TOM's Diary
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S氏はUFOを見つけた。 休暇を使ってとある避暑地に向かったときのことである。 夏休みを少し外して向かった避暑地はほとんど人がおらず、ゆっくりと過ごすことができそうであった。 S氏は別荘を借り上げ2日ほど別荘でのんびりと過ごした後、3日目は近くの草原に向かった。UFOを見つけたのはその草原の真ん中である。
草原は国道から県道に入り、さらに町道を抜けた先にある。とても広大なその草原はS氏がクルマを走らせてやってきた町道の左手の森とその向うの川に囲まれた一体で、町道は川まで行くと行き止まりになっているため、ほとんど人が来ることは無い。 S氏はトランクからピクニック道具を取り出した。 シートを敷いて、テーブルと椅子を並べると、バスケットから読みかけの小説とお湯の入った水筒とサンドウィッチを取り出してテーブルに置いた。 椅子に腰掛けると水筒のお湯で紅茶を淹れ、読みかけの小説を手に取った。
しばらくすると眠気を感じたS氏は本から目を上げて草原の方に目をやった。 紅茶を啜りながら、「お昼には少し早いけどサンドウィッチでも食べようか」そう思ったときだった。
草原の真ん中でなにかがキラキラ光っていた。 そういえば草原に着いたときから気にはなっていた。 そのときは気にならなかったが、急に気になってきた。 いったいなんだろう?
S氏はサンドウィッチを流し込むように食べると、ピクニック道具をクルマのトランクに放り込んだ。
S氏は歩きにくい草原の中を一生懸命光る物体に向かって歩いた。 20分ほど歩いたころ、その物体が思っていたよりとても大きなものであることが判ってきた。2mを超えるほど背の高い草に囲まれていてS氏からは全体像を把握することが出来なかった。しかし、幅は20m以上あるのではないかと思われた。
さらに10分ほど歩くと、突然目の前に扉が現れた。 よく見ると金属で出来た物体は上下逆さまにしたレタスのようだった。 キャベツかも知れないが、S氏はレタスとキャベツの違いをあまりよく判っていなかった。 たまたまさきほど食べたサンドウィッチに挟まっていたのがレタスだったからレタスを先に思いついただけである。 見える部分の高さ4、5mくらいで、幅は判らなかったが、目の前の扉は自動車のスライドドアのような形で開けっ放しであった。
中に入ってみようか? S氏はそう思って中を覗き込む。 すると何やら話し声が聞こえてきた。 「ラジエターに水を入れないと」 「水なんてどこにあるんだよ、お前探して来いよ」 「お前なんども来たことあるんだからお前行って来いよ。俺にはどこに水があるかなんて判らないし」 「だいたい、お前がエンジン回しすぎるからオーバーヒートしたんだろ、お前が行けばいいじゃないか」 「そもそもこの星に水なんてあるのか?」 「知らないよ。でも、この星には水が驚くほどたくさんあるって辞書に書いてあるぜ」 「しかし、暑いなぁ。早くエンジンかけてエアコン入れないとみんな熱中症で倒れちゃうぜ」 「外に出れば涼しいから、外にでようぜ」 「だめだよ、外に出たら変な生物とかに襲われ・・・うわぁ〜変なのが入ってきちゃった!」
S氏は自分が変なのと言われるのは慣れていたが、こいつらほど変な奴らに言われると少し悔しかった。なにしろ、チビでデブで、よく見ると巨大な頭に足と手が直接生えているような奇妙な形をしている。そう、達磨だ。まるで手足のついた達磨である。 達磨たちは驚いて腰が抜けてしまったようだった。
「あのさ、水ならさ、そのへんにいくらでも流れてるよ」 S氏は教えた。 なにしろこの先の川に行くまでもなく、昨夜の激しい夕立のせいか、この草原のいたるところがぬかるんでいて、ここまで来る途中で小川だって見つけた。 「み、水がその辺に流れているの?いくら水が驚くほどあるからって、普通に水が?」 達磨たちはますます驚いていた。
S氏はここからさらに川まであるいて行く気にはならなかったが、これも人助けである。 川まで案内することにした。 達磨たちはS氏に続いて外に出ると、様々な計測器のようなもので何かを測りはじめた。 「大丈夫そうだぞ」 そういうと、達磨たちは達磨の着ぐるみを脱いだ。 そうか、あれは宇宙服だったのか。 宇宙服を脱ぎ終わった達磨は、やっぱり達磨だった。 着ぐるみと言うより、全身タイツみたいなイメージである。
S氏は川に向かって歩き始めた。 達磨の一人に聞いてみると、どうやら地球の公転周期(1年)の1000万倍の時間をかけてやって来たらしい。たまたま高校の卒業テストが終了したので、みんなで羽伸ばしに父親のクルマ(さっきのレタス)を勝手に持ち出して卒業旅行に来たらしい。 太陽が見えてきた頃、達磨の一人が太陽に向かってチキンレースをしようといい始めた。 一番太陽の近くまでブレーキを踏まなかった奴の勝ちって奴だ。 しかし、一番やんちゃな奴がブレーキを踏まなければいけないのに、悪ふざけでアクセルを踏み続けたものだから、エンジンがオーバーヒートしてしまったらしい。なんとかハンドルを切って地球の引力に入ったものの、そのまま不時着してしまったそうだ。
ったく、ガキはどこに言ってもガキだなぁ。 S氏はそう思ったが口には出さなかった。
5分も歩くと小川があった。 良かった、30分も歩くのはしんどいなぁと思っていたところだった。
「水、あったよ」 S氏が言うと、達磨たちは騒ぎ始めた。 「うわぁ〜水が流れてる!溶かさなくても使える!」 どうやら、彼らの星では水は凍ったままで、使うには溶かさなければならないそうだ。
そういえば彼らは入れ物を持ってきていない。 氷を背中に担いで持ち帰ろうとしたようだ。 しかし、液体の水ではそのまま担ぐわけにはいくまい。 まぁ、しかし5分ほどの距離だ。容器を取りに戻ればよい。
達磨たちは頭上を見上げた。 5分ほど歩いたとは言え、まだ我々はレタスの下にいた。 達磨たちはひょいっとレタスに飛びついてフタをあけると、そこからホースが出てきた。 そのホースを小川に差し込むと水をどんどん吸い上げた。
10分もすると満タンになったようである。 レタスはみずみずしいほうがよい。 なんとなく、銀色の巨大なレタスが美味しそうに見えた。
達磨たちと分かれの言葉を交わすと、レタスは飛びさった。 少し気になったのだが、レタスから水が流れ落ちていた。 たぶん、ラジエターに穴が開いていたのだと思う。 そのうちまたオーバーヒートするな。 そう思っていると、レタスから流れ出た水が霧のカーテンのようになって、虹が現れた。
S氏はその虹を見ながら別荘に戻っていった。
その日の晩のニュースで、白菜型UFOがホワイトハウスの前に墜落し宇宙人が捕まったと言っていた。墜落の原因は事故調査委員会で調査され「ラジエターからの冷却水漏れによるオーバーヒート」で、無免許運転の高校生が無謀運転をしたためにラジエターに穴が開いたらしい。 なお、捕まった宇宙人は運転していたものだけで、それ以外は病院の検査を受けてすぐに開放されたとのこと。
S氏は、「あれはレタスじゃなくて白菜だったのか。」と悔しく思った。
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