私的正論。

2001年12月06日(木) 自分の罪深さなんぞ。一生自覚もしなきゃ償いもしないのが人間。

罪について考える。

罪と。その償いのバランスについて。



山田みつ子への判決は懲役14年。

二歳の顔見知りの女の子を殺害して14年。





これを長いと感じるか短いと感じるかは人それぞれだろう。

桜木がこの14年間でやって来たことを振り返ると。
14年か。長いナ、て思う。

けど。

山田みつ子の息子や娘たちが14年後に何歳になってるか、と考えると。
きっと彼らはまだ若者で。14年なんて短いナ、て思う。

彼らのその年齢で。

自分の母親の犯した罪を受け入れることは、難しいだろう。




時の長さなんていいかげんなもん。

長いも短いも結局は比較論でしかないんだよナ。



そして思う。山田みつ子は無念だったろうと。

そして思う。人間というものは、本当に自分の犯した罪について。


自覚したり。償ったり。謝罪したりできるものなんだろうか。と。





公園の横を通ると若い母親の声がする。

「○○チャン、ゴメンナサイは!」

一緒に遊んでいた子どものオモチャでも取り上げたのか。
アタマを叩いたか。足をけっ飛ばしたか。

若い母親は気色ばんで我が子を叱りつけ、相手の親子への謝罪を要求している。

アー。と思う。

やっとオムツが外れたような幼児をつかまえて延々と謝罪の要求なんてするよりか。
無理からアタマに手を置いて下げさせて。
ゴメンナサイねと謝ればいい。母親が。

「ゴメンナサイは?」

なんて言われて謝れる人間が居るのかな。そんなことを考えて、ちっと笑った。

居るわきゃねー。

「ゴメンナサイは?」

なんて。こんな不遜な言葉もなかなか聞いたことがない。









古い友人に、会った。

重苦しい酒を、共に何杯か飲んだ。



友人は、小さい娘を元伴侶に残して離婚した。
今は再婚して、新たに子をもうけ、幸せにやっているのだが。

ふいにたまらなく悲しくなるのだと言っていた。

世間に無言で責められるのが辛い。
しかしそれ以上に。
今の自分の幸せが何よりも重くのしかかるのだと言って。少し泣いていた。


憎まれているだろう。恨まれているだろう。それはいい。
それは受け止める気持ちがあるのだから、と友は言った。

いっそ死ねたらいいと言った。

死ねたら楽になれるのかな、と言った。


再婚してから授かり、やっと歩きだしたばかりの娘の写真を、見せてもらっていた。
バカを言うもんじゃないよ、と答えた。


今お前が死んだらどうなる? シミュレーションしてやる。そう続けて。

シミュレーションしてやった。

すべての展開をシミュレーションしてやった。





まず、今、友が支えている再婚家庭が、その片方の柱を失って揺らぐ。
子どもは片親を亡くし。心的外傷を受けることもあるだろう。

それから、友が片親の元に置いてきた子はどうか?

いつか、自分と片親を置いて出ていった親が自死したことを知る。



知ったらどうなる。

子を捨てた良心の呵責にさいなまれて死を選んだと、思ってくれるとでも?



いいや。

結局のところ自分たちを捨てても。

幸せにはなれなかったのだ、と我が子に思い知らせるだけ。


それなら何のために捨てられなければならなかったのかと。

混乱させるだけ。




ひとりぼっちの苦悩。不幸せ。

自分を引き取り育てた片親との不和。二度と回復できぬ愛情。


けれども、血のつながった自分のことは愛してくれていたのではないのか。
この自分の命を生きる糧にはしてもらえなかったのか。

死にたいと思うほど苦しむなら、会いに来てくれたら良かった。
一緒に暮らす片親とよりが戻せないというのなら、引き取らせてくれ、一緒に暮らそうと。
言ってくれたって良かった。

なんでもいい。自殺するよりはマシだったと。


元伴侶のところに置いてきた子が思わないとでも? 感じないとでも?





その通りだね。と友は言い、だけど。とくぐもった声で続けた。

だけど。それでも思うんだよ。生きていていいのかなあって。

自分ばかり幸せでいいのかなあ、て思うんだよ。







氷のとけたグラス。

店の中には低い音色でストーンズが流れていた。

いつも欲しいものが手に入るとは限らない。
いつも欲しいものが手に入るとは限らない。

だけど挑めば。

本当に欲しいと思ってたものが。時々は。手に入ることもあると。


ミック・ジャガーが歌っていた。


本当に欲しいと思ってたものを手に入れたんじゃないか。

そう言うと。だけど。と、また、友は言った。




自死遺族って知ってる? そう聞くと友は、あぁ、と曖昧な答え方をする。

家族に自殺された人たちのことを言うんだヨ。
最近、よく聞くようになったよな。
それだけ、自殺する人が増えたのかもしれない。

友は黙っている。

バーテンを呼んで、新しい酒を作らせた。


自殺ってのは。

する方は知らねーが。される方は地獄だヨ。




そう言うと。友は、わかってる、と小さく言った。




とても小さく言った。






なあ。人間ていうのは。本当に罪を償おうって気があるのかな?

本当に自分の罪を自覚しようって気があるのかな?

無いような気がすんだけど、お前はどう思う?



友は桜木を見て、あるだろう、あるはずさ、と言う。

けど、少ししてから。

無いのかもしれないな。と言った。


無いのかもしれないけど、必死で償おうと躍起になってる。
だけど…、時々…。

友は自分の言葉に自分で気づいたように、少し苦笑して言った。

償うつもりで自殺なんかして。

ますます。

大事な人たちを傷つけてしまうんだろうな。











桜木は。

人間は、何故「罪」を持たされたのだろうと思う。

「罪」っていうのは本当に。大した発明品だと思ってる。


「罪」なんて概念があるから。「赦し」が必要で。「神」が必要で。




「神」に「赦し」を乞うってシステムに乗り切れなかった連中が、みんな。

ただ重苦しい「罪」だけを負って。

「死」に逃げ出す他なくなってる、出口のない世界。






「子を捨てたくせにテメエばかり再婚して、幸せになってやがる」

と。

友人は、誰かに責められたろうか。いや。
そんなことを直接本人に向かって言う人間なんて、居やしない。

直接本人に向かって言う人間なんて居やしないけれど。



「罪」は風に乗って。感じやすい人間の心だけに攻め込んで来る。

まるで「スギ花粉」みたいに。感じやすい人間の心にだけ。










「謝りなさい」と言われて。

本当に誠心誠意謝ったことがあるか?

桜木には無いよ。自慢じゃないけれど。

謝るのは。



本当に悪いと思った時で。

誰かに強制されたら、むしろ、謝るのをやめるかも。





オタクなネタで申し訳ねーんだけど。

「うる星やつら」の映画を、この間やっていて。

主人公の「あたる」が、ヒロインの「ラム」に、「好きだって言え!」と詰め寄られるんだけど。
決して言わないんだナ。


「言え」と言われて。

言ってしまったら。

そんなのは、ウソだから、と。ウソに聞こえてしまうかもしれないから、と。









桜木は。もちろん。

世の中には。償わなければいけない罪というものが、あると思ってるヨ。



けど。

この世界中の「罪を犯された人間」の数と。「罪を犯したという自覚のある人間」の数が。



決してイコールにならないということも、知っている。






自覚したつもりの「罪」では足りない。

きっと気づいてもいない「罪」を、全員がそれぞれに抱えながら。




特に目立った「罪」を断罪することで、善人になったようなつもりになってる、てのが。

この世界。


生きてるだけで「罪」。

それなら死んだ方がマシ?



新しい酒で小さな乾杯をして。

桜木は友に。

言っていた。



「確かに生きてれば誰かを不幸せな気分にさせることもあるかもしれねーけど」

「幸せな気分にもさせてやれるんだから」

「今日も、早く家に帰ってやれよ」


って。


なあ。桜木は。

間違ったことを、言っちまった?

「てめーなんて死んじまえ」

って。

言ってやりゃ良かった?





良く知りもしねーで他人の「罪」を。

声高に追求するのはオッカネー話。

けどまあ身近な人間には、優しくしよう。






むろん桜木にも時々。テメエの自覚してない「罪」の重さにやられて。

布団から出て行きたくないと思う、朝があるヨ。


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桜木



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