結ばれぬ会津なデスティニー 前編 |
次の誕生日を迎えるまでにしておきたいことのひとつに 「JR東日本の株主になる」 というものがある。 すぐに叶うな。株券買えばいいだけの話だし。 わたくしは一応、経済学部卒なんだけど株の仕組みをさっぱりわかっていないという、マルクスにもケインズにも往復ビンタされそうな不届き者ですけどね。もっとも、マルクス経済は学んだことすらないけど。 そんな株の仕組みすらも知らない上に、会社の持ち株会にすら参加していない人間がなんでJR東日本の株主になりたいのかってえと単にJR東日本が好きだから、に尽きる。 JR東海でもJR西日本でもないの。東日本なの。 カードだってVIEWカードさ!東海道新幹線も好きだけど、東北新幹線のほうがサービスがよい(グリーン車限定)のだからしょうがない。 そんな愛してやまないJR東日本の、今夏キャンペーンは 「あいづデスティーネーションキャンペーン」 なのです。 去年までは北東北激押しだったのに今年の東京駅は会津のポスターばかりだ。あんだけ会津ポスターを見ていたら「そのうち行きたいな」という気持ちにもなるものです。JR東日本には洗脳されやすいのだ。好きだから。むしろ盲目。
実は会津若松周辺には昔、家族や親戚と行ったことがありました。 その時のホームビデオが未だに我が家に残っておるのですが、極端にビデオに映ることを嫌う父(井筒監督似)ばかりが嫌がらせのように映っていて、なにがなんだかさっぱりわからない代物だ。 五色沼回ろうが井筒監督にばかりカメラが向き、それを嫌がって逃げ惑う井筒監督。 武家屋敷に行こうが井筒監督と手を繋ぐ妹(ニートだが我が家流に言うとターミネーター)の後姿ばかり。 いったい誰がビデオを回してたんだ。間違いなく母(「岡八郎に似てる」とか知らない人に言われてた)なんだが。 あと覚えているのは、喜多方に行ったときにどこのラーメン屋に行けばいいのかわからなくて1時間以上迷いに迷って「まこと食堂」というラーメン屋に行ったことくらいか。さんざんあっちゃこっちゃ迷わされて歩かされて親戚一同がうちの井筒監督にイライラさせられたもんだ。でも、行き当たりばったりに入った「まこと食堂」の喜多方ラーメンは絶品だったな。生涯忘れられないラーメンだ。
と、そんな矢先にまた出張話が決まりました。 その出張先が、まさに会津地方だったのです。タイミングイイネ!(イーネッ!) そして、5月初め以来の東北でもあるのです。 ここんとこ沖縄だの大阪だの岡山だの南や西にばかり行っていたからな。帰ってきたぜぇ(鈴木みのる風)、東北。 さらに言うと、これで福島県は「(会社入社してから)浜通り、中通り、会津地方全部制覇」でもある。(浜通り、中通り、会津地方ってのは福島県の天気予報区分な。実際は他にもあるのかもだけど)
しかし会津といっても「会津若松駅」ではなく、郡山から各駅停車で60分くらいのところ。郡山前泊で行くならば朝9時の電車を乗り逃すとアウトだという。 なぜなら必殺!「2時間に一本時刻表」だから。 そんな感じもザ・東北だな。 もとから郡山泊などはするつもりがなかったので、迷わず会津若松のホテルを予約。会津出身のえじゅるさんに「会津若松の飯のおいしいところはどこ?」とリサーチする。仕事だけど楽しみでしょうがなかったのである。だって旬の土地ですもの。
普通の業務時間後に出発。 久しぶりの東北新幹線・・・ではない。実は6月終わりに宇都宮に行っているのです。でも東北新幹線は大宮から北への飛ばしっぷりが何度乗ってもたまらないのでいいのだ。 寝ているうちに郡山着。乗り継ぎ時間が短かったのですぐに磐越西線へ。 時間帯が時間帯だったので高校生が多かった。会津の女子高生の間では黒のニーソックスが流行ってるようでした。夏なのに暑かろう。 電車の中でパン食ったりしてる姿を見ると部活の帰りに高校近くの公園でパン食って先生に見つかって怒られたのを思い出すな。私はギャルでもなんでもなかったのでこういう高校生の姿のほうが高校生のあるべき姿だと思ってしまうな。なんでかしらんが腹が減ってしょうがなく、無意味に太っている時期、それが高校時代。今でも間食ばかりしてるけども。 心情的には高校生の頃とあまり変わっていないのだが、いつの間にかスーツを着て全国を回るようなサラリーマンになっていた。 いろんなことはいつの間にか変わっていくんだな。 向かいの席に座ったサラリーマンらしき男性が必死で資料や小冊子を読んでいたのだけど、どの資料にも「精神科医学会」とか「精神医学なんちゃら」とか書いてあった。会津で開業してるんだろうか。どうでもいいことだけど。 磐越西線といえばSLが走ることで有名な線なので、せっかくだからSLに乗りたかったな。無論赤茶のコートと茶色の帽子をかぶって、だ。伊達に「星野鉄郎似」やってるわけじゃない。 けども。今日に限って私はスーツなのだ。そしてSLは土日でないと走らないのだ。 車窓の風景は行けども行けども黒の画用紙が窓に貼り付けられているかのようで、磐越西線という線はトンネルが多いんだなと思う。 夜汽車だったらどんなにいいだろう。エンケンの「夜汽車のブルース」ぴったりになるじゃないか。この暗闇の向こう側に、なんかおもしろいことあるかとぼんやり考える。 この暗闇の向こう側には会津若松がある。
そんなことを考えるうちに会津若松着。 えじゅるさんに「蒸し暑いよ」といわれていた通り、暑い。蒸し暑い。 よく見ると小さなボストンバッグを持ったおばさんが沢山降りている。皆東山温泉にでも行くのだろう。あいづキャンペーン効果は絶大だ。 駅を出るとドムドムバーガーがあった。岡山空港といい会津若松駅といい、私にドムドムバーガー食えといいたいのか。もう閉まってたけど。 ホテルは駅の直ぐ目の前だったのでとりあえずチェックイン。どこらへんに飲み屋があるのかさっぱりチェックができなかったが、コンビニも飲み屋もあまりなさそうだ。まあ、いい。チェックインしてだらだらしていたら「チャングムの誓い」再放送がやっていたので見てしまう。 ようやく飲みに出たのは11時近く。このあたりの店はもう終わってしまうんではないのか。ホテル内のレストランも9時半ラストオーダーだったし。 そんな不安を感じながら街に出てみると、案の定飲み屋は少ない。 駅から伸びる道を進んでいくが「定休日」「本日終了」などの看板が。あーあ。開いている店があったが、他にも店はあるんじゃないかと期待して駅から遠ざかっていったが他には何もなさそうだったので引き返して開いている焼き鳥屋へ。
カウンターにおばちゃんが座っていたので隣に座ってみると、このおばちゃんがよく喋る喋る。生まれも育ちも会津の人だそうで「会津の日本酒はベタベタしてておいしくないよ」としきりに言うのだった。えらく謙遜する店の人だな(カウンター内にいるのは極端に無口なおじさん)と思う。 それでもせっかく東北に戻ってきたのだから、というわけで「末廣」という日本酒の純米辛口。辛口だからか、ベタベタした感じはしなかった。切れ味もなかなかよい。「ベタベタしてないですねー」と言ったら「そりゃ、お燗にしてないからよ」とのこと。こんな蒸し暑い夏の会津若松で、わざわざお燗にしてベタベタした日本酒を味わうつもりはない。 途中で「わたし、店員じゃないのよ、お客さんよ」と言われる。 そんなお客のおばちゃんオンステージな話を聞きながら、会津中将・純米酒。 これは濃厚だなあ!ラベルの自己主張っぷりも骨太なんだけど。冷酒だったので蒸し暑い夜にはもってこいだ。ついつい短時間で2、3杯飲んでしまう。 私の中では福島の人というのはシャイで無口(まあ、東北全体がそんな感じだが)というイメージだったのだけど、おばちゃんは世話好きでよく喋る。かといってベタベタした感じでもなく、飄々としている。そういえばえじゅるさんも飄々としてる印象。珍しいな。土地として天然記念物なとこだな、会津。そりゃJR東日本も「まだあったんです、極上の日本が」と銘打つわけだ。
おばちゃんが「そろそろポルシェのオープンカーで帰るね!ごゆっくり!」といってチャリンコで帰っていった後は、店の主人は極端に喋らないので非常に気まずい感じ。会津名物という「いかにんじん」(スルメイカとにんじんの漬物。酒のつまみにちょうどいいけど、安直なネーミングだな)も食い終わったので、店を出ることにした。酔った頭には、あの空気はきつい。
しかし当然のことながら飲み足りないので、部屋で飲み直してもよかったのだがいかんせんコンビニがない。やっている店もいよいよなくなってきた。 さて、どうするか。 と思ったら中華料理屋がかろうじて開いていたので入店。 普段は中華料理屋で飲むなんてしないんだけど、他にはないのだからしょうがない。 中華屋でひとりで飲むって、同世代女子にもあまりいないだろう。思えば遠くにきたもんだ。 ここの店の主人はさっきとは反対によく喋る喋る。ビールを飲んでしゃべくって餃子つついているうちに 「さっきまでどこで飲んでたの?」 と尋ねられたので「焼き鳥屋ですわ」と告げたところ 「あそこの主人ね、うつ病だから」 と返される。 道理で喋らないわけだ。
どうしてなんだろうなあ。今日に限ってややハズレ気味の店しか入れなかった。 それが会津デスティニーなんだろうか。
続く
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2005年07月22日(金)
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