日々雑感
DiaryINDEXbacknext


2002年01月07日(月) どうすれば伝えられるだろう

祖父母の家を訪ねる。実家からは車で10分ほど。以前は草っぱらに囲まれて、町内でも外れのほうだったのに、今では郊外型大型店やファミレスが出来て、人の行き来がいちばん多い場所になっている。夜でも明るい。

祖父母の家の裏には、松林を抜けていく海までの細い道がある。犬の散歩コースだったが、数年前に亡くなってからは滅多に使わないらしい。午後4時を過ぎると、もう日は傾き、雪がだんだんと夕日の色に染まってくる。今日は夕日がよく見えるかもということで、久しぶりに海までの道を行くことにする。

雪をこぎながら松林の中を進む。風の音に海鳴りが混じる。潮の匂いがしてくる。林の中や坂道を歩き、いきなり、視界いっぱいに海が見えてくる瞬間が好きだ。今はもう、波の音ばかりが聞こえる。遠くに漁船の影がある。太陽はまだ水平線の上だ。

海も空も、雪を頂いた彼方の山も、みな夕日の色に染まっている。のり養殖の杭も、その上にとまる海鳥も、防砂林も、すべて影となっている。自分自身の影も砂浜に長く伸びる。夕方の海は、ひとときごとに色を変える。海の色、空の色、雲の色、そして今は雪の色。こんな美しい風景がこの世にはあるのだ。どの一瞬も見逃したくない(こんなときは、いくら寒くても根性が出る)。そして、この風景を誰かにも伝えたいと強く思う。

できることならば、この場へ連れてきて、今自分が見ているものと同じ風景をまるごと見せたい。日によって暮れてゆく空の色は全然違う。夕日は何度でも沈むけれども、今このときと同じ夕暮れは二度とやってこないのだ。いろんな美しい夕暮れがあるだろう。けれど、見せたいのは、一回きりの「この」夕暮れである。

どんな場面でもそうだ。この瞬間は今だけのもので、あっという間に過ぎ去る。そして決して戻ってこない。私が伝えられるのは、そのものの残像ばかり。自分の目を通した影のようなものだ。そこで失われてしまうものを思いつつ、それでも伝えずにはいられない。伝える言葉が、術が足りないことがもどかしい。

太陽が沈んでしまうと、急に冷えてくる。あっという間に暗くなる。雪道をまた引き返すが、気のせいかさっきよりも歩きにくい。町に灯りがともる。


ブリラン |MAILHomePage