2010年06月19日(土) |
娘が今日もまたぴったりとくっついて寝ている。何度も娘の体を転がそうとしてみるのだが、重くてうまく転がらない。もうそういう年になったか、と改めて実感。抱き上げるなんて、今じゃとても無理なんだろう。ぐいぐいと大きくなってゆく娘に対し、日々しぼんでゆく母の図を頭に浮かべ、ちょいと溜息。しっかりせねば、と思う。 窓を開けようとして、やめた。あまりに強い風。雨も叩きつけるように降っている。ベランダの植物たちはどうしているだろう。窓に額をはりつけて、見ようと試みるのだがうまく見えない。仕方なく、窓を細めに開けて、外に出てみる。髪をきつく後ろに結わいてみるが、それでも風に煽られる。街路樹の葉は一斉に翻り、雨のばつばつという音を響かせている。 ラヴェンダーは無事だ。デージーは小さく丸まっている。心配なのは。 ホワイトクリスマスの蕾だ。前後左右にぐわんぐわんと揺れている。マリリン・モンローの蕾もだ。ここまで大きく育ってきたのに、無駄にするわけには絶対にいかない。どうしよう。何か支えはないだろうか。思い出した、娘が昔使った朝顔の支柱がどこかにあるはず。ベランダの反対側にそれを見つけ、私は慌ててホワイトクリスマスとマリリン・モンローの蕾を支えにかかる。 ベビーロマンティカは大丈夫だ。萌黄色の茂みの中に蕾はまだ入っている。飛び出しているものもないわけじゃないが、支えが必要なほどじゃぁない。 それにしても何て風なんだろう。びゅんびゅんと唸り、回っている。その風に沿って雨も回っている。 とりあえず窓を閉め、部屋に戻る。戻ると、からからからと回し車の音が響いている。これはココアだなと見やれば、やはりココアが回し車を回しているところ。おはようココア。私は声を掛ける。何となく籠を開け、手を差し伸べてみる。と、途端に彼女は私の指をがしっと噛む。やられた。やっぱり娘じゃなくちゃいやらしい。私は諦めて扉をそっと閉める。 お湯を沸かし、お茶を入れる。いつものように生姜茶。もう、これを飲まないと朝が始まらないといった感じ。生姜茶を一口一口呑みながら、煙草に火をつける。
ねぇママ、私ね、今、詩書いてるんだよ。し? うん、詩。どんな詩? 秘密。えー、どうして、教えてよ。秘密ったら秘密! そうなんだー。詩書いてね、曲もつけるの。へぇぇ。それでね、友達と唄うの。そうなんだ。いいじゃん、いいじゃん。その時はママにも聴かせてよ。だめ! え、なんで? 友達と秘密っこでやるから。ははは。分かった、分かった。 そういえば、娘の年頃、私も詩を書き始めた。そしてそれをメロディに乗せて、よくひとり、歌ったものだった。思い出すと懐かしい。娘が一体何処からそんなことを覚え、やり始めようとしたのか私は知らないが、血というのは妙なところで繋がっているものなのだなと思ったりする。
授業でマイクロカウンセリングの情報・教示・意見・示唆の練習を為す。最初正直ピンと来なかった。これは一体何をしたいんだろうと思いながら練習を続けた。そうしてようやく分かった。これを為すには、よほど引き出しが多くなければできないということに。今の私にはとてもじゃないがその引き出しは足りていなくて、ほのめかすくらいのことしかできやしないのだ。その現状を見せつけられた。自分の力不足を、痛感した。 授業の後、クラスメイトと帰っている最中に、言われる。あなたは実体験もあるし、情報網もあるからいいわよね、と。 言われて、私は閉口してしまう。私の実体験がどうだというのだろう。私の情報網? そんなもの、ないに等しい。 他愛ない一言だったんだと思う。なのに私は、ひどく心がへこんでしまうのを感じた。どうしようもなく心がひしゃげてしまって、しばらく立ち直れそうになかった。
ママ、今日友達に言われたんだよね。何て? あんたは塾にも通ってて何でもできるからいいわよね、って。うんうん、それで? 塾に通うのっていけないこと? どうしていけないことなの? あなた、塾楽しいって言ってたじゃない。うん、塾、楽しい。じゃぁいいと思うよ。それでさ、塾にも通ってて何でもできるから、って、言われて、なんかすごく傷ついたんだよね。うんうん。どう傷ついたの? だって私、何でもできるわけじゃないもん。ってか、私、ぶきっちょだし、失敗ばっかりするよ。なのになんで、そんなこと言われなくちゃならないのかな。うーん、その子はどういうつもりで言ったんだろうね。私が授業中に手挙げたりするとさ、その子とかその子の仲間が舌打ちするんだよね。ありゃまぁ、そうなの? まただよって感じになる。だから私、手挙げるの、だんだんいやになってきた。そっかー、うんうん。そういえば、ママも昔、そういうこと言われてずいぶん傷ついたよ。ママは言われるだろうなぁ。なんで? だってママは本当に、なんでもできるじゃん。って、今あなた、ママにそういうこと言ったでしょ、ママ、それで傷ついたよ。え? そうなの? うん、ママは、別に何もしないで何でもできるわけじゃないんだよ、何かを為そうと一生懸命頑張って頑張って、それで何とかやってるだけなんだよ。何の努力もしないで何でもできる人がいるとしたら、それは天才っていうんだよ。ママは少なくとも天才じゃぁない。うん、ママは天才じゃぁない。ね? あなたも天才じゃないから、いろいろ努力するんだよね。失敗したり何したりしながら、それでも笑って頑張ろうってしてるんだよね。ママはちゃんと分かってるよ。…。だから、そんな言葉に負けるな。気にすんな。ね! うん、分かった!
友人のところに子供が産まれた。と思ったら、友人が家族を失った。 生と死はいつだって隣り合わせ、背中合わせ。
ふと外を見ると、あの雨が止んでいる。嘘のようだ。さっきまでのあの嵐はどこへ行ったんだろう。私は首を傾げる。娘に出掛ける支度をさせながら、私は窓際に立つ。まだ唸る風に耳を澄ます。 さぁ行こうか。あ、この手作りパン、じじに持ってって。えー、荷物が増えるからやだよ。まぁそう言わずに、じじの好きなパンだからさ、持ってってあげて。しょうがないなぁ、鞄に入るならいいよ。はいはい、今入れる。 私たちは手を繋いで通りを渡り、バスに乗る。こんな天気の朝だというのにバスの中は結構混みあっており。私たちは一番後ろの席に何とか座る。 ママは今日は展覧会会場に行くの? うん、そうだよ。展覧会やるって、結構面倒くさいんだね。はっはっは、そうかもしれないね。頑張ってね、ママ。あなたもね。 改札口、手を振り合って別れる。娘は右へ、私は左へ。 走り出した電車の中。私は窓際に寄りかかる。空の様子が気にかかる。このまま雨がやんでくれることを今は祈るばかり。
さぁ今日も一日が始まる。しっかり歩いていかなければ。 |
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