
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2007年06月12日(火) ■ |
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| でたらめ、だけど嘘じゃない事。 |
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つい先日生きてても死んでても、なんて言ったけれど、やっぱり死んだら何も無いんだなと。いきなり前言撤回しましたよ何考えてんだ。 少なくとも死後の世界や霊的存在に触れた事の無い自分としては、あるかもしれないその世界を見る事も出来ていないのだから矢張り現時点ではそれは終わりになってしまう。 結構好きな読みきり短編シリーズの漫画がありまして、三作目の本を読んでいたところ一冊目の話と繋がっている話が入っていて、そこでいきなり死んでいた。 読み進める度嘘や夢やひっくり返る展開があればと祈る気持ちは、単純に自分がそのキャラクタをすきだった事もある。現にその話の中で、同じ巻に収められていた別の話の一人が死んでいて、そもそもこの三冊目は読みきりシリーズとはいっても色々とリンクしている話だったんですが、何故だろう、彼はその流れが必然だったからだろうか、飲み込めた。逆を言えば死に衝撃を受けた人は関わりが無く突然死だったとも言える。 結局のところその人は生きていたしほっとした。でも、やっぱりそうか。とも。身勝手ですが。 その人が死んだ時、もう彼の話は生前という過去の形でしか語られない事が哀しかった。彼の為に奮闘している彼女との絡みも全ては嘗てあった事で終わってしまうのだと。でもそれは杞憂で今はまだ幾らでも彼と彼女の続きを想像出来て、でも何処かで彼だけは蘇るなんて御都合主義と言えるのかなと。別にきらいじゃないですが御都合主義。寧ろすきかもしれない。 多分それが物語のキーワードだったり始めから或いは途中から患っていたり何かしら兆候が有り何れ訪れるだろうものだったのなら、よかったんだろう。自殺他殺病死その他。 丁度その話を読むちょっと前考えていた事で、話に全く関係なく人が死んだら、それも思いが絡む事無く理由が不注意からしか来ないような、事故死とかしたらどうなるのだろう、と。全くもって事故によって変化のあった方への注意を払わない言動ですすみません。多分自分にとって、身近かもしれないけれど未だ降りかかっていないから空想の域として語れるんだろう。そういう中でしか生きられないんで見逃して下さい。 その死によって何かが動き出す訳でも核が見えてくるでもなく、本当に現実で訪れるような、悲しみや空白や喪失感だけを伴わせる、死という答えだけ。 尤もそれらの感情を与えられる人がいるという事はそれだけその人が認知され若しかしたら愛されていた証拠だからまだいい方なのかもしれない。残した者への未練が残せるなら、それでも。 考えたいのはそこではなくて、いやそれもそうなんだけれど、そうなった、場合。考えたら胸糞悪くなりましたね(爆)。しょっちゅうそこいらである事なのに、でも、きっかけでもなくて悟れるだけの兆候や何かも無かったのにそんなとこだけ現実に焦点あわせても、誰も何も得しないじゃないか。 得だけが全てな訳でも無いけれど、人の思惑や目的が絡む事によって動き出す創作の中にあって、そのメインの人がいうなれば賑やかしの一つとして死を迎えるのは、話としての面白味は其々なんで判りませんが多分面白くない。 それに傷付いた人がどうにかする話だとか、起こった事に対する贖罪でもなくて、ただそれだけ、というのが現状ではただの軽はずみにしか思えない。中心人物で無ければよいのかと問われると、実は迷う。 まだ上手く表せないけれど、少なくとも主だった人が過去にも未来にも繋がらず無意味のように死を遂げるのは、ただ目減りさせているとしか思えなくて。 話は戻ってその三冊目は結構面白かったですし全然OKだし、そこでそのまま彼が死んでいたら奇妙な空白を悶々と抱えていたんだろうからいいんだけれど、生きている事に対しても微妙に途惑う気持ち。 きっかけにならない死は受け入れられないくせに、どうしてそういう思いを懐くんだろう。多分現実で誰かが死んでも、きっかけになる事なんて稀だろうし、なっても気にも留めないか、なるかもしれなくても気にも留めないか、それでも話に求めるのは、そこにしか、生きられないからだろうか。自分が。
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