TOM's Diary
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2005年09月14日(水) 爆弾騒ぎ

バブルの足音が聞こえてこようかと言う1980年代後半のことである。
そのとき私は一人で新幹線に乗っていた。

広島から上りの新幹線に乗り込んだ。
当時、禁煙車輌は1号車(最後尾)のみであり、私はその車輌の最後列の
座席に座って本を読み始めた。座席は半分くらいが埋まっており、ほとんどが
サラリーマンであった。ウィークデーの夕方である。おそらくは広島に出張に
来て、仕事を終えて大阪なり東京なりに帰ろうと言う人たちであろう。

広島を出て15分くらいしたころであろうか?
喫煙車輌から禁煙車輌へ座席を探しに来る人もいなくなり、みな、のんびりと
座席に座っており車内は、落ち着いた空気が流れ始めていた。新幹線の発する
モーターの音が静けさを強調しているようにも感じる。
そんななか、唐突に初老の男性が前方の車輌から移動してきた。どことなく
挙動不審である。どこがと言われると困るが、ただ歩いているだけなのに、
なぜか落ち着いた雰囲気を壊しながら歩いてきているように感じた。

後ろからその初老の男性の身内と思われる若い女性が付いてくる。
娘にしては若く、かといってお孫さんにしては歳がいっている感じである。
「認知症(痴呆症)には困ったものだわ。注意したいけど変なこと言って
騒がれても困るし、とりあえず人様に迷惑だけはかけてもらっては困るから
後をつけていましょう」とでも思っているかのような表情である。

初老の男性と若い女性は車輌の中を通り抜けデッキの方へ出て行った。
これ以上、後ろには車輌はない。二人はすぐに引き返して来て、最後まで
無言のまま前方の車輌に移動していった。
そしてすぐにもとの静寂が車内に戻ってくる。

次の停車駅の岡山まで10分弱のところでトンネルを通過する。
このトンネルを出ると新幹線は減速を始め、岡山駅に到着する旨の車内放送
が流れる。

この日はトンネルを出る少し前にマイクのスイッチが入る音がプチッとした。
いつもより案内放送のタイミングが早いなと思う。この放送を合図に何人か
の人たちは下車の準備に入るなど、せっかくの静けさは消えてしまう。

しかし、実際には明らかに車掌とは違う声が車内に響き渡った。
「この列車に爆弾が仕掛けられました。まもなく列車は減速し畑の真ん中に
停車します。はげ頭が乗っているからだいじょう・・」
唐突に放送が途切れた。

おりしも新幹線は岡山駅停車を控えて畑の真ん中で減速を始めた。
車内は騒然とする。

放送の最後の「はげ頭・・・」の下りが無ければ本当に爆弾が仕掛けられた
と思うところだが、明らかにいたずらであろうと思われた。そのせいか、
車内は騒然としてはいるものの、見ず知らずの人同士で「いまのいたずら
だよなぁ?」「そうだろうと思うよ」「どうなんってんだ?」「ちょっと
様子見てくるか」そんな会話ばかりで、みな比較的落ち着いている。

そのうち一人のサラリーマンが様子を見てきたようで、近くの席の人に
様子を伝え始めた。
「車掌室のガラスが割られててさ、おじいさんが車掌に取り押さえられてたよ。
「たぶん、酔っ払ってるんだか、それともボケちゃってんのかなぁ。
「連れの女性がいてさ、なんかかわいそうだったよ。

さっきの人たちのことかな?
そんなことを考えている内に車内放送が流れる。
「まもなく岡山駅へ到着いたします・・・
ごく普通の内容であり、さきほどの放送についてはまったく触れられない。

普通に岡山駅に到着して、普通に岡山駅を出発する。
停車時間は通常より若干長めだったが、爆弾の捜索などは行われた様子は
ない。ホームを見ていると駅員や警備員に身柄を確保された初老の男性と、
連れの女性が列車を見送るようにして立っている。
やはりさっきの人たちである。

しばらくすると「次は大阪駅に停車します」と言うような放送が流れる。
その際に一言だけ列車が遅れたことに対するお詫びが入るが状況などの
説明はまったくない。

先ほどのサラリーマンが近くの席の人と話しているのが聞こえてくる。
「ガラス代のほかに新幹線を遅らせると賠償金をかなり取られるらしいよな。
「新幹線だと1分何十万とかになるのかなぁ。

今ならこんなことがあれば爆弾の捜索だのなんだので何十分も停車して
いたかもしれない。ひょっとしたら運休にさえなったかもしれない。
たまたま乗り合わせた我々も事情聴取などをされたかもしれない。

しかし、爆弾騒ぎや列車が遅れたことへの不満どころか、乗り合わせた
乗客たちは、その初老の男性や連れの女性に対する心配ばかりしている。
つくづく当時は平和な世の中だったのだと思う。


2005年09月06日(火) 陥没

S氏は思いっきり伸びをした。
時計を見ると、もう、夜遅い時間になっていた。
ついさっき終業時間のベルがなったばかりだったような気がするのだが
仕事に集中しすぎて時間の経過を忘れていたようだ。

S氏のフロアは各自のデスクが胸の高さほどのパーティションで区切ら
れている。クビを伸ばしてパーティション越しにあたりを見回しても
もうだれもいない。自分のデスクの周りだけが明るく、遠くの方で非常
口の緑色のランプがわびしく輝いている以外は静まり返っていた。

伸びをした両手を頭の後ろに組んで、そろそろ帰り支度を始めようと
思った。帰り支度と言っても会社支給の作業服代わりのポロシャツを
私服に着替えるだけである。私服のシャツをかけてあるハンガーの方
に向き直りながら組んだ手を解きほどこうとしたそのとき、S氏は自分
の後頭部が陥没していることに気がついた。

S氏は恐る恐る指先を後頭部の陥没しているところに突っ込んでみた。

穴はどこまでも続いている。
S氏は人差し指を入れられるだけ奥まで突っ込んだ。
指先を動かすが底には触れなかった。
さらに指を突っ込もうとすると手がすっぽりと入った。
奥はまだ深い。
どんどん突っ込んでいくと肩まで入ってしまった。
S氏は自分の姿を想像しながらも、さらに突き進んだ。
S氏はもう片方の腕も押し込み肩を交互に動かしながら突き進んだ。
どうにもこうにも埒があかなくなってしまった。
これ以上、進むことも出来ず、戻ることも出来なくなったのだ。
自分の姿を想像したS氏は、とてもこのままでは帰れないと思い、
ますます、もがき苦しむのだった。

「なにやってるんですか?」

突然、守衛さんの声が聞こえた。
我に返ったS氏はボタンをかけたまま脱ごうとして頭に引っ掛ったポロ
シャツを必死で脱ごうとしていたのだった。

S氏は守衛さんに助けてもらってようやくポロシャツを脱ぎ終えたのだった。


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