Opportunity knocks
DiaryINDEXpastwill


2002年06月12日(水) 映画を観て

今日も昨日にひきつづき眠い。。
眠いけど、書いておきたいことがあるので、
目をこすりこすり書く事にする。

今日の午後アイ・アム・サムをみにいった。
感傷的に観る事はやめよう、と思って見たのだけど
それでも涙腺が刺激されてたいへんだった。

主人公のサムは知的障害者(7歳程度の知能の持ち主)とあったけど、
かなり自閉的傾向が強い感じに見えた。砂糖の袋の色分けにこだわったり(主人公のサムはスターバックスで働いている)いつもの習慣を乱されたり、自分が把握できない状況に陥ると、激しく感情を乱してしまう、これは自閉特有の症状である。そんな男性が子どもをたった1人で育てるということは、口でいうほど簡単なことではないとおもう。
自閉的なハンデをおった人間は、認知障害によっていろいろな事態を把握することが難しくなる。例えば、人が嬉しがったり悲しがったり怒ったりする状況がうまく理解できなかったり、人が当たり前に受け入れられることがうまく受け入れられない。言葉によるコミュニケーションがとりにくい。
人が当たり前のことを話していても、自閉的傾向の強い人間にとっては、状況や話してる内容によっては、ラテン語の文法を説明されているように聞こえてしまうのだ。
裁判のかけひきや、証人尋問の時など、特に訳のわからない状態のなかでは、言葉が不協和音となって彼の頭の中をこだましたに違いない。
そんなサムの内面を、ショーン・ペンはすごく忠実に演じていた。

障害者であっても人を愛したり、何かを慈しんだりすることは健常者と変らない。
でも、それだけじゃ子どもをそだてることはできない、と周りの社会は考える。
子どもに必要なものを与えられない者は養育不適格者とされてしまう。
では、こどもにとって必要なものっていったいなんなのだろう。
知識、知恵? お金?、それがあれば表向きはOKなのだ。
でも、そんなのは親じゃなくても与えられるものだ。お金はいるだろうけど、働いて最低限の収入があれば何とかなる。知識や知恵も、子どもは柔軟な吸収力で、周りの大人や書物などから得ていくことができる。
でも愛情は?無条件で与えられる愛情は誰があたえてくれるんだろう。
そういうものがない限り、いくら知恵や知識やお金があっても、子どもは幸せになれない。子どもにとっていちばん必要なのは、何があっても自分を愛してくれるという、何の見返りも要求しない無条件の愛情なのだとおもう。

障害者と健常者の間には確かに壁があるのかもしれない。
でも、歩み寄ろう、分かり合いたいという気持があれば乗り越えていけるものだと思う。そして根本的に、見た目や行動が普通と違っていたとしても、人間として備わっている基本的なことは健常者となんら変りない、ただ表面にでてくるものが少し違うだけなのだということが、多くの人に伝わってほしいとおもう。
そういう自分も、表面的なことに左右されたり迷ったりすることがほとんどなのだけど、それでも今日映画を観て思ったことは忘れずにいようと思っている。
そして、何らかの形で実践していきたいと思っている。

あとつけくわえると、やっぱり音楽がすばらしかった。
ビートルズの曲を何人かの人(シェリル・クロウも歌っていた)がカバーしてたのだけど、すごく良かった。「ノルウェイの森」の中でレイコさんが、
「この人たちはたしかに人生の哀しみとか優しさというものをよく知ってるわね」
というくだりがあったと思うのだけど、今日の映画を観てそれがすごくよくわかった。たしかに、よくわかってるなぁ、って。
胸が熱くなった。

そんな感じですごく有意義な午後だった。



n |MAIL