。
だが、異なる文化圏の観客も、ヴァンゲリスのあまりにも壮大であまりにも爽やかで眩しいほどに美しいテーマ曲をバックに無心に 砂浜を駆ける青年たちの輝きにみとれ、それぞれの信念に魂を焦がす若き2人と、彼らを見守る友人や家族の愛に心打たれ、素直に 感動できる、非常に懐の深い名作ではないだろうか。
硬い表情で空気の壁を意志で叩き割ってゆくかのような鋭さで走る エイブラハムズ。走りは試練。 軽やかに飛ぶ鳥のように陽気に満面の笑みで舞うように駆け抜ける リデル。走りは歓び。
そして、なぜかその華麗さに印象に残る、英国貴族アンドリューの、シャンパンを端の乗せたハードルを鹿のようにあざやかに 飛び越す(しかも自邸の庭で)姿。 最後の1つが・・・・。
隅々にまで英国的美意識とブラックさ(恋人との食事で豚肉が出てきて「あらどうしましょう」など)、英国人気質である頑固さが 滲み出ていて、実に愛すべき作品に仕上がっている。
「WATARIDORI」を観たときに、なぜこうも、帰巣本能の命ずるままに飛び続けるだけの渡り鳥を観ているだけで涙腺が緩むのかと思ったが、この映画でもデジャヴ。 人が無心に、ゴールだけを目指し走っている姿は、なぜこうまで 胸を打つのだろう・・・・。
もうじき、アテネオリンピックが開催される。 誰かのために、何かのために、出場し勝利を掴もうとする時代では なくなった。 自分のために、愛するものに勝利を捧げるために、挑む。 だが、ナショナエリズムを危険なものとして表面上、あれほど普段否定しながら、オリンピックとなると過熱する、「国にいくつメダルを持ち帰れるか」報道合戦。
この映画の時代は、オリンピックは堂々と国と国との権威争い。 出場者も、国のため、君主のため、神のため、民族のため、 大義のために、と明言して走るが、その実、逆に「どうしても、そうしなければ気がすまないからそうする」という、実に個人の欲望、野望に忠実なのである。
オリンピックが近い今、この名作を今一度、ご覧になってはいかがだろう。
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