お茶の間 de 映画
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2004年07月21日(水) 「息子のまなざし」 カメラも感情表現に用いる手法、主張は理解できるがかなり酔う。互いに空白の5年を持つ男と少年の過去と未来は。

息子のまなざし【LE FILS】2002年・ベルギー=仏
★2003年カンヌ国際映画祭 主演男優賞
監督・脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ 
撮影:アラン・マルクーン
 
俳優:オリヴィエ・グルメ(木工クラスの教師、オリヴィエ)
  モルガン・マリンヌ(新入りの生徒、フランシス)
  イザベラ・スパール(オリヴィエの元妻、マガリ)
  ナッシム・ハッサイーニ(弟子、オマール)
  クヴァン・ルロワ(弟子、ラウル)
  レミー・ルノー(弟子、フィリポ)
  アネット・クロッセ(職業訓練所所長)
  ファビアン・マルネット(溶接クラスの教師、リノ)
  ジミー・ドゥルーフ(弟子、ダニー)
  アンヌ・ジェラール(ダニーの母)

ストーリー用ライン


オリヴィエは職業訓練所の木工クラスの担当教師だ。
現在、生徒は定員の4人。みな10代の若者。
新しく入所を希望する子が来たらしい。

所長によるとその子は木工クラスを希望しているらしい。
少年の書類に目を落とし、凍り付くオリヴィエ。
もう定員だから無理だ、溶接クラスにまわせ、と一度は言うものの、オリヴィエは挙動不審になり、仕事も手につかない様子で、落ち着きなく、所内中、こっそり少年を覗き見、つけまわす・・・。

帰宅すると、別れた妻マガリが前触れもなくやってきた。
再婚すること、すでに赤ん坊を宿していることを前夫に報告に
来たのだった。
オリヴィエは、異様なまでにしつこくマガリに、“何故、今日来た?”と訪ねる。執拗さに戸惑いながらも、勤め先の定休日だからだと答え、マガリは去った。

重い材木を持つこの仕事は背中や腰を痛める。
オリヴィエは、帰宅すると皮の頑丈なコルセットを外し、
腹筋を6回×2セットする。それが日課だ。

翌日、ためらいがちにオリヴィエは、所長に例の新入りを木工で預かる、と言う。溶接に向かないらしく、許可をもらったオリヴィエは、溶接のリノから、少年フランシスを預かりうけるのだった・・・。

ふてているのか眠いのか、ロッカールームで眠りこける少年をしばし観察すると起こし、作業着を与え、基礎の基礎、折り畳み定規の
扱い方から教え始めるオリヴィエ。
その日、帰宅するフランシスをつけ、自宅のアパートを確かめるのだった。

オリヴィエは少年の名を呼ばない。他の4人とは違い、ぶっきらぼうに“お前”で誤魔化す。
だがフランシスから目は離さない。

翌朝。生徒の1人、ダニーが無断欠勤した。アル中の母親がダニーに店を手伝わせようと引き留めるのだ。いつものことだが、
手に職をつけようと頑張ってきたダニーを見捨てたくない。

説得に向かうために教室を出ると、まだ錠前を買っていないフランシスのロッカーから自宅の鍵を盗み、ダニーに逢ったあと、
こっそりフランシスの部屋に忍び込むオリヴィエ・・・・。

がらんとした殺風景な部屋。簡易ベッドのそばにラジカセとタバコ。ベッドに横たわってみるオリヴィエ・・・・。

いったい何を考え、なぜフランシスに執着するのか。

その夜、ホットドッグを買い外で立ち食いしていると、フランシスがやってきて並んで食べ始めた。
ビクつくオリヴィエ。
初めて逢った瞬間に、身長を(作業着のサイズを確認するため)
ピタリと言い当てたのは何故か、と訊いてくる。
仕事柄だ、とぶっきらぼうに答える。

少年は折り畳み定規で、自分の立っているところからオリヴィエの
靴の先までの距離を当ててみてとせがむ。
1センチの差もなく言い当てたオリヴィエに尊敬の眼差しを注ぐ
フランシス・・・・。

こうして、次第にオリヴィエになついてくるフランシス。
だが、オリヴィエは複雑な様子で表情は硬い。

なぜか。

実はこのフランシスという少年は、
(ネタバレですので読みたい方だけ反転してください)↓

オリヴィエとマガリの、まだ幼かった1人息子を殺し、5年間、
少年院にいたのだった。
更正のために保護司の監察下、出所し職業訓練所に入所したのだった。無論、オリヴィエもマガリも、少年の名前は知っていても、
顔は知らなかった。フランシスもまた、オリヴィエのことを知らない・・・・。

冒頭で、フランシスの経歴書を見て愕然としたのはそのためだった。
マガリには嘘をついた。
出所したらしいが、うちのクラスには入れないから、と。
殺気立つマガリ・・・。




オリヴィエは、週末にすることがないというフランシスに、
弟の経営する製材所へ材木をとりにゆき、木材の種類の勉強をしなかと誘う・・・・・。


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コメント用ライン


どうしてこう、解釈を入れた邦題をつけてしまうのか。
原題は「息子(ル フィス)」。「息子のまなざし」は、邦題決定者の解釈の押しつけだ。

予め明記しておくが、手持ちカメラによる撮影、しかも意図的に
激しくカメラを揺する。
『ブレアウィッチ』やドグマ95の作品群、『アレックス』あたりで酔った方は、絶対におすすめしない。
揺れ幅と圧迫感は、はるかにブレアウィッチを超える。

また、ダルデンヌ兄弟の映画の特徴として、凄い傑作だと思うが『ロゼッタ』でも『イゴールの約束』でもそうであったように、エンドクレジットまで含め、一切BGMが入らず、長まわしを多用するので、娯楽性に乏しく、いわゆる“楽しめる、面白い”類の作品ではない。

すでにカンヌノミネートの常連となり巨匠の呼び声も高いダルデンヌ兄弟だが、突然の幕切れ、無音のクレジットなど、ハネケ監督の『ピアニスト』(これもカンヌでパルムドール)のときに味わった、放り出された感覚が、今までの作品より本作はさらに強い。

だが、ダルデンヌ兄弟のとことんストイックな姿勢、映画という媒体でなければ表現不可能な結末は、映画史上に残るだろう。

明らかに、そこで誰かがカメラを構えている、と意識させるカメラワークには当然意図がある。カメラマンの息づかいが聞こえそうな距離だ。
面白い。
オリヴィエの目線よりもやや後ろか真横から、常にオリヴィエの
後頭部や肩、横顔をドアップで写す。
真正面からオリヴィエを捉えても、決してオリヴィエは“カメラを見ない”。

これは、まるでとことん主観を排し、第三者がドキュメンタリー風にオリヴィエの“言動”のみを舐めるように追いかけ回した客観的な作りのようでありながら、違う。
カメラがオリヴィエの感情を実にエモーショナルに表現しているのだ。
オリヴィエは、怒鳴りも泣きもしない。終始こわばった表情で無口だ。カメラがオリヴィエの心の揺れを、そのまま表現する、という
凝った表現方法になっている。

その「視点」を、「息子のもの」だとし、「息子のまなざし」と解釈するのも当然、1つの見方だ。だが、タイトルにしてしまうのはいかんだろう。

映画が始まると、やたらと挙動不審な中年男がそわそわビクビク、誰かを覗き見し走り回っていることに観客は困惑するだろう。
そして、いつ、その“息子”が登場するのかと待ち続けることになる。

映画の中盤にきて、やっとオリヴィエの混乱の理由と、息子が何処にいるのかを、観客は知らされる。
今回、やられた、と思ったのは、最も重要な一言が2回あるのだが、2回とも、前触れなく、唐突に人物の口からこぼれ落ちる。

「実はだな・・・・」だの「だって、だって・・・」のような
、前置きをくれない。沈黙の1秒後には壮絶な事実と一言。

演劇性の排除。ダルデンヌ兄弟はいつもそうだが、今まで以上に、
「観客に状況をお知らせする」姿勢がゼロ。
そこが好きなんだが。

ところで、主演男優賞を受賞したのも頷けるオリヴィエ・グルメ、
とても好きな俳優だ。ダルデンヌ兄弟の作品の常連で、『イゴールの約束』『ロゼッタ』と出演している。
他にも、障害者の性欲について描いた注目作、『ナショナル7』でも気炎万丈だったし、最近では、正当派フィルム・ノワールの『リード・マイ・リップス』でもふてぶてしい小悪党を好演している。

5年間の空白は、オリヴィエにもフランシスにも埋められない。
オリヴィエは人生の“意味”を喪失し、フランシスは10代の半分の“時間”を失った。

もう、憎悪の言葉でも、謝罪の言葉でも、それは埋まらない。
そして、もっと辛いことに、傷つけあう行動でも、それは埋まらない。埋まればどんなにかラクだろう。

やや近い苦悩を抱えた人物を描いた『イン・ザ・ベッドルーム』の老夫婦は、未来がもう残されていない故に、長年生きてきて、その行為によって喪失したものが取り戻せるわけではないことは100も承知でも、そうせざるを得なかった。

だが、睡眠薬がなければ眠れない16才の少年も、誰にも必要とされず誰も必要としなくなってしまった中年男も、喪失の埋め合わせだけに生きるには、若すぎる・・・・。

赦し?許容?愛??いや、恐らくそんなハッピーな甘ったるいものじゃない。
当然、身代わりでもない。

1つの事件を通じて違うものを喪失した2人の人間が、手を握りあうことはないまま、目をそらさず、互いを見つめながら生きてゆくのだ。


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