見つめる日々

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2010年09月10日(金) 
本当に久しぶりに、涼しい夜。娘もそれを感じているのか、いつもより動きが小さい。回転はしているけれど、私を蹴ってきたのは一度きり。静かな夜。
アラームより一時間以上前に目が覚める。多分それが今日の私の睡眠時間なんだろうと起き上がり、窓を開ける。まだ闇の中ではあるけれど、それでもどんよりとした灰色の雲が空に広がっているのが分かる。それにしてもこの涼しさはどうだろう。嘘みたいだ。タンクトップでいるとちょっと肌寒いくらい。本棚スペースの灯りを点け、昨日焼いたプリントを見直す。まだ夏前、このプリントはセピアで焼こうかと何度も考えたのを思い出す。最初ネガを見たとき、そう思ったのだ。でも結局、最後はこうしてモノクロに落ち着いた。やっぱり私は、モノクロが好きらしい。
徐々に徐々に白んできた空の下、ベランダに出る。デージーはまだ咲いていてくれている。もう葉はすっかり褐色になっているというのに。ラヴェンダーはそんなデージーを囲むように伸びてきている。
弱々しいパスカリ。それでも一生懸命新葉を広げてきている。その新葉の先っちょは、吸血虫の痕が残っており。かわいそうに、微妙に歪んでいる。まだ新芽の気配はあちこちにあり。それらが伸びてきて、吸血虫の跡形なんてごっそりなくしてくれることを、私は祈る。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。三つ目の蕾もちょこねんと伸びてきて。それにしてもこう、何だろう、前に前に茂ってきているから、後ろを見るとぺしゃんこ。なんだか絶壁頭のような感じ。ちょっと笑ってしまう。
友人から貰ったものを挿し木したそれに、何となく気配が。じっと目を凝らす。あぁこれは、きっと蕾だ。まだ二ミリほどの、小さな小さな丸い粒だが、これはきっと蕾。あぁ、ようやっとこちら側の花の色が分かる。そう思うと嬉しい。そして先に紅い花を咲かせた樹の方も、新芽を吹き出させてきた。
横に広がって伸びてきているパスカリの、花がちょっとずつ綻び始めた。すっかりクリーム色になってしまっている。真っ白な花びらは、どこに隠れているのだろう。私は首を傾げる。
ミミエデン。ひとつの蕾が白い花弁を見せ始めており。もうひとつの蕾はまだ固く閉じている。そして葉の殆どが、緑色に変わって。ようやく落ち着き始めたという感じ。
ベビーロマンティカは、あっちこっちでまた新芽が出てきており。そして蕾は今よっつが明るい煉瓦色を見せ始めている。
マリリン・モンロー、こちらも蕾を大きいのと小さいの、ふたつ、空に向かって凛と伸ばしている。大きい方は、まだまだ細長く、膨らんでくるまでにはまだ時間があるらしい。そして、下の方からまた、新しい芽を出してきている。
ホワイトクリスマスの新葉は、今紅い縁取りを伴ってそこに在る。今二箇所から吹きだしてきている新芽。あとはどこにあるだろう。気配は幾つか。
アメリカンブルーは、今朝四つの花をつけてくれた。風のない今朝、しんしんとそこに佇んで、真っ青な花びらをぴんと広げている。
私は部屋に戻り、お湯を沸かす。空になったポットいっぱいに、濃い目のふくぎ茶を作る。この夏で一体どれほどのふくぎ茶を飲んだんだろう。もう六袋目に入っている。茶葉を大袋で売ってくれたらいいのになぁと思うのだけれど。大袋がなくて本当に残念。
冷凍庫のおにぎりを確認する。たらこと明太子が安売りしていて、それでおにぎりを作った途端、娘はおにぎりをたくさん食べるようになった。ママ、ありがとう!と、にっと笑って言ってくれたのは嬉しいのだが、こうも勢いよくなくなっていくと、作り置きするのも結構大変。今朝はとりあえず四つ、冷凍庫にあるから、まぁ今日の分は大丈夫だろう。
カップを持って、椅子に座る。PCの電源を入れ、煙草に火をつける。空は明るくなってきたが、雲は動く気配はなく。今日はどれくらい気温が上がるんだろう。私は空を見上げながら思う。また週末には暑くなると天気予報では言っていたが。
昨夜は月のもののせいで、腹部が重だるく、シャワーを浴びるのも難儀だった。娘に先に風呂に入ってもらい、しばらく横になっていたのだが、全然だるさは軽くなる気配がなく。結局ふらふらしながらシャワーを浴びたのだが。まぁでも、この月のものとの付き合いも、あと何年あるか分からない。そう考えると、気持ちもまた違ってくる。
今朝最初に流れてきたのは、Secret GardenのRaise your voices。私の大好きな曲だ。朝には一番似合いの曲なんじゃないかと思う。ふんふんと曲に合わせて鼻歌を歌いながら、私は髪を結い、丸く一つにまとめる。もう髪の毛の長さは、腰を越えてしまった。今度美容院に行ったら、十センチはまとめて切ってしまおう。そう思っている。
昨日友人から届いた手紙。今彼女は入院している。その中で書いてくれたんだと思うと、なかなか封が開けられなかった。鋏でそっと封を切り、手紙を広げる。ふわりとやわらかな匂いがした。彼女のつけている香水の匂いかもしれない。「傷も収まってきて、だいぶ落ち着いてきました。でもそうなると暇になって、何をしていいのかわからなくなります、笑。早く退院して、ビーズの作品作りたいなと思っています」。そんなことがつらつらと書いてある。彼女は北の町に引っ越してから、ビーズ教室に通い始めた。それがどんどん上達し、今では商品になるほどになった。それでも。彼女の心の傷はまだまだ癒えず。彼女は隠れてリストカットを繰り返してしまう。自分の穢れた体が、どうにもこうにも耐えられなくなるのだという。死ぬつもりはない、けれど、この体が、この穢れた体が嫌なのだ、耐えられないのだ、と。赦せない、と言ってもいいのかもしれない。
その感覚は、私にもよく分かる。私もそうだった。死のうと思ってやっているわけじゃない、ただ、赦せなくて、たまらなくて、どうしようもなくて、この肉体が本当に本当に赦せなくて。気づけば切りつけている。そういう具合だった。
彼女が一日も早く、退院できることを、この空の下、私は祈る。

ママ、ママ、私さ、騎馬戦の騎馬になっちゃった。上に乗ることできなかった。ありゃ、そうなの? でもいいじゃん、騎馬で頑張りなよ。騎馬がしっかりしてないと、上に乗ってる人だって駄目になっちゃうんだから。うーん、それは分かってるけどさ、なんかちょっと悔しい。ママも、騎馬戦はいつも、騎馬だったよ。そうなの? 当たり前ジャン、ママ、体おっきかったから、上になんて乗らせてもらえなかったよ。そっかぁ、やっぱそうなんだ。そうだよそうだよ、あなたはママと同じく健康優良児体型なんだから、騎馬で頑張ればいいの。うん、じゃぁ頑張る。
今ね、うちのクラスで、ラブレター合戦っていうのが流行ってるんだよ。何それ? 偽物ラブレターで、男子を騙すの。えー、それ、よろしくないんじゃないの? ははははは。面白いよ、中には、本気でちゃんとしたラブレター書いちゃう子もいたりするんだよ。それはいいじゃない、ラブレターなんだから。告白ぅ、とか言って、好きですって書くんだ。それでラブラブモードに入れれば、いいんじゃないの? いやぁそうはうまくいかないんだなぁ。なんで? なんかさ、告白しちゃうと、男子が引いちゃって、結局うまくいかないってパターンなんだよね。なんだ、あなたのクラスの男子は、みんな草食男子なの? わはははは、そうかもしれない。女子が肉食で、男子が草食か。うんうん。塾ではさ、頭のいい奴らの中に肉食が何人かいるんだけど、そうじゃない男子はたいてい草食だね! そうなの? うん、そう。なんかつまんないなぁ。やっぱ生き物、肉食じゃないと。ママは肉食? んー、最近肉食でも草食でもなくなってきたような気がする…。何それ? なんかもう、どうでもいいーみたいな境地にあるような。だめじゃん! ママ! それは駄目だよ! 女が廃るよ!! …女が廃るって…、あなた、それ、子供の言う台詞かいっ! だからぁ、たとえばさ、この俳優さんにファンレター書いてみるとか。書いてどうすんの? 好きです、つきあってくださいって書いてみるとか。書いたってどうにもならんって。だからぁ、もしかしたらってこともあるじゃん。っていうか、ママそもそも、そんなにこの俳優さん好きじゃないし。手紙書いて告白するほど好きな人、ママ、今、いないもん。あー、だめだこりゃっ。じゃ、あなた書きなよ。何て書くの? 私のパパになってください!って。あー、それいいかも! 書く書く! いや、冗談で言ったんだけど。書くよ、書いたら送ってくれる? わ、分かった分かった、送るから。早くご飯食べて! はーいっ。

じゃぁね、それじゃーね、また後でね。うん! 手を振って別れる。
私は階段を駆け下り、自転車に跨る。走り出してすぐ思った、半袖で自転車で走ると、肌寒い。今日一日だけのことかもしれないけど、その変化がとても嬉しい。秋が早く来るといい。
公園の前で立ち止まる。公園の目の前の角のところ、古い家が壊され、今新しい家を建てる準備が始まった。その音に紛れて、蝉の声がうまく聴こえない。私は公園の中の池の端に立ってみる。でも、何故だろう、蝉の声が本当に小さい。あぁ、もう終わりなんだ、そう思った。蝉さん、今年もありがとう、そんな言葉が心の中、浮かんだ。本当に今年は、長くて暑い夏だった。といってもまだ、夏が終わった保障はないのだけれども。
大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。信号がちょうど変わった。そのまま真っ直ぐ走る。横断歩道を渡ったところで左に折れ、さらに真っ直ぐ。
鞄の中には、郵便物が入っている。夏が始まる頃、友人に借りた写真集。会う機会がなかなかなくて、返すタイミングを失っていた。もしかしたらもう当分会えないかもしれない、そんな予感がして、迷った挙句、郵便で届けることに決めた。ポストカードを添えたけれど、本当はもっと別のことを書きたかった。でも、書けなかった。
駐輪場に滑り込み、おはようございますと声を掛ける。おじさんが、駐輪の札を貼ってくれる。よろしくお願いしますと挨拶し、自転車を停める。
見上げる空はまだどんよりとした灰色。何処からも光が漏れてくる様子はない。歩道橋の上に立って向こうを見やるけれど、いつもくっきり見える風車が、ぼんやりとしか見えない。ちょっと残念。
さぁ、一日が始まる。私はサンダルで、たかたかと歩き出す。


遠藤みちる HOMEMAIL

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