Opportunity knocks
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| 2002年11月10日(日) |
創作 (前回のつづき) |
11月の終わりのことだった。 一人の女の人が訪ねてきた。彼女はわたしの母親の古くからの知り合いで、小さい頃からわたしのことを気にかけてくれていた数少ない大人の一人だった。彼女はわたしの母親と同じ職業、つまり水商売の人間だった。水商売の女性にもいろんなタイプがいる。わたしの母親のように奔放で目の前の快楽にしか興味がなく、徐々に身を滅ぼしていくものもいれば、それなりに水商売をビジネスと割りきってうまく世間をわたっていく人もいる。彼女は後者のタイプだった。水商売の世界につかりながらも生来の堅実さと誠実さを失わず、今では一軒の店を持ち、それなりに切り盛りしている。 彼が亡くなってからというもの、わたしはすべての人との接触をたっていたから、彼女と会うのも彼のお葬式以来だった。
「ずいぶん痩せちゃったんだね…」 部屋にあがった彼女はそういってわたしの顔をじっとみつめた。 「何も連絡ないし、ずっと心配だったんだよ。でも、そっとしといてあげるのがいちばんだと思ってね、今まで連絡しなかったの。いつかそっちの方から連絡してくるだろうって思ってね。」 「ごめんなさい・・」 続ける言葉が見つからず、わたしは下を向いた。 彼女はいつもそんな風にわたしのことを気にかけてくれていた。 子供のことを顧みず生活を改めないわたしの母親に対して彼女は、もっと子供のことを大事にするようにと、御腹を痛めて生んだ子じゃないの、と根気強く言い聞かせてくれたりした。彼女の説得によってわたしの母親の生活が少したりとも良い方向へ進んだわけではけしてなかったけれども、自分のことを心配してくれる人がいると思うことで、わたしはつかの間救われた気がしたものだった。 わたしと彼女は、お茶を飲みながら無言の時間を過ごした。何も言わなくても彼女にはわたしの気持がわかるらしかった。どこにもいけず、ただ漂うように日々過ごしているわたしの気持が。
午後の光が徐々に勢いをなくし、部屋には薄暗い夕闇がしのびよっていた。 「あやまることなんてないんだよ。」 と唐突に彼女は言った。 「何もする気が起きないんだったら何もしなくたっていい。誰にも会いたくないんだったら会わなきゃいい。大事な人がいなくなったんだから、それくらいの勝手は許されるってもんだよ。何も気にすることなんてない。」 彼女は窓の外を眺めながら、誰に言うともなくひとりごとのようにそう言った。 「それでも少しずつ少しずつ、人間っていうものは動いていくもんだよ。今は動けなくても、そのうち何かの拍子にふっと軽くなって動けるようになる。人間ってそんなもんなんだよ、今はそうは思えないかもしれないけれどね」 そう言って彼女はわたしの方を向いて微笑んだ。
それからまもなく、彼女は長居をしたことをわびながら帰っていった。 もう夕方になっており、部屋は冷気に包まれていた。 押入れの中から毛布をひっぱりだし、それにくるまりながら、東の空から昇る満月を眺めた。
さっきまでいた彼女の存在感が徐々に薄れていくにつれて、わたしは妙な解放感を覚えていた。これでまた自分一人の場所に戻れる、そう思った。結局、彼女の存在感はわたしを混乱させ、ひどく圧迫させるものでしかなかったのだ。しかしそれと同時にそう思う自分がいやだった。わたしは自分がかつていた場所から遠く離れつつあるのを感じた。 わたしはこのままずっと、こんなふうに完結された自分だけの暗くて孤独な場所に居続けるのだろうか。どこにいけずにただ同じ所を漂い続けるのだろうか。 彼女は、いつか動けるようになるときがくるといった。いつかくると。 でも、そんな彼女の言葉にすがりつく気力も今のわたしにはなかった。 ただこだまのように彼女の言葉が耳に響き、そして小さくなり、やがてあとかたもなく消えてしまった。 わたしはそのまま毛布にくるまって眠った。
その夜わたしは夢を見ることになる。 奇妙にひきのばされたような、夢とは思えないような夢を。
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