| 2005年02月05日(土) |
たとえば、ここに10万円の宝石があったとします。 |
たとえば、ここに10万円の宝石があったとします。 「10万円の宝石」という事実にはかわりありませんが、 それを見て頭に思い浮かぶことは人それぞれ違うでしょう。
同じ宝石でも人によって、 「高いな」「安いな」「大きいな」「小さいな」 「カットが素敵だな」 「値段の割に、カットがイマイチよくないな」 などと、正反対のことを思うことがあると思います。(略)
その一つの宝石から無限に様々な考えが浮かび上がります。 そして、その考えはその人の中では現実なのです。
「ついつい焦ってしまう人たち」より 白井 由佳著 ヤマト書房
本当に人の見方は違うものだ。 今日はまざまざとその実態を見た思いがした。
両親に電話して、雪がどうなっているかを聞いた。 初めに父が出た。 「雪はそんなにつもってないし、屋根の雪も今日は 暖かいから大分落ちたし大丈夫だ。 今、また降ってきたけど、大したことないな」
次に、違う部屋にいた母に変わった。 「雪がつもって、もう10センチ以上はあるわよ。 今日は雪かきもしたし、大変だったわよ。 今また、大粒の雪が降ってきて、これはつもるわね、 ホント、大変よ」
今日は相当驚いた… こんなに違う見方、言い方をするのかと。
伝えたい気持が違うと、見方が全く違うのだろう。 父は恐らく 「大丈夫、大したことはないから、心配するな」 母は恐らく 「大変よ、もっと心配してよ。そして、その中で 頑張っている私を認めてよ」 という、気持を伝えたかったのではないか…
事実は、どのへんにあるのか… もう察するしかないなとつくづく思った。
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