TOM's Diary
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2007年04月11日(水) |
S氏のハードボイルド |
S氏は、誰も居ない静か夜道を一人で歩いていた。 S氏が歩いているのはオフィス街で主に金融関係の企業が入る高層ビル群のど真ん中。さすがにこの時間になると誰もあるいていない。地下鉄の駅の入り口までは5分かそこらだが、入り口からホームまでは長いエスカレータを使って地下深くまで降りるのに、さらに5分かかる。終電のことを考えると自然と急ぎ足になる。
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地下鉄の入り口に近づくと、路地の奥から人が争うような音が聞こえた。 S氏は無意識に路地を覗き込むと、恰幅の良いスーツ姿の男性が、黒装束の一見華奢に見えるが動きのすばやい人物に刺される瞬間だった。いや、正確には薄暗くてよく見えないが、その直後に男性はひざから力が抜けるように地面に崩れ落ちた。 その直後に路地の向こう側からバイクがやってきて、黒装束の人物を載せた。黒装束の人物がバイクに乗ると、ライダーからヘルメットを受け取り目だし帽を脱いだ。はっきりと顔が見えた。 女? 女とS氏の目があった。 女はS氏のほうを指差しながらライダーになにか声をかけている。 バイクが一気に加速しS氏のほうに向かってきた。 S氏はあわてて、地下鉄の入り口に向けて走り始めた。
路地は狭く、ダンボールやゴミが落ちていてバイクと言えども、S氏に追いつくには時間がかかりそうだった。ようやくバイクの音がS氏に追いついて来たとき、S氏は入り口の階段に差し掛った。S氏が階段を一段下りると、バイクが急ブレーキをかけ始めた。 S氏が必死で階段を駆け下りながら後ろを振り向くと女がバイクを飛び降り、階段を駆け下り始めた。同時にライダーがバイクに乗ったまま階段を降りてくる音がし始めた。 S氏は踊り場でUターンし、さらに下に向かって、今度はエスカレータを駆け下りた。 バイクは狭い踊り場で向きを変えるのは困難に違いない。女さえなんとか振り切れば・・・しかし、女はすぐ後ろまで迫っているようだった。さらにバイクも狭い踊り場で、後輪を空転させながら器用に向きを変えるのであった。 S氏はエスカレータのベルトに手にした新聞を載せ、その上にお尻を載せると一気に滑り降りた。 後ろを振り向くと女もS氏の真似をして滑り降りようとしているが、黒い革のパンツではうまくすべることができるはずもない。バイクの方も、そもそもオフロードバイクのように階段など下りられるような車種ではなく、バランスを崩しながらなんとか降りてきているような状態である。 S氏は次のエスカレータを同じように滑り降り、その次のエスカレータも同じように滑り降りた。女はそれでも異常なほどの身軽さで階段を駆け下り、S氏との距離はあまり変わらなかった。バイクは追跡を諦めたようだった。S氏は改札に向かって全力疾走し、女に捕まる直前で改札に飛び込んだ。女は改札のゲートに捕まり中に入れない。 S氏はちょうどとまっていた電車に飛び乗り後ろを振り返ると、改札のゲートを飛び越え、駅の係員に捕らえられかけた女の姿を確認した。 女は駅の係員に向かって拳銃のようなものを突きつける。S氏があっと思った瞬間、係員が腹を押さえながら倒れた。しかし、電車の発車ベルの音で拳銃の発車音は聞こえなかったが、銃口から火花が噴出すのは見えた。 S氏は女が電車に向かって走ってくるのを見ながら別の扉に移動し、女が電車に飛び乗った瞬間に電車を降りた。と、同時に電車の扉が閉まった。 S氏は逃げ切れたと思い、安心したのだが、電車はなかなか発車しない。打たれた係員の同僚が非常ボタンを押したようだった。 電車の扉が開き女がゆっくりと電車を降り、拳銃を片手にS氏に近づいてきた。改札の向こうにはバイクのライダーが立っている。バイクはどこかにおいてきたようだ。 改札窓口から、駅の係員と警官らしき人物が走って来るのが見えた。そして数メートル先で立ち止まり、警官が拳銃を女に向けた。改札の向こうのライダーに目を向けると警官に向かって拳銃を構えている。
S氏は警官と係員はライダーの存在に気がついていない。 S氏はポケットから手を出すと手にしたコインを改札のほうに指で弾き飛ばした。 その動きを捕らえた警官がS氏の方に目を向け、S氏の指差す改札のほうに目を向けた。 直後にコインが改札の手前で大理石調の床に落ちるとカ〜ンと甲高い音がした。その瞬間ライダーと女が音のしたほう見た。同時に警官は身を伏せるとライダーに向かって一発射撃をした。S氏はその射撃音をスタートの合図に女に飛び掛り、拳銃を持つ手をひねり上げた。その勢いでトリガーが引かれ、S氏の耳もとで拳銃の発射音が鳴り響いた。拳銃を取り上げると、S氏は女の顔をじっくりと見た。
美しい。
S氏は思わず目で逃げるように促した。 女は地下鉄の線路に飛び降りるとS氏にウィンクをして走り去った。
数日後。 S氏は街で女にであった。 「私、あの仕事から足を洗ったわ。あなたのおかげよ」 S氏はその晩からその女と暮らすのであった。
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などと言うハードボイルドな出来事は起こらないかと思いながら地下鉄の入り口に近づくとパトカーや警官がたくさんいた。 よく見ると、知り合いのH氏が警官から事情聴取を受けている。 H氏はS氏に気づくと、S氏を手招きした。 話を聞くと、H氏は殺し屋の美しい女が殺人をするところを目撃し、危うく殺されかけたのだと言う。小声で「まさかH氏が逃がしたんじゃないだろうな?」と聞くとH氏はニヤリと笑って答えなかった・・・
S氏は疲れた足を引きずるようにして電車に乗り込んだ。 車内はガラガラで、一車両に2、3人くらい人が乗っている程度。 「ほんとに今日は疲れたなぁ」 そう思いながら、S氏は出来るだけほかの乗客から離れた席を選んで座った。
うとうとし始めたS氏の正面に誰かが座ったのは、次の駅だった。 ぼんやりした頭でそう感じたS氏はどんな人か確認しようと、目を開けた。 目に入ったのは毛むくじゃらの黒い足。 S氏は寝ぼけているのかと思い、目をこすってよく見たが、やはりそこに見えるのは人間のものとは思えない、毛むくじゃらの黒くて太い足だった。
S氏は薄目のままゆっくり視線を上に上げていくとそこに座っていたのは少し薄ら汚れたパンダであった。
パンダはくたびれた様子でやはり居眠りをしている様子だ。 いったいどこからやってきたのだろう? S氏はもう一度目をこすり、じっくりとパンダを観察した。 もしかしたら、これは着ぐるみではないだろうか? こんなところにパンダがいるわけがない。 そうだ、絶対着ぐるみにちがいない。 だが、着ぐるみにしてはリアルな毛並みである。 それに着ぐるみならばあるはずのクビのあたりの切れ目も見えない。 それに半ば開いた口元から見える歯茎なんかは、唾液でぬれており、まったく作り物とは思えない。
S氏は周囲を見渡した。 先ほどより乗客の数は増えているが、パンダの存在に驚いたり、奇異の目で見ている人もいない。 まるで日常茶飯事の出来事のように落ち着いている。
そういえばS氏が電車に乗るのは久しぶりである。 もしかして、最近ではパンダが電車に乗るのは当たり前なのか? 案外、次の駅でライオンとクマが乗ってきたりして・・・。
次の駅に着くと、ライオンとクマの親子が乗ってきた。 母クマがパンダから少し離れた席に座ると子クマがそのそばで遊び始めた。 母クマが注意をしようとするが、なかなか言うことを聞かない。 ライオンは落ち着きなく車両内をゆっくりと歩き回っている。 いちいちほかの乗客の顔を覗き込むようにしてとても感じが悪い。 ライオンがクマの親子に近づくと、「うるせぇクマだ」と言わんばかりに子クマに鋭い目線を送る。 子クマはあわてて母クマのひざの上に飛び乗る。 ライオンがS氏の前を通りかかる。 ライオンの目線はパンダのほうに向けられていた。 S氏はそれをいいことにライオンの背中にファスナーが無いかじっくり観察した。 するとライオンは突然S氏のほうに振り返り、大きな声でS氏に吠えた。 S氏はあわてて目線を釣り広告のほうへ移した。
次の駅に着くとパンダは伸びをしながら降りていった。 入れ替わるようにトラとオットセイが入ってきた。 オットセイはパンダが座っていたところに座ったが、シートがびしょびしょにぬれてしまっている。 S氏は注意しようと思ったが言葉がわからなかったのでそっとしておいた。 トラは先ほどおライオンのように車内をうろつくでもなく、扉のそばに伏せて周囲を鋭い目つきで確認したあと、頭を前足の上に載せて目を閉じた。 がしかし、耳だけはずっと動いており、周囲の異変に注意をはらっているようだ。 そこへライオンが近づいてくると、トラへ対して挑発的なうなり声をあげはじめた。 トラはしばらく無視を続けていたが、たまらず片目を開けてライオンを見た。 するとライオンは一瞬、うなり声をあげるのとやめたが、トラがふたたび目を閉じると、こんどは前足でトラを軽く小突いた。 トラはその途端、すばやく身体を起こし、前足でライオンの目をめがけてジャブを見舞った。ライオンは予想していたかのようにそれをかわしたが、トラの第2波の攻撃まではかわせなかった。 なにかを察したのか、オットセイは席を離れると、少し離れたクマの親子のいる席のほうへ移動していった。 その直後に電車は次の駅に停車し扉が開いた。 ライオンがトラに飛び掛ると、その勢いでライオンとトラが車両から飛び出した。
その2匹を飛び越えるように鹿が乗り込んできた。 鹿はオットセイが座っていた場所に座ろうとしたが、シートがぬれていることに気がつき、舌打ちをして別の席のほうに移動していった。 S氏はライオンとトラの様子を見ようとホームの方に視線を向けたが暗くてよく見えなが、車両から離れてホームの中央付近でケンカをしているようだ。電車が出発しても電車に巻き込まれる心配はなさそうだが、逆にホームの向こう側に転落してしまうのではないかと心配になる。すると駅員と思われる、イヌワシが飛んできて二匹を止めにはいった。
その先のベンチにパンダが座ってタバコをふかしているのが見えた。 どうやら反対方向の電車を待っているようである。
S氏はふと我に返った。 ここが自分の降りる駅だ。 あわてて電車を降りた。 危うく次の駅まで行ってしまうところであったが、不良のケンカのおかげで電車の出発が遅れ助かったようだ。 「しかし、よく寝た。」 S氏はそう思いながら、改札のサルに切符を渡すと家路についたのだった。
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