2010年01月20日(水) |
■相手を思う気持ちがあれば、あなたの言葉は美しい |
相手を思う気持ちがあれば、あなたの言葉は美しい。
藤原審爾(しんじ)氏のエッセイ集「一人はうまからず」に 収められていた話を紹介させてください。
ある日、桜上水のほとりに一人の若い女性がたたずんで、 ぼんやりと流れを見下ろしていました。 自動車修理工場で働く若者二人がその姿を見て、 身投げでもするんじゃないかと心配して声をかけた。 二人の勘は当っていて、女性は親に結婚を反対されて 家出してきたところでした。 若者は自分たちの働く工場の経営者にかけあい、 女性も同じ工場で働けるようにします。
そうして一年の月日が流れるうちに、女性の両親も 結婚を許してくれ、その披露宴に二人の若者は招待されます。 決して裕福ではない若者たちは、華やかな会場の中で 二人だけ礼服ではなく背広姿でした。
隅に座っていた彼らは、花嫁のたっての希望で 突然あいさつに指名されます。 二人はあわててゆずりあいますが、一人が立ち上がって、 全身でぶつかっていく感じの声で叫ぶように言うのです。
「加世ちゃん、よかったなぁ」 さらに汗びっしょりで、もう一声、叫びました。 「遊びに来てくれよな、忘れずにな」 ものすごい拍手がわきあがりました。 新婦は泣き出し、新郎がハンカチを渡します。 ほかのどんな立派なあいさつよりも、 このたった二つの言葉が会場の人たちを感動させ、 幸せな気持ちにした、そういう話です。
出典元 「しあわせの雑学」k おすすめ度 4 著者名 近藤 勝重
この本では、さらにこう言っています。 「名文、美辞麗句ばかりが「美しい言葉」だとは思いません。 言葉は相手と自分の間にあるものです。 心がこもっていれば、その言葉は美しい。 相手の心に響くものです」
この本で、とても心に残ったお話だったので、 今日は、この話にしました。 残念ながら、藤原さんのエッセイ集 「一人はうまからず」は読んでいないので、 今度読んでみようと思います。
美辞麗句でなく、言葉の多さでなく、 相手のことを想った言葉、心がこもった言葉、 そんな言葉を使っているだろうか、と、 自分の使っている言葉を思い返してみると、 ただ自分の感情にまかせたその場しのぎの言葉を 使っていることが多いように思えます。 いつも、いつもはそうはできないまでも、 そんな言葉をできるだけ使っていきたい、そう思います。
■「ぼちぼち、お散歩日記」↓ 「山手七福神巡り…蟠龍寺「弁財天」」
このお寺は、迷わずに行けました。行ってみて、びっくり。 こんなところに弁財天さまがおられたから。
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