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re-invention



 本物のチームに

早朝から学校へ。
新チーム初めての大会。
初陣の生徒の緊張感。
慣れているメンバーにも,いつもと違う緊張感。
早めに着いたものの,会場入り口前に並ぶのが遅く,
練習会場を占拠される。
暑さの中,ほとんど動けずに練習を続けているうちに,
他チームが退き,何とか練習らしい練習ができる。
下がり面から面を打つことと,
相小手面から面を見せての技を最後に練習。
何をどう鍛えていくべきなのかを,
常に考えて行かなくては。

女子の初戦は,地元のチーム。
突破するには,勢いが必要。
緊張感から,先鋒が一本のみ。
そこから,中3人で勝負を付けられる。
勝つためにまだまだ不足しているものがある。
男子は,先鋒から副将までが接戦の末引き分け,大将戦。
試合慣れしているはずだが,動きがいまいち。
絶対に勝つという気持ちの乗りが足りない。
この夏の練習不足が如実に見え,敗退。
男女とも,2チームが抜けられるリーグ。
もう負けられない。
女子は,そこから気持ちが入りリーグを突破。
男子は,間合いに入って怖いところでの勝負ができない中,
次鋒の生徒のみが,思い切りのいい攻めで勝利。
気迫が試合の流れを作る。

流れができると,これまでの経験がものを言う。
新チームでの戦い方が見えてくる女子。
接戦もものにして決勝戦へ。
再び地元チームとの対戦。
予選リーグとは違い,まずまずの攻めと動き。
でも,いいところで旗が上がらず,寄り切られる。
誰もが認める本物のチームでなければ勝てないことを感じる。
昨年度までは追いかけていた目指すチームに,
今度は自分達がならなくては。


さあ,明日からは学校が再開する。



2006年08月26日(土) 夏の終わり
2005年08月26日(金) 手法だけでなく
2004年08月26日(木) 家族旅行


2007年08月26日(日)



 自分の中で納めきれないものが

午前中は部活動。
限られた時間の中,何を学ばせるのか。
ただ鍛えるのではなく,
主体として納得のいくものを育てたい。
きちんと伝えて練習をしたい。

わかっていてもできないのが人間。
そこをどう突破するのか。
これが当たりくじだと言っても,
それを引かないという表現はよくわかる。
自分もそうだった。
今だってそんな部分がある。
それをどう変えていくのか。
可能性は無限大の生徒達と関わっている醍醐味を,
もっと感じなくては。

明日はいよいよ新チームになっての初めての大会。
どんな結果になるのか。

午後,評価関係のことを少しだけ手を付ける。
やるべきことがまだまだある。


夜は,岡本先生宅へ。
いつも教わることがたくさん。
研究会の在り方について,
自分なりに感じていることを岡本先生に聞いてみた。
それには直接答えられず,もっと大きな回答をいただく。
学力テストで評価される。生徒の学力差はある。学習差も。
現実に対応しなくてはいけない。
でも,現実に対応すればそれでいいのか。
現実と理想の間で,道折り合いを付けるのか。

「生徒が「数学する」と言うが,それは局所にすぎない」
と言われたことがある。
文字にしても,確かに全部を学ぶわけではない。
でも自分は局所ではなく,部分だと思っている。
部分には全体の投影がある。
部分だけれど,全体に関わる。だから意味がある。
教育も部分だ。でもそれが人間ではないか。
いろいろな理論を振り回しても,
その人にとって,どう変わったのか。
主体としての自分がいたかどうかが肝心。
これってどんな価値があるんですか?
自分の課題を持っていることが大事。

芸術は,あらゆるものが問いを発している。
だからハッとする。
自分の中で納めきれないものが芸術にはある。
問いを発しているものの凄さ

「クリエイティブであること」という言葉も何度か出されるが,
恥ずかしながら,
岡本先生の目指す世界と,自分の考えている世界がどう違うのかも,
よくわからないまま。


この夏読んだ,山田ズーニー氏の話を出すと,
知っておられる先生がいて,
しかも何と女性だとのこと。意外!!
だから何だというわけではないが,なるほどと思える部分も。


何のためのVoyageだったのかを問い直す。
自分で操作することの凄さだったはず。
だとしたら,もっとそれをやらせるべきではないのか。
例えば,角度の問題にしてもそうだ。
それを見せてお終いではなくて,主体として動かして,
変化しない関係を見せ,体感させなくては。

2006年08月25日(金) 運動不足を痛感
2005年08月25日(木) 最後は人間
2004年08月25日(水) 部品交換でリフレッシュ


2007年08月25日(土)



 結果を出す人は

久しぶりの登校。今日は日直当番。
日に焼けた2年生の姿。
自信を持って生きている姿を見るのはいい。
やはり,主役として生きることが,
人を伸ばす最大の鍵なのだろう。

練習を見れたのは1時間半ぐらい。
限られた時間の中,コーチにお任せの練習だが,
でも,自分にできることを考えたい。
土屋先生が見えて,道場で出されている新聞を見る。
目指しているものが明快。
本物の人づくりを志していることがよく見える。
当然のことなのだが,結果を出す人は,
結果を出すだけのことをしている。

午後は月曜日の表彰集会のための賞状に名前を入れる。
職員室のパソコンが大きく変わり,
よくわからないことが増え苦戦。
結局,いくつかは手書きで処理。

さらに,初任者のS先生が授業案についての相談。
方程式でも,文字式のような
統一した流れの授業ができないかとのこと。
自分も,それができればいいと思うが,見あたらない。
何が大事なのかを再確認。
方程式という手法を学ばせるのだから,
その手法を理解しできるようにすることが基本だと考えたい。
見栄えのする授業案での授業が,
必ずしも生徒を育てることにつながる訳ではない。
時間を,自分のためだけに使えなくなっている。
それが当たり前だと思わなくてはいけない。

帰宅後,休み明けのテストを再度考える。

2006年08月24日(木) ちりばめられた思いを
2005年08月24日(水) 贅沢な時間
2004年08月24日(火) 東照宮へ登る


2007年08月24日(金)
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