朝から引越しだった。
引越し屋が9時から11時の間に来るといっていたのに、8時半に来てびびった。しかも一人の予定が二人来た。おれも荷物運び手伝ったりして、9時過ぎには荷物搬出が済んでしまった。
そしてひまわりハウスの大家さん夫婦が部屋に来て立ち話をした。 隣に住んでる人ってのはやっぱりだいぶ変わった人だったみたい。そんなことも最後の最後に知ったけど、やっぱり関わり合いにならずに正解だと思った。
引越し屋が二人で来てしまったため、トラックには同乗させてもらえず徒歩&電車で新居に移動。引越し屋よりも早く到着してしまったよ。まずは大家さんにご挨拶。青のツナギを来たガッツ石松風味のオッサンだった。その後すぐに引越し屋が来て荷物搬入。約15分で終了。
そして少しずつ荷ほどき。エアコンのリモコン、水道の蛇口等で故障を発見し、大家さんに何度も部屋にあがって来てもらったりして。でもまだなんとなく自分の部屋、って気がしない。初日だから当たり前だけど。夜になっても大家さんが修理用の工具などもって、部屋に何度も出入りするもんだから落ち着かなかった。大家さんは工場を経営してるから手先が器用なのだ。顔はガッツだけど。
2004年09月27日(月) |
さらば、ひまわりハウス。最後の夜 |
「仏滅に引越しをするときは、引越しの前になにかひとつ自分のものを引っ越す先に置いて来てから引っ越すのがよい」
そんなことを70をとうに過ぎたおふくろがわざわざ電話してくるもんだから、会社帰りに行ってきたさ(笑)明日28日は仏滅らしいよ。そんなん迷信と思うけど、そんなことを聞かされるとなんか心配になるじゃん?(ならんか)なので引越しを明日に控えて、一足先に新居に行ってみたよ。仕事用のカバンが重いので先に置いとこうと思って。
玄関入って電気つけようとしたら、電気がつかない(汗)ブレーカー手探りでさわってみたけど全然ダメ。まだ電気が来ていないのか?
なので玄関にカバン置いて、さっさと部屋を出た。まるで肝だめしだ。まぁ、明日明るくなってからゆっくりと。
そんで西蒲田の自分の部屋に戻って細かいものを片付けて、ちょっと落ち着いたところ。
部屋の中には荷物がいっぱいあって、明日引越しをするというのが信じられないカンジ。住みづらいところではあったけど、離れるとなるとそれなりの感慨が沸いてくるな。貼ってあった氣志團のポスター(笑)剥がした時に、なんともいえない気分になったよ。
この部屋でひとりでひたすらアルコールに浸ってたんだな・・・最悪な酒を何杯も飲んだよ。
明日の朝に引越し屋が来ればこの部屋での生活は何もかも終わるんだな。 そして新しい生活が始まるんだなぁ。 なんか泣きそうだ。
もう二度と来ないよ。さようなら。
引越し準備その他もろもろ。多忙であったが、いい一日だった。
蒲田での7ヶ月間が箱詰めされていく。でも寂しい思いがあまりしないのは、あたらしい生活が希望に満ちているからだろう。そう思う。
そして夜はいやになるくらい肉を食った。そして新しい門出と決意を祝福し、かつ祝福してもらったのだった。
おめでとう。
野音にポラリスを見に行った。コータ、まさやん、ほねっちさん、ぴろこさんの4人で。
とてもいいライブだった。なにがよかったかと言われると困るが・・・とにかくサイコーだった。こんなとき人間の言葉というものは不完全であると実感させられる。それだからきっと音楽というコミュニケーションが存在するのだろう。
ポラリスの坂田氏、普段ポラリスではガットギター弾いてる宮田氏、スカパラの茂木氏(友情出演?)のトリプルドラムの曲があって、とてもよかった。超絶だった。
茂木氏のタイトなドラムに脱帽。普段ギター弾いてる宮田氏のドラムがとてもよくて脱帽。坂田氏が通常のライブのときのドラムソロのときよりもさらに叩きまくってて、これも脱帽。
「流星」の中で「ラーラーラー♪」ってコーラスのフレーズがあるんだけど、オーディエンスたちも含めて大合唱。決して大音量ではないけど、みんなで大合唱。それが東京のビル街の静かな夜に吸い込まれていった。雨上がりのなんともいえない空気の中に響いて、消えていった。陶酔した。そして陶酔した。
その後、新橋で飲んで、極秘二次会を蒲田の某ショットバーで行った。最高の夜を祝福した。
ここのところ降水確率の予報が当たらないことが多い。降水確率「10%」だというので洗濯機を回し、外に洗濯物を干して外出すると、きっちり雨に降られたりする。そんなことが続いている。
洗濯めんどくさい。洗い直しは気分的にさらにめんどくさい。早いとこ服とかもダンボールにしまいこみたいのにー。うう。
2004年09月19日(日) |
あなたがわたしにくれたもの |
久々にtogetogeのメンバーでスタジオに入った。今回はセッションでなくて、10月のパーティ演奏のリハ。
直前にマネモノ練もあったので通算すると合計5時間のスタジオ。でも、思ったほど疲れなかったよ。
打ち上げのときに、マネモノメンバーから誕生日のプレゼントをもらった。どれもとてもいかがわしく、とてもステキなものだった(笑)。
みんな、ありがとう。
プレゼントをもらうのはおれはとてもうれしい。プレゼントを選んでくれた人はきっとおれの喜ぶ顔が見たくて、考えて選んでくれたのだろう。それがうれしい。
2004年09月18日(土) |
不動産屋に行き、実家に帰る |
部屋の契約をしに管理会社に行った。契約書に署名捺印して部屋の鍵ももらった。あとは荷物をまとめて出るだけだな。うむ。
実家に行ってタバコを吸ってたら、親父に「なんだ、タバコはじめたのか。失恋でもしたのか?」とつっこまれた。
ウケた(笑)。
引越しをしようと思っております。
予定日は今月28日。引越し屋の手配も完了。単身者用の引越しパックって安いのな。数年前に名古屋から平塚に引越しした際は30万円以上かかってびびった記憶があるけど。今回はわずか1万5000円ほど。
引越しといっても同じ大田区内だし直線距離で結んで多分3kmぐらい。超近場なのだ。
今回の引越しを決意したのは8月20日、金曜日の朝だった。
もともとおれの部屋ってめちゃめちゃ壁が薄くて、隣の住人のイビキとかくしゃみとかも聞こえちゃうというヒドイ環境で(汗)。それでもなんとかここまで耐えてきたんだけど。
決意するきっかけは意外に些細なことだった。
うちのアパートの廊下のあたり(うちの玄関のドアからすぐ)でオバサン同士が朝っぱらから会話しててさ。話し声自体はさほど大きくもない感じだったんだけど、それが大増幅されておれの部屋のなかをキンキンと響き渡って。それこそディレイでもかかりそうなくらいなカンジでさ。
それをベッドの中でぼんやり聞いてたんだけど、不意に「もしかしておれの部屋の中で出している音も、外や隣にはこんなふうに聞こえているのか?」って思って。そうやって思い始めたら止まらなくなって。不快極まりない気持ちになってさ。
「引っ越そう」とその日のお昼までには決心したのでした。
今回の引越し先は交通の便は多少悪くなるけど、多分今よか住みやすいだろうなあ。いや、住みやすくなってくれないと引っ越す意味ないしね。うん。
引っ越したら、みなさん遊びに来てくださいなあ。
東京23区内の電話番号は03−●●●●−××××となっていますが、●●●●の部分(市内局番というのか?)が現在のように4桁になったのは確か1991年1月からですね。もう13年も昔のことなんですけど。でも未だに店の看板とかで3桁の市内局番を見かけることがあります。
最近、夜中に家のまわりをうろつき歩くことが多いんですが、結構西蒲田のこのあたりって3桁の市内局番が書いてある古い看板を出しているお店がたくさんあるんですよ。03−735−××××とかね。こういう店って多分あんまり儲かっていないんだと思いますが(笑)
1991年1月というと、ぼくなんかまだDAIGAKUSEIですよ。3桁の市内局番を見かけるとその電話番号が使われていた当時に戻りたい、なんてついつい思ってしまうんです。悩みなんてなくてドラムばっかり叩いて酒ばかり飲んでたアホアホ学生の頃にね。
当時のDAIGAKUSEIなんて今とは違って気楽だったなあー。今はホント大変そうだもんね、学生さんも。
2004年09月12日(日) |
Edo is the answer |
栃木県にある「江戸」に行ってきた。なんと12年ぶりに。電車とバスを乗り継いで。
21世紀の現代にありながら、江戸の町人達が闊歩する町。バーで酒飲んでても、チョンマゲのヤクザの親分(ここの従業員なのだが)が客を冷やかしに来たりするのだ。
あきらかに異質な空間だ。でも異質な空間を演出しようと必死にがんばっている人たちがいる。これがプロ根性、ってモンなんだな。脱帽だった。
誕生日を迎えた。メールくれた方、ありがとう。掲示板に書いてくれた方、ありがとう。何歳になっても誕生日って感慨深いものだよ。
トシを積み重ねるのがだんだん重荷になってくるけど。でも全部抱え込んでやる。そのままフラフラな足取りで歩いてくよ。
見守っていてほしい。頼んだよ?
最近タバコすってます。
・・・(汗)
えっと、でもお酒飲んだときだけです。昼間は吸いません。夜、お酒を飲んだときに吸いたくなったときだけ、ほんの何本か。
自分の中で「解禁!!!」っていうカンジではないんですが。でもなんかちょっと喫煙に関して気楽に考えることができるようになって、それが少し心の余裕にもつながってるカンジです。
それでも習慣で吸う、というクセを再発させたくはないなとは強く思ってるのです。自分にとって必要なときだけ必要な量を。そんなトコです。
ガマンすべきところでガマンできる、という意志だけは持てるように。気をつけていこーう。
住み慣れた場所を離れる前のこのカンジ。別にキライではない。むしろ好きだ。もう何回も経験してきた。
特に、自分にとって縁もユカリもない土地を離れるときが最高。もうそこはきっと一生訪れることはないんだろう、って思えるから。
近所のコンビニ、スーパー、クリーニング屋、通りかかるだけで結局は入れなかった定食屋や銭湯。これからはもう来ることも見かけることもない、って思うと突然いとおしくなってくる。
だから残された時間を大切に、って。些細な風景の一コマ一コマさえ、この網膜に焼き付けておきたいって思える。日常がイキナリ現実感を持って迫ってくる。いや、本来日常って現実そのものだと思うんだけど、こういう何かのキッカケがないと本来の風景が見えてこないんだ。
どうしようかと迷ったけど、もうサイはふられた。後戻りはできない。だから残された時間を、「今の日常」を、心に刻んでおきたい。
2004年09月05日(日) |
Bowling・Boring |
「平均」を取ることに何の意味があるのか?
すみません、ボーリングの話です。しかも穴掘りじゃなくて、玉ころがしのほうです。スミマセン。
よくボーリングの実力を測る尺度として「アベレージ」というのがありますね。「おれ、アベレージ150〜」とかね。あ、ちなみにぼくのアベレージも150です。
118、142、164というのが今回の三本勝負のぼくのスコアであります。
平均すると141.333・・・というワケで、平均しちゃうとまぁまぁ実力通りだったんですけど。
今回の対戦相手は「アベレージ」が120前後と聞いていたので、楽勝を信じて疑わなかったのですが。
一回戦は1ピン差で負け、二回戦は7ピン差で負け、三回戦は大勝ちしたものの、一勝二敗なワケです。アベレージが高い低いなんて問題ではなく。対戦前にアベレージのハナシなんてするんじゃなかった。
あぁ、この屈辱感。
もう当分ボーリングはいいです(笑)楽しかったけど。でも次の日カラダ重いしね・・。
食欲の秋を満喫。
いや、企画の段階でこれは「我慢大会」になっちゃうかと心配したけど(笑)。杞憂に終わった。エガッタエガッタ。
夏には夏の楽しみ。秋には秋の楽しみ。そしてきっと冬には冬の。
見つけていければいい。感じていければそれでいい。
ここのところ、よく飲む酒は泡盛なのだ。
でも泡盛って、実は数年前までどっちかというと敬遠してたのな。「飲まず嫌い」みたいなのがなくなったのは「ミカンズのテーマ」のおかげかと思われ。
おれが生涯最初に飲んだ泡盛は「久米島の久米セン30度」だったんだけど。確か96年頃かな。愛知県の伊良湖に行ったときにたまたまなぜか「沖縄物産展」みたいのをやってて。一升瓶を買って帰ったんだった。
その後すぐぐらいに大阪からトモダチが遊びに来て、そのときにその泡盛の一升瓶開けてさ。お互い次の日仕事だったけど明け方まで飲んで。
そしたら次の日、ひどいムネヤケが(T∇T)生涯最強のムネヤケ。それで「泡盛ニガテー」ってカンジですっかり懲りちゃったというワケだったのです。
「三日月ロック」発売以降(笑)おれもいろんな泡盛を経験したけど、久米セン30度だけはずっと敬遠してた。でもだいぶ経験値もたまっただろうってことで8年ぶりのチャレンジ。
・・・
やはりムネヤケ。
今回は2日間くらい続きましたですよ。あぁ最悪。やっぱり相性ってあるのかもねぇ。
そんで半分くらい飲んでほっておいたんですけどね。そしたら、こないだ大酒飲みの人が(笑)家に遊びに来てだいぶ消化して行ってくれました。
その後おれは泡盛の「南風」そして「くら」を飲んでます☆泡盛ウマイ。
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