samahani
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2002年09月18日(水) 好きとか嫌いとかは結局・・・

9.11のその時、夫は、出張先のイエメンにいて、ヨルダン人の上司と一緒だった。日本やアメリカにいる時のように、テレビを点ければ過剰なニュースが飛び込んでくるという状況にはなかったらしいが、その時の上司の落ち込みようといったら相当のもので、とても声も掛けられない程だったそうだ。

9.11のテロで、本当に落胆した人、その後の生活が変わってしまった人というのは、WTCに居合わせて亡くなった人の親族以外では、アメリカに住むアラブ系の人たちだったに違いない。自分たちの置かれている状況が一変してしまうかもしれないのだから、とても他人事ではないのだ。

テロから4日後の土曜日、こうすけの入っているサッカーチームの対外試合がいつもと変わらず行なわれた。テロのすぐ後なので、自粛というかたちで中止になるだろうと思ったが、青い空の下、サッカーに興じる子どもたちを見ていたら、たぶんこれがアメリカなんだなという気持ちになった。

同朋を亡くしたアメリカ人にだって、直接の関わりのある人でなければ、状況が変わるほどの出来事ではない以上、大きな意味で言えば他人事なのだ。むしろ、これで報復という大義名分ができたと(内心)喜んでいるらしいJewishの人たちのはしゃぎようの方が、わたしの目にもそれと分かるくらいに感じられた。


夫は つねひごろ、アメリカが好きだと公言していて、日本にはもう帰りたくないとか、子どもにはアメリカの大学に行って欲しいとか、幾度となく口にしている。

その気持ちはわたしも分からないでもない。森の中の別荘のような環境の広い家、通勤は座って行けて地下鉄で25分、やりがいのある仕事と高い給与、子どもの将来のために有利なアメリカの教育制度、安い物価、しがらみのない世界、etc. 夫にとって、日本の方がいいと思えるのは食べ物が美味しいということくらいなのだから。

子どもたちがアメリカを好きだとか嫌いだとか言わないのは、父の稼ぐ生活費で暮らし、父がアメリカを好きだという以上、どうしようもないと考えていたからだと思う。あるとき、なおきが「僕はアメリカなんか大嫌いなんだよ」と少し強い口調で言ったのを聞いて、わたしはとても驚いた。

彼は、英語にも不自由していないし、学校にも慣れ、嫌がらずに通っている。「アメリカのどこが嫌いなの?」と訊いても、答えなかったから、彼がアメリカという国を見て、その政治だとか国民性だとかを嫌いなのか、単に自分の周りを取り巻く環境のことを指しているのか分からなかった。ただ、このことは夫にも知らせておくべきだと思った。

なおきの話を告げ、そのあと「実際のところ、本当はアメリカって好き?それとも嫌い?」と訊くと、「アメリカは国としては好きじゃない」と夫は答えた。

わたしが、いつも日本の方が好きだと言っているのも、英語に囲まれているのが苦痛で、その点で日本の方が暮らしやすいからということに過ぎない。わたしは「国」として、日本が好きかと問われたら、必ずしもそうともいえない。国として、アメリカの方がまだましだと思うところもある。

いままで気付いていなかったけれど、好きとか嫌いとかは結局、自分を取り巻く環境を指して言っていたに過ぎなかったのだ。そして、そういう人たちがとても多いことにも気付かされた。


そうは言っても、アメリカが好きか嫌いかという身近な問いに対する答えが、ウチの家族の中でバラバラなことが、一番問題なのだという気もするのだけれど。


さとこ |mail

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