水野の図書室
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2004年09月09日(木) |
『猿籠の牡丹』、水上勉さん ご冥福をお祈りいたします。 |
宮本輝が選んだわかれをテーマにしたアンソロジー「わかれの船」(光文社文庫) の悼尾を飾るのが、水上勉の『猿籠の牡丹』(さるごのぼたん)です。
奥飛騨の庄川渓谷上流の部落が舞台で、渓谷につり橋もなく、部落に入る手段は 猿籠と呼ばれるケーブルのようなものだけ。部落の特産物である山繭織の生地と 南天を白川郷を通って売りに来る安吉と高岡の繊維問屋で働く足の悪い、とめは 互いに心惹かれあい、結婚します。電気もない辺鄙な部落での暮らしに飛び込んだ とめは懸命に努め、ようやく馴染みはじめた頃、安吉は戦争に──。
初出は1964年の「オール読物」ですから、『霧と影』『雁の寺』『飢餓海峡』などで、すでに 直木賞作家として不動の地位を確立していた頃の作品で、宿命を受け入れる人間の 強さと弱さが胸に迫ります。召集令状という名の紙切れ一枚の元に私事の幸福を捨て なければならない哀しみ、猿籠に乗って嫁いだときの決心を踏みにじられる哀しみは、 どうしようもなく深くつらく、「薄幸」の一言で済ますことはできません。 季節のうつろいの中での南天の美しさに、とめの姿が柔らかく重なりました。
水上勉さん、心よりご冥福をお祈りいたします。
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