2010年07月06日(火) |
目を覚まして横を見れば、今朝もやはり娘は素っ裸。大の字になって素っ裸というのは、なかなか見応えがある。胸ももう、ほんのちょっとだけれどぷくんとなり始めた娘の体を、まじまじと眺める朝。なんともいえない。 起き上がり、窓を開ける。何となく一番に、あのお香を焚きたくて、用意する。ふわりと香ってくるあの匂い。懐かしい匂い。 ベランダに出ると、むわっとした空気が横たわっている。昨日よりその湿度は高いんじゃなかろうか。嫌だといっても肌に纏わりついてくる感じがする。試しに腕を動かしてみる。むわりと空気が動く。そういえば天気予報で、昨日は東京でも豪雨があったと言っていたっけと思い出す。私の住んでいる街では雨はうんともすんともならなかったが。今日もまたそんな天気なのだろう。私は空を見上げながら思う。 しゃがみこんで、ラヴェンダーのプランターを覗き込む。残った四本の挿し木、今のところ順調に育っている。育ち方はみなそれぞれだが、それでもちゃんと、新しい葉を伸ばし、枝を伸ばしとしてくれている。頑張れ、みんな。私は心の中声を掛ける。 デージーはまた新しく花をつけ。小さな小さな黄色い花。まさに黄色。そういえば昔、図工の時間に、黄色の花を描いたら、隣の男の子に、きちがい色だ、とからかわれたことがあったっけ。思い出して私はくすりと笑ってしまう。きちがい色というより、やっぱり黄色は、元気色だと思う。 パスカリたちの、一本は、次々枝葉を伸ばしてきている。細い枝ではあるけれど、根元からぐいっと伸びてきた。その一部の葉が、やはり歪みを見せており。これは病葉だと分かる。でも、粉を噴いているわけではないから、このままにしておくことにする。もう一本のパスカリは、しばし沈黙の時を過ごそうというところなのかもしれない。 ミミエデンは、じっと佇んでいる。花を切り落とした後、沈黙を始めた、といった感じがする。しばらく休んで、また新たな葉を出してくれればそれでいい。舐めるように樹を見てみるが、今のところ新芽の気配は何処にもない。 ベビーロマンティカは、今朝は静かだ。こそこそっと囁き声は聴こえるけれど、それだけ。そりゃそうだ、あれだけ立て続けに花を咲かせ続けていたのだから。お疲れ様ね、また新芽や花をいずれつけてちょうだいね、と、私は心の中声を掛ける。 マリリン・モンローとホワイトクリスマスは、しんしんとそこに在る。新芽の気配は今のところない。沈黙の時間だ。マリリン・モンローの下の方の葉が、少し黄色くなってきた。古くなって落ちてゆくのかもしれない。それにしても、マリリン・モンローはだいぶ茂った。去年の冬には、こんな姿が見られるとは想像もしなかった。ホワイトクリスマスはホワイトクリスマスで、不恰好ながらも、枝葉を伸ばし。一時は立ち枯れてしまったのかと思った瞬間もあったけれど、今は大丈夫。ただ沈黙しているだけだ。また時期が来れば、新しい葉を広げ、花芽もつけてくれるに違いない。そう信じることができる。 部屋に入ろうとした瞬間、からからと音が響いてくる。この音はココアだな、と、籠を覗くと、やはりココアが回し車を回している。おはようココア。私は声を掛ける。ココアはきょとんとした丸い瞳をこちらに向けて、後ろ足で立ちながら、どうしようかな、といった感じ。私が蓋を開けて、手を差し出すと、ちょこちょこと寄って来て、手のひらに乗った。お前は小さいねぇ、と声を掛けながら、背中を撫でてやる。餌箱の中に残っているひまわりの種を差し出すと、途端に手と口とで挟んで、そしてほっぺたの袋の中にしまい込む。娘曰く、ココアは甘えん坊だから、餌もこちらが差し出さないと食べようとしないんだとか。だから体が小さいんだよ、と娘は主張していた。それが本当なのかどうなのか分からないが、ココアは次々、私が差し出すひまわりの種をほっぺたの袋に入れてゆく。でも、餌箱におろして自分で食べさせようとすると、全然食べない。全く。甘えん坊なんだな、本当に。私は笑ってしまう。 その声を聴きつけたのか、ゴロが眠たそうな顔を小屋から出してくる。おはようゴロ。私は声を掛ける。ゴロは、水を飲みに行き、その足で回し車に乗る。とっとっとっと、回し車を回す小さな手足。機敏に動くその体。不思議な生き物だなぁなんて、改めて思う。
病院の日。何だろう、待合室で待っていることがしんどかった。待合室にいる人たちみんなが、憂鬱な何かを発しているようで。それに呑みこまれそうな気がして、しんどかった。早く私の順番にならないだろうか、それだけを考えて、体を丸くしていた。 頓服を、もとの薬に戻してもらえるよう、お願いする。それから、このところはどうでしたかと聴かれ、葬式に何にと立て続けにあって、なんだか疲れていますと応える。ちゃんと眠れていますか、という問いにも、このところ断眠ばかりで、と応える。そうですか、うーん、と考えているふうな医者。いや、考えているのかいないのか、分からないけれども。新しく替えた漢方薬は効いている感じがありますか、と問われ、いや、まだ分からないと応える。正直、分からない。どの薬がどう効いて、どの薬がどう私の何を抑えてくれているのか。これかなぁ、と分かるときもあるけれど、それは、長いこと飲んでいる薬に限って、だ。 他にも何か話したが、忘れてしまった。送り出され、診察室から出、薬局へ。友人も診察を終えてやって来る。 彼女の話に耳を傾けながら、私は時に自分に置き換えてみたり、彼女の話の主人公の、私が知っている部分を想像してみたりする。彼女には時間が限られていて。だから、なかなか事を進めるのも難しいのかもしれない。でも、方向性は間違ってないよね、と言い合う。できることをひとつずつやってゆく、そうしてできることを少しずつ増やしてゆく。その繰り返し。 ダイエットしているという彼女が、小さな声で私に言う。でもさ、胸とかは落ちるのに、おなかが落ちないよね。そりゃそうだよ、私たちの年齢考えてみなよー。やっぱ、そうか。おなかだけぷっくりしている気がする。ははははは。もうこれは、しょうがない、年齢だ、年齢! やだなぁ、もう。私たちは笑い合って、それぞれおなかを触ってみる。そうだ、そうなのだ、もう人生の半分、生きている私たち。体もだいぶ使い古されてきて、若い頃のような無理はきかなくなってきた。体と相談しながらやっていくしかない年齢になってきた、とでもいおうか。歳を取るというのは、そういうことなんだなぁ、と改めてしみじみ感じ入る。
ねぇママ、ママって字、きれいだね。そう? うん。私、字、汚いよ。ははは。そう? うん、ばぁばによく言われる、字が汚いって。もっときれいに書きなさいって。どうやったらきれいに書けるの? うーん、丁寧に書く、とか? そういうことかな? 私、丁寧に書いてるつもりなんだけどなぁ。そうだなぁ、じゃぁ、好きな男の子にラブレター出すときのようなつもりで、字、書いてみたら? えー、やだよー。そうしたらいつも、きれいな字が書けるかも。ははははは。めんどくさー。だよねー。 ママは勉強するけどさ、大人になっても勉強しなくちゃならないって、嫌じゃないの? うーん、ママはこういうの、結構好きだから。嫌になったりしないの? ああ、よくあるよ、あー、もうやだ、もうやりたくない!って思うこと、あるよ。それでも勉強するの? うん、するねぇ、勉強しないと、分かることも分からなくなっちゃうから。ふーん。私、大人になっても勉強したりしたくないよ。じゃ、逆に、今のうちにいっぱいやっときなよ。でないと、なーんもわからんくなっちゃうかもしれないから。うーん、もう今も、めいいっぱいなんだよなぁ。ははは。ま、できることをひとつずつ増やしていくしかないね。積み重ねだよ、結局。あー、めんどくさー。あなた、さっきから、めんどくさいめんどくさいしか言ってないよ。そうだっけ? うん。ははは。
「あるがままのものを理解することは、単にある観念を受け入れたり、あるいはその観念の虜になるよりもはるかに難しく、そのためには多大の理解力と凝視が必要であるということなのです。しかしあるがままのものを理解するために努力する必要はないのです」「あるがままのものは事実であり、真実なのです」「真実のものは、あるがままのものを理解することによって、初めて理解されるのです。もし非難や同一化が少しでも存在するかぎり、真実であるものを理解することができないのです。絶えず非難したり、同一化している精神は理解することができません。精神はそれ自体の限定された範囲のことだけを理解できるのです。あるがままのものを理解し、それを凝視していることによって、驚くべき深層が開示されるのです。そしてその中にこそ、「真の実在」と幸福と喜びが存在するのです」
じゃぁね、それじゃあね、お弁当、冷蔵庫の中に入ってるからね、ウンウン、分かってる。手を振って別れる。 雲の様子を気にしながらも、私は思い切って自転車に跨る。雨が降り出したなら、それはそれで楽しめばいい、もう開き直ることにする。 信号を渡り、公園へ。公園はもう、鬱蒼と濃い緑が茂りに茂って、通りの方までその匂いが漂ってきている。紫陽花はまだ咲いており。でもそろそろ終わりかもしれない。 大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。春、あれだけ小さかった銀杏の葉も、今はもう十分に成長し、濃い色を見せて、さやさやと揺れている。 このまま真っ直ぐ走ればモミジフウの通り、少し外れた通りを行けば、川と海とが繋がる場所。さて、どちらから回って行こうか。私は一瞬迷い、その直後、ハンドルを右に切っていた。 海と川とが繋がる場所で。ここにも水母がぷかぷか浮いている。六月にこんなに夥しい数の水母に会うなんて。不思議な気がする。そして私の頭上を、鴎が旋回している。 さぁ、今日も一日が始まる。気を引き締めて走り出そう。 |
|