見つめる日々

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2010年09月06日(月) 
起き上がり、窓を開ける。空には薄く雲がかかっており。薄灰色の雲と水色の空が入り混じっている。じめっとした空気が肌に纏わりつく。街路樹の葉たちは昨夜の強風で裏返ったままぴたりと止まっており。街全体が、この暑さの中、ぐったりしているかのように見える。
ラヴェンダーのプランターの脇、しゃがみこむ。デージーの最後の花たちが、黄色い小さな花をぱっと開かせている。ラヴェンダーは横に横に、這うように伸びており。あまりに酷く絡まった部分だけを、そっと解く。
アメリカンブルーは今朝、たった一輪の花を咲かせており。じきに空もこの花の色を溶かしたようなきれいな青になっていくんだろうなと思う。
吸血虫にやられたパスカリは、ゆっくりゆっくりと、新しい葉を出しており。全部入れ替わるにはまだまだ時間がかかるだろう。
桃色のぼんぼりのような花を咲かせる樹。ぷらんと下がった蕾がひとつ。その周囲からは黄緑色の細長い葉が伸びており。よく見ると、根元の方からも新しい芽が。
友人から頂いたものを挿し木したそれは、ぐいぐい、ぐいぐいと紅い新芽を出している。上へ上へ伸びてくるその芽。どこまで大きくなるだろう。
横へ広がって伸びてきているパスカリ。ひとつの蕾がぷくぷくと、大きくなってきている。枯れたかと思っていた、端っこの一枝から、新しい芽が吹き出してきた。よかった、切らなくて。小さな小さな芽だけれど、とてもとても嬉しい。
ミミエデン、二つの蕾がくっと首を上げて伸びてきている。まだ赤味を残す新しい葉たちが、その蕾を囲うように広がっており。まだ咲くのは先なのだろうが、今から花が楽しみでならない。
ベビーロマンティカ。こちらもたくさんの蕾をつけて。今二つの蕾が大きく膨らんで、ぱつんぱつんになってきている。ひとつの蕾からは、下の花弁の色が垣間見えている。明るい煉瓦色。そういえば先日来た友人がこの花を見て、造花かと思った、と笑っていた。
マリリン・モンロー。二つ目の蕾が、小さく小さく新葉の間から頭を覗かせている。今膨らんでいるひとつと、このもう一つの蕾。何処まで大きくなってくれるだろう。
ホワイトクリスマスの新芽は、白緑色で。昨日よりまた一段ぐいっと伸びてきた。下の方からも、新芽の気配が。ふと顔を上げると、東から伸びてきた陽光が目を射る。思わず閉じた瞼越しにも、その陽光の残痕が。振り返れば、空からは雲がすっかり抜け落ち。水色のきれいな空が広がっている。
部屋に戻り、お湯を沸かす。昨日のうちに作って冷やしておいたふくぎ茶をカップに注ぎ入れる。そういえば昨日洗い物を怠けたのだった、と、台所を見てがっくり。でも今すぐ洗う気持ちになれず。しばしそのまま置いておくことにする。
椅子に座り、煙草に火をつける。何となく昨日から苛々している。そう、昨夜前期の作品を額装してからだ、この苛々は。何でこんなに苛々しているんだろう。その理由がよく分からない。それにしても、昨夜は汗だくになった。狭い本棚の部屋で、ただひたすら一点一点額装していくだけの作業なのだが。気づけば足元のぽたぽた汗の痕。いくらタオルで拭っても落ちてくるという具合。今、本棚の前、十三枚の額縁がでーんと、場所を占領している。あとは、無事に会場に運ぶのみ。
あまりに苛々が取れないので、頓服を二錠飲んでみることにする。朝の仕事に取り掛からなければならない。私は背筋を伸ばして、うん、と声に出して言ってみる。とにもかくにも始めなければ。

父とよくよく話し合ってみた。結局、これ以上そのことにお金を払うのはやめよう、という結論に至った。それはそうだ、資格を維持するために、一年に十万以上のお金を払い続けていかなければならないというシステムはおかしい。
電話を切って、何故か私は疲れ果てていた。こうなることは分かっていた気がする。だからこそ私自身ずっと迷っていたのだ。それを父が後押ししただけのこと。なのに、虚しさが残る。
それでも、やったことは無じゃなかったと、そう思う。

娘の出した洗濯物を見て、がっくりくる。パンツも靴下も丸まったまま。何度伝えれば彼女はちゃんと伸ばしてくれるんだろう。丸まっているものは洗わないよ、といっても、平気で丸まったまま出してくる。これは私の教え方が何かまずいんだろうか。
今度本気で彼女と話し合わなきゃならないな、と思う。もう十歳なのだから、最低限のことくらいできなくちゃ、恥ずかしい。
でもこの、恥ずかしいという気持ちは、何処から出てくるものなんだろう。他人と比較して恥ずかしいのだろうか。じゃぁ他人と比較しなきゃいい、と思うのだが、これもまたそうじゃない気がする。自分のことを自分で為す、そのベースが、まだ娘はなってない、そんな気がする。
今更だけれど、きちんと彼女に伝えていかなければ。

多分。ちょっと自分が疲れているのだな、と思う。余裕がない。そんなところか。また仕事を新しく見つけないと。今の仕事だけじゃぁ、生活を維持するのに足りない。これから娘にはどんどんお金がかかっていく。それを支えるのは、容易じゃぁない。
そういうことを考えていると、憂鬱になっていく。それでも、やらなくちゃいけない。
今の私に、何ができるだろう。

久しぶりに「サミシイ」に会いにゆく。「サミシイ」は、私が疲れ果てているのに気づいているのか、そっと私の顔を覗き込む。口を持たない「サミシイ」が、今私に何を伝えようとしているのか。正確なところはわからないが、「サミシイ」は、大丈夫?と私に伝えているかのようで。思わず一瞬、泣きそうになる。
大丈夫かどうか分からない。分からないけれど、やっていくしかない。そんなところに今私は在て。だから、私も「サミシイ」に向かって、小さな笑みを返す。
穴ぼこにも会いに行く。穴ぼこは、しばらく私が放っておいたせいなのだろう、時が止まったかのように、あの時のままそこに在って。でも、何処から種が飛んできたのだろう。いくらかの雑草が、穴ぼこの周りに芽吹いており。私はその雑草を、抜こうかどうしようか迷う。しばらくそのままにしておいていいのかもしれない、なんて思ったりして。穴ぼこを覗き込むと、びゅうびゅうと穴の底の方で鳴る音が立ち上ってくる。
休んだ方がいいよ、と言われているかのようで。私は苦笑する。そうかもしれないんだけれど、今どうやって休めばいいのかが分からないの。私は彼女にそう返事をする。彼女は黙って私の言葉を聴いている。

ママ、ママっ。娘の声ではっと我に帰る。おはよう、ママ。いつもより明るい声で娘が私に声を掛けている。おはよう、私も返事をする。たらこのおにぎり作ってくれてありがとう。彼女が言う。たらこ、安かったからね、特別だよ。うんうん。そう言いながら彼女は早速、たらこ味のおにぎりをレンジで温め始める。
その間も、ミルクとココアをそれぞれ肩に乗せ、あやしている。お嬢のこうしたエネルギー、私にも分けて欲しい。今、切実に思う。

じゃぁね、それじゃぁね。手を振って別れる。
階段を駆け下り、自転車に跨る。坂道を下り、信号を渡って公園へ。公園の、茂みの割れた部分から、陽光が燦々と降り注ぎ、池を照らし出している。今朝も向こう岸に猫がでーんと寝っころがっており。私は彼女には聴こえないだろう小さな声で、おはようと挨拶をする。
蝉の声は、日毎小さくなってゆく。それでも今朝、どの蝉か分からないけれど、ひときわ大きな声で啼いている者がいる。彼の声だけがくわんくわんと池の辺りに響く。
公園を後にし、大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。
銀杏並木の影で信号が変わるのを待つ。青信号になったのを確かめ、飛び出すように走り出す。真っ直ぐ真っ直ぐ。モミジフウの脇もすり抜けて、ひたすら真っ直ぐ。
辿り着いた海は、濃紺と深緑色を混ぜ合わせたような色をしており。ざっぱんざっぱんと堤防に打ち付けるその音が、私の耳に響く。
巡視艇が港の中をゆっくり走っている。その上を鴎が一羽、飛んでいる。あぁ、海が見たい。突如そう思った。この海じゃない、砂浜のある、海が、見たい。そう思った。
突然涙が溢れてきて、タオルで拭う。拭っても拭っても、涙が零れてくる。何で私は泣いているんだろう。それが分からない。分からないけれど、涙が止まらない。
遠くで汽笛が鳴った。比較的大きな船が、ゆっくりと動き出すところ。
落ち込んでなんかいられない。苛々していろんなものを見逃してなんかいられない。気持ちを切り替えていかなければ。私は自分で自分を励ますように、肩をぽんぽんっと叩いてみる。
さぁ、今日も一日が始まる。唯一無二の一日が。


遠藤みちる HOMEMAIL

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