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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
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2006年12月03日(日)
何もしたくないという選択肢。


また日曜日だ。と思う事が最近多過ぎて泣きたくなります。
ついこの間は水曜日だ、とも思いましたが。もう月末だ、でももう別の月だ、でも同じ事。
なんだか本当にここ最近そんな事を思ってばっかりで、そしてそれが何故だか無性に、悲しくなるんだ。
それなりにまったり日々を過ごしているし、大きな不満も驚く喜びも確かに無いけれど、小事と称するかは当人の判断で、やっぱり日々それなりに、生きているんだ。
それでもすぐに、思ってしまう。もう一週間経ったんだ。もう一ヶ月過ぎたんだ。
そして次に来るのは、もう、一年が、終わるのかと。なんかこれこの間も言ってたような気がします。
漠然とした不安でも無いしどうしようもない倦怠感でも無いしだけど、どうして、どうしたら。
終わってしまう事が悲しいのか、過ぎ去る日常が無意味だったのか、経ってしまう時間の早さ。
もう、もう、とばかり牛が鳴いている。まだ、よりは若しかしたらいいのかもしれないけれど。
そうやってすぐに流れてしまう時間にどうしたらいいんだろう。どうしようもない事なのに。
おそれているんじゃない、受け入れてはいると思う、それでも大声で叫びだしたく。なってしまう日も。
ただのんびりと生きている事が億劫なら何かをすればいい。
何事も無く生き永らえる事が不満なら、自分から行動しなくちゃ始まらない。
少なくとも突発的であれ慢性的であれ他から促されたものよりは、能動的に生きていける。
何かを、しようか。何を、したら? 何かがしたいのなら、今ある事を全てし終えてからじゃなくて?
どうこうしたいのか、どうのしようもないのか、判らないまま今もただ、うだうだと。


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