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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2006年12月25日(月)
今日こそが祝いの日。


屋上探偵略してオクタン2巻目も読破致しました。
相変わらず仕掛けやトリックといったものはまるで筒抜けではありましたがそれでもあれよね、なんとなく面白かったような気がしないでも無い。またそんな中途半端な。
読み易さと説くのならば、それはなんだか小説という媒体を否定していないでも無い気がするし、判り易さと説くのならば、先の通り深読みが大して得意じゃなくともするするいけます。面白さと説くならば、顛末が読めても起こる事によるのか? 否、それも結構ありがちではある。
キャラクタの魅力については既存半々独自性半々今回はミントが役に立ちませんでしたが犬村が何者であるかについて、知りたいような知りたくないような。
大いなる悲劇も無く有体な過去を送っていても説得力が無いですし、かと言って流行りのハードなもの背負わせても今更感はだだもれもれ(何それ)。
結局なんなのかと問われると曖昧な答えさえも出ないけれど、要はかちっと、上手く噛みあっている、って事でもいいんじゃないでしょうか。
批評が得手でも無いので投げ出したといわれればその通りですがいやまぁごほごほ。

一般的な線引きも判りませんが、自分は恐らく一般的、という枠よりも文章を読んでいない方だろうと。
漫画やアニメなら少しならばその限りではないとちっぽけな誇りぶちかませそうなんですがいっそブチ撒けられそうなんですが(やめれ)、こと小説に関しては、如何かなと。
薦められたハリーの既刊と、ダレンは途中までで、職場の先輩から頂いた本も三冊程度読んだものの、後はライトノベルばかりなんじゃないかなぁ。キノとかその辺です。
またそれらも個別に挙げても負荷が無い程列挙数は少なく、両手で足りるんじゃないかと。寧ろネットに数多ある文章の方が目に通している機会は多いんじゃないかしら。
その辺はさて措いて、小説ってなんだろう、とふと考えてみたり。
何にしても話いうのは勿論、基本のストーリー、キャラクターの魅力ありきで、漫画は+作者の画力、見せ方やコマ割り、気の利いたジョークの配分、人に見せる意思があるか、ざっというならばそんなところで、アニメも些事は違えど、何処に力を入れ何処まで手を抜けたか、映像と動きのマッチ、音楽との配合、エトセトラ。今はそれに限りませんが漫画や小説で原作があるアニメにとっては元がある分やり易く、そして勿論やり辛い。何処まで原作のファンを飽きさせず落胆させず、且つ新規のファンを取り込めるか、それもあるでしょう。
しかし小説においては、なんなのだろう。軸のストーリーとキャラクタは同じとして、文章力? だとしたら、その文章力とはなんだろう。読み易さ? 判り易さ? それもあるだろうし、逆に難解な言い回しや独特の台詞回しがなければ味を持たないだろうし、独創的な比喩表現やリアルな物事の分析、行いの秩序、それらも、矢張り。
そんな事を言ったら漫画の売りである絵なんて千差万別だから細かいのかもしれませんが。
面白い小説って、何を指すのだろう。どの部分を取ると、上手い、素敵、そう呼ばれるものになるのか。
如何せん知識自体が乏しい為自ら結論が出せるのかと問われれば大いに時間が掛かりそう。
人の意見をこれは聞いておくべきだな。だって、それもまた、とても楽しい経験になる。
見聞広めたさでも全く違う世界への好奇心でも、小説や漫画を見るのと同じくらい、
誰かの話を聞くのは楽しい。自分の話は、果たしてそれだけの価値があるのか判らないけれど。
捻出した語彙の甘さでも選べる範囲の狭さでもあり、語り部としての素質でもあり。
それでも何処かで、人の話を聞くのがすきでも何処かで話したくなる事があるのなら、あるのだから、無意識の内、苦手と意識で思っていても、発信する事は、すきなのかもしれない。そんなの、今更。


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