井口健二のOn the Production
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2005年10月31日(月) 博士の愛した数式、ソウ2、TAKESHIS’、ハリー・ポッターと炎のゴブレット

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『博士の愛した数式』                 
『雨あがる』、『阿弥陀堂だより』の監督小泉堯史、主演寺
尾聰のコンビによる第3作。2003年に発表された小川洋子に
よる同名の小説の映画化。               
80分間しか記憶を保てない天才的数学博士と、博士の身の回
りの世話をするために派遣された家政婦、そして彼女の息子
の物語。                       
最近、記憶の問題を扱った作品は実に多いが、本編もその流
れを汲む。そしてこの作品では、80分というタイムリミット
が設けられ、このタイムリミットの中での博士と母子の交流
が描かれて行く。                   
以前にも書いたように、自分の身内にも老人性ではあるが記
憶傷害の患者を持つ者としては、この種のドラマは必要以上
に真剣に見てしまっていると思う。その目で見てこの作品で
は、深津絵里が演じる家政婦の対応が素晴らしいものに感じ
られた。                       
患者は前日の記憶を持っていないのだから、通いの家政婦の
場合は毎日が初対面となる。そこでは当然同じ質問が繰り返
される。ここで最初はその質問に答えるのだが、次に同じ質
問をされると、彼女はその回答に対する博士の説明も先回り
してしまう。これによって博士が同じ説明をする無駄を省い
てしまっている。                   
もちろんそこに至るまでには試行錯誤があり、映画はそれを
省略したという設定かも知れないが、この対応の仕方一つに
も感心してしまった。                 
実際、自分の身内はもっと短時間の記憶傷害で、もっと頻繁
に同じ質問を繰り返してくるが、僕はそれに何度でも同じ回
答を繰り返してきた。周囲から見るとそれも異様ではあるよ
うだが、僕は割り切ってそれをしているものだ。     
つまり僕には、この家政婦のような応対はできなかった。自
分ではそうすることが患者を傷つけるのではないかと思った
部分もあったが、ここで描かれた対応の仕方には、改めて納
得してしまったものだ。                
ということも含めて、本作は記憶傷害の患者との交流が巧み
に描かれた作品ではあるのだが、実はこの映画のテーマはそ
こだけにあるのではない。この作品では、数学という学問が
実に魅力的に描かれているのだ。            
この点について原作者の小川は、試写会後に行われた記者会
見で、「小説では描き切れなかった公式の美しさが、映画で
は見事に表現されていた」と語っていたが、実際に黒板にチ
ョークで説明されて行く完全数や友愛数の物語は、実に魅力
的なものだった。                   
同じ記者会見で寺尾も言っていたが、これによって数学離れ
の進む日本の学生が数学に興味を持ってくれたら、それも映
画の素晴らしい効果と言えそうだ。それこそ、日能研の算数
の先生に推薦文でも書いてもらいたいような作品だった。 
なお記者会見の中で、記憶傷害のはずの博士と母子の交流が
徐々に深まっていくように見えることについて質問が出た。
それに対する制作者の回答は「フィクションですから」とい
うものだった。                    
しかし最近になって、脳以外の臓器にも記憶能力があるとい
う説が登場してきている。従って、これは制作者の意図では
ないかも知れないが、この映画でそれを感じられたことは、
僕にとっては多少の希望も持ちたくなるような素晴らしい展
開にも感じられた。                  
                           
『ソウ2』“Saw 2”                  
(本作は10月29日に公開されたものですが、紹介しておきま
す)                         
昨年1月のサンダンス映画祭で絶賛され、ちょうど今頃に日
米同時に一般公開された『ソウ』の続編。前作同様、一つの
場所に閉じ込められた複数の人間が、自分の命をかけて闘う
様子が描かれる。                   
前作は、脚本監督主演を分担したリー・ワネルとジェームズ
・ワンが、自費で作り上げた8分のフッテージを製作会社や
俳優に見せて歩き、それが評価されて映画化に漕ぎ着けたと
いうものだったが、今回もまた製作に至る過程が面白い。 
今回の場合は、前作のフッテージを見たヴィデオ監督のダー
レン・リン・バウマンがその映像を気に入って、自作の脚本
を映画化する際の撮影を撮影監督のデイヴィッド・アームス
トロングに依頼したことに始まる。ところがアームストロン
グは、ちょうど“Saw 2”のアイデアを探していた前作の製
作者にこの脚本を見せ、一気に続編としての映画化が決った
というものだ。                    
そこで、試写後に行われたティーチインで、バウマン監督に
元脚本のアイデアと映画化との違いを聞いてみた。それによ
ると、深作欣二監督の『バトル・ロワイアル』に触発された
という元脚本は単純に殺し合うだけのものだったそうだ。そ
こに、前作を手掛けたワネルがいろいろな仕掛けを盛り込ん
で“Saw 2”に仕立てて行ったということだ。           
というところで物語の紹介だが、今回は、前作で捜査に当っ
ていた刑事が前面に登場し、しかも早々に犯人ジグソウとそ
のアジトが発見されてしまう。しかしそこで彼は、息子がジ
グソウの手に掛かり、他の男女と共に位置不明の建物に拉致
されていることを知る。そして救出までのタイムリミットが
提示され、ゲームが始まるというものだ。        
一方、閉じ込められた男女にも徐々にヒントが与えられ、彼
ら自身もサヴァイバルの闘いを始めることになるが…   
実は、ティーチインの中で聴衆にアンケートが行われたが、
1、2のどちらが面白かったかと言われて、僕は2に手を挙
げた。確かに1は不条理劇として見事に成立していて、その
点の良さは認めるが、不条理劇と言うのは得てして後味が悪
いものだ。                      
その点で本作は、不条理劇としての出来は多少落ちるかも知
れないが、大衆向けの面白さという点では良かったように思
える。特に前作では、登場人物たちの過ちは言葉で語られる
だけだったが、本作では映画の中でそれが明示される点にも
脚本の巧みさを感じた。                
なお、本作は日本ではR−15指定で、誰にでも勧められるも
のではないが、映画ファンとしては納得できる作品だったと
言える。またティーチインでは、さらなる続編の質問が出た
が、製作者の一人がブログの中で“Saw 3”で頭が痛いと書
いてしまっているそうだ。               
                           
『TAKESHIS’』                
2003年の前作以来となる北野武監督作品。今年のヴェネチア
映画祭でサプライズ上映されて話題を呼んだ。      
監督の前作についてはいろいろあって、自分のサイトからは
紹介文を削除したが、基本的に北野作品は、一部作品の暴力
描写には辟易するところはあるものの、気に入っている作品
が多い。                       
特に1998年の『HANA-BI』、99年の『菊次郎の夏』、2002年
の『Dolls』に関しては、監督の感性が自分に合っていると
感じさせてくれたものだ。そして本作も、その気持ちは変わ
らない。自分もこんな作品を作ってみたい、と思わせてくれ
る作品だった。                    
主人公は、人気タレントのビートたけしと、売れない役者の
北野武。この2人がそれぞれの夢を語りつつ、相互にその夢
が物語として描かれて行く。ある意味、願望充足型の作品で
あり、その意味では実に無邪気な作品である。      
ここで普通なら、夢の世界と現実の世界をパラレルワールド
で描くような設定だが、北野監督はいずれも現実(夢)とし
て描いて行く。従って相互に行き交う部分もあるし、しかも
それぞれを各俳優の1人多役で描くから、これは実に楽しい
作品に仕上がっているものだ。                
因に、プレス資料によると、監督自身、編集が一番楽しいと
語っているようだが、確かにこの作品を、きっちりと判りや
すく編集するのはかなり頭の要る仕事だろう。その意味では
本当に楽しいことのように思えるものだ。        
また、今回はその中で刻まれるリズムが映像としてもちゃん
と整えられているのは、それなりに認められるところだ。ま
あ多少ぎこちなくはないが、こんなところだろう。それと、
巻頭で倒れる兵士のたてる音の感じが、何かが始まるぞとい
う雰囲気が出ていて良かった。             
なお、物語に関しては、何を書いてもspoilerになりそうな
ので紹介しないが、一つ言えることは、本作はタケシチルド
レンへの豪華のプレゼントだということだ。       
今までの作品でも、ファン以外の観客は無視している傾向は
あったが、特に本作はそれが前面に押し出されている感じの
ものだ。この作品を存分に楽しめるのは、ファンの特権と言
えるかも知れない。                  
最後に一ついちゃもんを付けておくと、プレスに大きく書か
れた「ファンタジック」というのは、いい加減やめにして欲
しい。これは昔、無知な出版社が誤って使ったことに端を発
したもので、正しくは「ファンタスティック」。世界の北野
ならこの辺りは気をつけてもらいたいものだ。      
                           
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』         
        “Harry Potter and the Goblet of Fire”
全7巻シリーズのちょうど折り返し点となる第4作。ハリー
が「選ばし者」であることが明確になり、宿敵ヴォルデモー
ト卿も真の姿を現す。                 
シリーズも4作目ともなると、それなりにルーティン化とい
うか、お決まりのものが登場するようになってくるが、本シ
リーズでのお決まりと言えば空飛ぶサッカーとも呼べるクデ
ィッチの試合。しかし今回は、ワールドカップの決勝戦が巻
頭を飾るものの、本篇中でのハリーたちの試合は無し。  
替って本作では、ホグワーツ校主催による伝説の3魔法学校
対抗戦が開催されることになり、ハリーは学校の代表として
これを闘うことになるというものだ。そしてこの闘いの様子
は、ハリーの活躍を中心に、3つのステージに渡ってかなり
丁寧に描かれている。                    
また、それに併せて開催される3校交流のダンスパーティで
のエスコート相手探しや初恋など、ハリーたちの青春真っ只
中の物語が展開する。              
映画化の監督は、1994年公開『フォー・ウェディング』など
のマイク・ニューウェル。第1作、第2作のクリス・コロン
バスはアメリカ人、第3作のアルフォンソ・キュアロンはメ
キシコ人だったが、今回はシリーズ初のイギリス人監督とい
うことになる。                    
そこで、ハリーたちが送るイギリス的学園生活の描写には、
男女共学の公立校出身という監督の実体験が反映されている
ということだ。またダンスパーティの雰囲気なども、監督の
実体験に基づくそうで、成程こうなんだろうなという感じの
ものに描かれている。                 
ただし物語は、原作に沿ってはいるが、原書で734ページの
物語はさすがに全部映画化できるものではなく、ハリー以外
のエピソードはほとんど削除されてしまっている。    
特に、ハーマイオニのいろいろな行動はほとんど描かれない
し、ハリーとロンの仲違いのエピソードも、あっと言う間に
解決されてしまう。しかしそれでも上映時間は2時間37分も
あるのだから、これはもう仕方がないという感じだ。   
何しろ次から次に事件が起って、本当に息を継ぐ暇もないと
いう感じの映画だ。逆に、その中でのちょっとした息継ぎが
上記のダンスパーティのシーンとなるものだが、ここでは、
ハリーたちのダンスに加えて、ハーマイオニを演じるエマ・
ワトスンのドレス姿も話題を呼びそうだ。        
僕自身、中学生の頃に好きだった同世代の英国女優が初めて
映画の中でドレス姿を見せてくれたときには、その姿に興奮
した思い出があるが、この作品で、今の主人公たちと同世代
の観客が同じ感動をしてくれたら、それも素晴らしいことの
ように思える。                    
なお、このダンスパーティのシーンには、イギリスロック界
からピックアップされたスペシャルユニットが登場し、映画
のテーマに合わせた新曲を3曲も披露しているもので、ロッ
ク音楽ファンにはこの辺も話題になりそうだ。      
イギリスでは12歳未満の鑑賞には保護者の同伴を求めること
になったようだが、物語は原作と同様かなりダークなものに
なってきている。この雰囲気は、少なくとも発表されている
原作の第6巻までは続くもので、まあ読者も一緒に成長して
いるのだから、これも仕方がないというところだろう。  



2005年10月30日(日) ディア・ウェンディ、ザ・コーポレーション、RIZE、三年身籠る、イントゥ・ザ・サン、変身、NOEL、ポビーとディンガン

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ディア・ウェンディ』“Dear Wendy”
『ドッグヴィル』のラース・フォン=トリアーが脚本を担当
したデンマーク映画。ただし台詞はすべて英語で、題名も英
語で表記されていたようだ。
町のほとんどの男は炭坑で働いている炭坑町。向かって左側
には採掘中の坑口があり、右には廃坑となった坑口が残され
ている。町はその2つの坑口に対向するように形成された広
場を中心に、わずかな商店が軒を並べているだけのものだ。
そして主人公は炭鉱夫の息子だが、父に連れていかれた地下
の炭坑に入って行くことができず、その後は商店で働いてい
るが、男としては負け犬と見なされる存在だ。しかし、玩具
として購入した小型銃が、実は本物と判ったときから徐々に
人生が変り始める。
主人公は平和主義者と自称し、銃の玩具が売られていること
自体にも嫌悪感を示していたのだが、やはり負け犬だが銃の
知識の豊富な友人と、廃坑の地下で銃を試射したときから自
信が付き始め、その自信は荒くれな坑夫たちとも対向できる
ものになって行く。
しかし彼自身は平和主義者であって、銃は外で撃ってはいけ
ないと誓っていた。そんな主人公が、やはり負け犬の町の若
者を集め、彼らもまた銃を撃つことで自信を深めて行く。そ
して彼自身も、シェリフから保護司を委託されるまでになっ
て行くのだが…
僕自身も平和主義者のつもりだから、この主人公の気持ちは
結構理解できる感じがした。僕自身も同じ状況になったら、
同じことをしてしまうのではないかという共感だ。幸い、日
本は銃のない国だから、この立場に追い込まれることはない
だろうが…
確かに映画は絵空事というか、普通では起こらないような部
分も多いが、主人公の心情に立ったときには…いや、主人公
の心情に関係なくこの状況に追い込まれて行く姿が、何か恐
ろしくも感じられた。
主人公は当初は自主性も何もなく、銃を持つことで自主性が
育まれたと感じているのかも知れないが、それも結局は周囲
の流れに押し流されていくだけの幻想でしかない。そんな自
主性のない現代の若者たちの姿を見事に写し出した作品にも
感じられた。
なお、撮影は軍用基地の中に建設されたオープンセットで行
われたようだが、その風景はセットの無かったドッグヴィル
にセットがあったらこんなだったのではないか、そんな風に
も感じられて面白かった。

『ザ・コーポレーション』“The Corporation”
“Just Words: Constitutional Rights and Social Wrong”
などの著作で、政治力の及ぶ限界を指摘し続けているカナダ
の論客ジョエル・ベイカンのアドヴァイスに基づいて製作さ
れたドキュメンタリー。
なおベイカンは、本作に描かれた内容を“The Corporation:
The Pathological Pursuit of Prifit and Pawer”の題名
で著作としても発表している。
アメリカでは奴隷解放を掲げた憲法の条文が、法律的な人格
である企業にも適用され、それによって企業活動が野放しに
なっている。その結果、搾取や公害の垂れ流しが横行し、そ
れは地球を破滅に追い込もうとしている。
このドキュメンタリーの主張は、そこに集約されると言って
いいだろう。その主張を検証するため、企業活動のもたらし
た悪行が様々な角度から描かれて行く。
それは、衣料品メーカーのK.L.ギフォードによるホンジ
ュラスでの労働搾取の問題であったり、ロイヤル・ダッチ・
シェルの公害問題であったり、モンサント社の牛成長ホルモ
ンに関する報道妨害の問題であったり、IBMとナチスとの
関係であったりする。
その一方で、世界各国で進められている公営企業の民営化が
もたらす弊害の問題が、ボリビアの水道事業に関して述べら
れたり、インドで古来使われてきたニームの木に関する米企
業による特許取得の問題が提示されたり、本当にありとあら
ゆる問題が描かれている。
そして、これらの提示された企業活動の問題点を人間に喩え
て列挙し、それを人間と同様に心理分析すると、反省心や罪
の意識の無いサイコパスの結論になるということだ。
それにしても企業というのは、利益の追求の名の許に実に悪
行を重ねてきたものだ。そしてそのツケが、今や世界を破滅
の縁に追い込もうとしている。それは公害の垂れ流しを筆頭
に、資源の枯渇であったり、遺伝子の破壊であったりするの
だが、このドキュメンタリーでは、それらの問題に対する取
り組みの弱さも指摘している。
しかも全てが否定だけで終っているのではなく、問題に真剣
に取り組り組むことを宣言したカーペットメーカー=インタ
ーフェイス社の姿勢や、グッドイヤーのCEOの発言なども
紹介されるので、それなりに信憑性というか、納得できる仕
組みにもなっている。
それにしても、すごい剣幕で問題が突きつけられるという感
じで、ここまでやられると、正直なところは印象が散漫にな
ってしまっている面もないではない。しかしどの問題も、正
に自分に身近なところにあるものだけに、2時間25分の上映
時間をスクリーンから目を離せなくなってしまうことは確か
だった。
ただ、作品はインタヴュー中心の構成で、他の映像が流れて
いる部分でも重ねて意見が述べられている。このため常に字
幕を読んでいなければならず、その結果、映像をあまり見る
ことができなかった。重要な問題も多く、できればヴォイス
・オーヴァーなどの吹き替えを付けて貰えると有りがたいと
感じたものだ。

『RIZE』“Rize”
ロサンゼルスのサウス・セントラル。1992年の暴動でも知ら
れるこの街に、ミュージックヴィデオの監督や、セレブのポ
ートレート写真で著名な写真家デイヴィッド・ラシャペルが
入り込んで記録したダンスに生きる若者たちのドキュメンタ
リー。
暴動が起きたのと同じ1992年、この街に住む子供の誕生日を
祝うため、1人の黒人男性がピエロの恰好をする。それによ
りトミー・ザ・クラウンと名乗った彼は、即興で踊ったダン
スが評判を呼んだことから、若者たちにダンスを教えるよう
になる。
そのダンスは、アフリカ黒人に流れる血を表わしているかの
ような激しい踊りで、瞬く間に若者たちを虜にし、今までギ
ャングになって生きるか死ぬかの二者択一だった若者たちに
新しい生き方を教えることとなる。
それから10数年が経ち、今でも街には銃が溢れ、人殺しも絶
えない場所であることは変わらないが、若者たちの間には多
少の希望も生まれている。そしてトミー・ザ・クラウン主催
で開かれるダンスバトルが、映画のクライマックスを彩る。
映画の最初には、この作品には早廻しは有りませんというテ
ロップが出るが、何しろ激しいダンスが演じられる。その源
流は映画の中でも、資料映像のアフリカ現地人のダンスとの
共通性が示されているが、本当に黒人特有のものと言えそう
だ。
実は映画の前半で、ライスクラウンと称するアジア系のグル
ープが登場し、後半では彼らの踊りや、他にも白人の踊りな
ども紹介されるのだが、全く次元の違う世界であることの証
明にしかなっていなかった。
そんな激しい踊りを堪能させてくれる作品ではあるが、同時
に現実の厳しさもいろいろな角度から提示され、そん中で暮
らしを続けなければならない彼らの苦悩も見事に描き出され
ている。
トミーは元麻薬の売人ということだが、「その頃は、殺され
るか刑務所に入るかは神様次第。自分は神様の思し召しで刑
務所に入った」などという言葉は、試写会場で笑い声は聞こ
えたが、笑うに笑えないギャグというところだ。
それから、これは途中で気がついたことだが、アメリカ映画
で、しかも若者を描いていて、ドラッグや大麻はおろか、タ
バコも全く出てこない映画というのは珍しいだろう。激しい
踊りのためにはタバコも肺活量への影響になると考えている
のかも知れないが、この事実にはちょっと凄いと感じた。

『三年身籠る』
女優の唯野未歩子が、原作、脚本、監督を手掛けたちょっと
メルヘンチックな妊娠物語。唯野自身は出演せず、主人公の
妊婦役はお笑いタレントのオセロ中島知子。その脇を、木内
みどり、西島秀俊、塩見三省、奥田恵梨華らが固めている。
物語は、妊娠9カ月から始まって、いつまで経っても出産せ
ずに、どんどんお腹が大きくなる主人公の姿を追いながら、
その夫や、女系一家の母親に祖母、さらに妹とその愛人の大
学病院の助教授などを巻き込んで、夫の浮気などいろいろな
ドラマが展開される。
実は、3年間の妊娠ということ自体がちょっと特異なテーマ
のようにも見えたので、見る前はそのテーマに沿って物語が
進むのかと思ったのだが、実際はそのテーマ自体はあまり深
追いせず、それより周囲の人々の人間模様を点描的に描いて
いる感じのものだ。
しかも、その描かれている周囲のドラマが結構捻りが利いて
いて、いろいろ笑えるのがうまいという感じの作品だった。
と言ってもクライマックスは当然出産になる訳だが、そこま
で持って行く展開もいろいろありで、それなりに考えられて
いる感じはした。
因にネットで調べてみると、武蔵坊弁慶は17カ月母親の胎内
にいたそうだし、老子に至っては72年間胎内にいて生まれた
ときはすでに白髪の老人だったとか。また、3年胎内にいて
生まれたときに髪と歯が生えていると鬼っ子と呼ばれるとい
う定義(?)もあるなど、長期間胎内にいた人物の伝説はい
ろいろ有るようだ。
従って、3年程度の長さではそれ自体をテーマにするほども
のでもなかったようで、その辺がちゃんとわきまえられてい
るのも良いと感じた。
なお、中島の演技は、悪くないと言うか最初から演技という
ほどのものをしなくて良い脚本になっている感じで、それ自
体は問題ない感じだった。また女性監督らしく、中島を含め
各女優陣を実に可愛らしく撮っているのも良い感じがした。

『イントゥ・ザ・サン』“Into the Sun”
スティーヴン・セガール製作総指揮、主演による東京が舞台
のアクション作品。
シドニー・ポラック監督で、ロバート・ミッチャムと高倉健
が主演した1975年の映画『ザ・ヤクザ』を、セガールの主演
でリメイクするという情報が一時期流れたことがある。その
企画はいつの間にか消えてしまったようだが、本作はそれに
変わって登場してきたという感じもするものだ。
違法滞在の外国人を強制退去させることを公約にして当選し
た東京都知事が暗殺される。その陰に国際テロ組織の存在を
疑うFBIは、CIAの日本支部に協力を要請し、日本の裏
社会に詳しい諜報員のセガール扮するトラヴィスがその捜査
に当たることになる。
しかしトラヴィスは、その犯罪がテロ組織によるものではな
く、日本のヤクザの一部が中国蛇頭と組んだ結果であること
を突き止め、それを放置することは、日本の裏社会の存亡に
関わると判断する。そして、彼はその阻止に立ち上がるが…
と言うことで、日本側には大沢たかお、寺尾聰、伊武雅刀、
豊原功補らも繰り出して、一大抗争劇が展開する。と言って
も、まあセガールの主演なので、東映のヤクザ映画とはかな
り違った、どちらかと言うと格闘技アクション映画という感
じの作品だ。
実際のところ、試写会が終ったところでは、かなり憮然とし
た表情の人もいたようだが、僕自身はなんと言うか、別に拘
わりもなく楽しむことができた。所詮B級なのだし、逆に突
っ込みどころはいろいろあるので話の種にはなるし、そんな
感じ楽しめばいい。
いや、本当に話の種にはいろいろあるので、好きな仲間同士
で見れば、後で盛り上がること必定という感じの作品だ。
なお、ハリウッドからの共演者は、マシュー・デイヴィスや
ウィリアム・アザートンなどそこそこのメムバーが揃えられ
ている。他に日本からは栗山千明も出演しているが、本作の
監督ミンクは、クエンティン・タランティーノの門下生だそ
うだ。

『変身』
1991年に発表された東野圭吾原作の映画化。東野原作の映画
化はすでに何本かあり、それぞれそれなりの成功は納めてい
るようだ。
物語は、無器用だが一人の女性を愛していた男が、ある事情
で脳外科の手術を受け、徐々に人格が変化して行く。男は自
分が愛していたはずの女性を愛せなくなっていることに気づ
き、自分の受けた手術の真相を突き止めようとするが…とい
うもの。
実は、僕は原作を読んでいないのだが、読んだ家人の話によ
ると、原作は一人称で書かれたもので、徐々に自分の人格が
失われて行く様子が見事に描かれていて、大変恐い作品なの
だそうだ。
しかし映画で一人称というのは、本当は最も描きにくいもの
の一つで、モノローグばかりでは映画にならないし、それを
映像だけで描き切るのは至難の技と言えるものだ。それに果
敢に挑んだのが、助監督出身でこれがデビュー作の佐野智樹
監督ということだ。
さて映画は、原作を知らないでみると実にうまく作られてい
る。事前に原作が一人称であることは知っていたが、その部
分は最小限のモノローグに納めて、しかも変身して行く過程
が、丁寧な演出と映像で良く表現されていると言っていいだ
ろう。
もちろんそこには、主演の玉木宏の演技力もあるが、正直に
言って今年何本か見た玉木の演技では、この作品が一番良い
と感じたものだ。
特に、変身が始まってからの作り笑いと、それ以前の自然な
笑いとの演じ分けはよくされていたし、突然凶暴になる辺り
は、どちらかと言うと日本映画ではよくあるパターンかもし
れないが、うまく演じられていたように思えた。
ある種、最近流行りのアルツハイマーにも通じるテーマにも
捉えられるし、その点では以前から書いているように僕なり
の思い入れもあるのだが、その部分でも納得して見ることが
できたものだ。

『NOEL』“Noel”
ペネロペ・クルス、スーザン・サランドンの共演で、ちょっ
としたクリスマスの奇跡を描いた物語。1993年にロバート・
デニーロが監督デビューに取り上げた『ブロンクス物語』の
原作でも知られる俳優チャズ・パルミンテリの映画監督デビ
ュー作。
他に、アラン・アーキン、ポール・ウォーカー…らが共演し
ている。特に、『ワイルド・スピード』『タイムライン』の
ウォーカーは、今まではアクション映画しか印象のなかった
俳優なので、彼の新しい面が見えたようで面白かった。また
配役では、重要な登場人物が1人隠されている。
クリスマスイヴ。雪の積もったニューヨーク。
人々が愛に包まれるこの時期に、愛を遠ざけようとする2人
の女性。1人は、離婚経験とアルツハイマーの母の看護で、
自らの愛を拒絶している。もう1人は、結婚式を1週間後に
控えて、嫉妬深い婚約者の態度に愛の行方を案じている。
この他に、14歳の時に病院で迎えたクリスマスが一番楽しか
った思い出だと言う青年の行動などがサブストーリーとして
描かれて行く。そして、これらの愛に迷った人々の心を、聖
夜に舞い降りた天使たちが優しく包み込んで行く。
人々の心にはいろいろな傷がある。その心の傷を癒してくれ
るは、愛情に溢れた人との交流だろう。しかし心の傷が深く
なってくると、その交流すらも疎ましくなってしまう。そん
な人々が様々の切っ掛けで、愛情を取り戻して行く物語だ。
数多くの出演者によっていろいろなエピソードが並行して描
かれ、それらは互いに近づいたり遠ざかったりしながら、そ
れぞれの結末に向かって行く。
アンサンブル劇と言うほどではないが、それぞれのエピソー
ドが印象深い映像と演技で描かれて行く。クリスマスの夜に
誰かと見るには最適な作品と言えるかも知れない。

『ポビーとディンガン』“Opal Dream”
1999年に発表され、日本でも10万部以上発行されているとい
うベン・ライスの原作を、原作者自らの製作総指揮、脚本、
そして『フル・モンティ』のピーター・カッタネオ監督で映
画化した作品。
オーストラリア東南部のライトニングリッジ。オパールの産
地と知られるこの土地には、世界中から一攫千金を狙う人々
が集まり、そこいら中に採掘権を設定して地面を掘りまくっ
ている。アシュモルとケリーアンの兄妹はそんな父と母と一
緒に暮らしている。
しかしそんな生活の中で、周囲と上手く溶け込めないケリー
アンは、ポビーとディンガンというイマジナリーフレンドと
遊ぶようになってしまう。そして、食卓の彼女の食器の左右
には2人分の皿が並ぶようになっている。
そんなある日、近所で母親と子供のパーティがあると知った
父親は、自分は兄とポビーとディンガンを鉱山に連れて行く
と言い、ケリーアンにはパーティに行くように勧める。そこ
には、ケリーアンを架空の友達から独立させようという考え
もあったのだが…
ところが鉱山でちょっとした落盤などがあり、夜遅くに帰宅
した父親と兄に対し、ケリーアンはポビーとディンガンの姿
がないと言い出す。そしてこれが様々な問題を引き起こして
行くことになる。
サン=テグジュペリの『星の王子さま』の中のキツネの言葉
「いちばん大切なものは目に見えない」に準えて、この原作
は21世紀の『星の王子さま』とも呼ばれているようだ。
「見えない架空の友達が行方不明になる」。ある意味究極と
も言える人捜しの物語が展開する。そこには大人の思惑や、
人々の夢見る心なども見事に描き出され、素晴らしい物語と
なって行く。
いや、周囲がこういう少し夢見がちの人々たちだからこそ、
この物語は成立するのかも知れないが、そんな夢見る心が、
ほんの少しだけ自分にも分けてもらえるような、そんな気持
ちにもさせてもらえる作品だった。



2005年10月15日(土) 第97回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回はキネ旬では遠慮しているヨーロッパ発の情報から。
 まずは、MGM/UAがソニーに買収されてからは最初の
作品となる007シリーズの第21作“Casino Royale”に関
して、10月14日、ロンドンのテームズ川に架かるタワーブリ
ッジの傍に停泊した英国女王の専用船プレジデント号の船上
で記者会見が行われ、新たにジェームズ・ボンドを演じる俳
優ダニエル・クレイグが正式に発表された。
 クレイグは37歳、以前には、1996年にBBCのテレビ番組
で人気を得た後、1998年の『エリザベス』や2001年の『トゥ
ーム・レイダー』、2002年の『ロード・トゥ・パーディショ
ン』などにも出演しているようだが、いずれもトップにクレ
ジットされたものではない。ただし、ソニーが今年5月に全
米公開したマシュー・ヴォーン監督作品“Layer Cake”では
主人公のXXXX役を演じており、さらに年末に全米公開予定の
スティーヴン・スピルバーグ監督作品“Munich”にも出演し
ているということだ。
 また、この配役には、ジュード・ロウや、ユアン・マクレ
ガー、コリン・ファレル、オーランド・ブルームらも候補に
挙がっていたようだが、いずれも却下され、最終的にはクレ
イグとヘンリー・カヴィルという俳優が残って最後のタイ&
タキシードによるオーディションに臨んだ。そして、その着
こなしから、クレイグが選出されたというものだ。
 なお、最後がタキシードの着こなしというのは、いかにも
女王陛下の諜報部員という感じのするものだが、実はタキシ
ードというのは本来はアメリカ式の略礼服の名称で、その辺
の発表が正しく翻訳されているのかどうか、ちょっと疑問に
も感じたところだ。もっとも選考を行った製作者のバーバラ
・ブロッコリは、ニューヨーク生まれの父親の跡を継いだの
だから、そんなところかも知れないが…
 一方、37歳の俳優がボンドを演じることに関しては、若す
ぎるのではないかという意見もあるようだが、実際にイアン
・フレミングが執筆した小説の主人公はその程度の年齢で描
かれているということで、逆に映画で作られたイメージをど
のように覆すかが問題になるようだ。因に記者会見で、監督
のマーティン・キャンベルからは、「今回の作品では、秘密
兵器などのような道具立てを少なくして、より人物に近づい
た映画化を目指す」という抱負も語られている。
 元々“Casino Royale”は、フレミングが1953年に最初に
発表した007物語だったが、いろいろな経緯で正式な映画
化が最後になってしまったものだ。しかし、この機会に原点
に立ち戻って、新たな21世紀のジェームズ・ボンドを目指す
良いチャンスのようにも感じるところだ。
 また今回は、マニーペニーやQなどの脇役陣も一新される
ようで、その配役はまだ選考中のようだが、計画では、来年
1月に撮影開始して、同年11月の公開となっている。
        *         *
 お次はフランスからで、2003年12月1日付の第52回で紹介
したコミックスの“Lucky Luke”が、今度はアニメーション
で映画化されることが発表された。
 この発表は、フランスのアニメーションスタジオのキシラ
ムが行ったもので、発表によると“Tous a l'ouest”という
作品が、長編アニメーション化されるということだ。
 この物語は、英題名で“The Caravan”と呼ばれる原作の
1篇に基づいており、内容は、カウボーイの主人公と、その
相棒の喋る馬ジョリー・ジャンパーが、宿敵ドルトン兄弟と
の決着を付けるため、決戦の場に向かうというもの。確か以
前に紹介した映画化もドルトン兄弟との話だったはずだが、
それとの関係はどうなっているのだろう。
 因に、キシラムでは“Lucky Luke”のテレビアニメーショ
ンシリーズの製作も行っており、2003年に放送されたそのシ
リーズでは、420万人の視聴者の獲得と、7つの受賞にも輝
いているそうだ。そして今回の長編化は、オリヴァ・ジャン
=マリーと、ジャン=フランシス・ヘンリーの脚本から、ジ
ャン=マリーが監督を担当することになっている。
 また今回の製作では、総製作費1200万ユーロの内の30%を
海外配給の事前契約で調達するとしているが、すでにドイツ
やベネルックス、ポルトガル、ギリシャなどとも契約が結ば
れ、さらに英語版の製作も行って英語圏へのセールスも行う
計画だそうだ。そのため声優には著名な俳優の起用を検討し
ているということだが、テレビシリーズでは、アントニオ・
デ=コネスというフランス人俳優が主人公の声を当てていた
ものだ。フランス公開は2007年秋に予定されている。
        *         *
 以下は、ハリウッドの情報を紹介しよう。
 最初はちょっと残念なニュースで、アメリカ南部に甚大な
被害を及ぼしたハリケーン・カタリーナだが、ついにその影
響が映画製作にも現れてしまった。
 影響を受けたのは、今年4月15日付の第85回でも紹介した
“Deja Vu”の映画化で、『シュレック』『パイレーツ・オ
ブ・カリビアン』などのテリー・ロッジオと、ビル・マーシ
リが脚本を執筆したこの作品の製作延期と、トニー・スコッ
ト監督の降板が発表されてしまった。
 なお作品は、時間移動の能力を身に付けたFBI捜査官の
主人公が、難事件解決のため時間を遡ったことからタイムパ
ラドックスに直面するというもので、製作元のディズニーで
は脚本の契約に7桁($)を支払ったほどの期待作。そして
映画化では、スコット監督に続いてデンゼル・ワシントン主
演が発表され、スコット+ワシントンのコンビには、1995年
『クリムゾン・タイド』、2004年『マイ・ボディガード』に
続く3度目のコラボレーションが期待されていたものだ。
 ことろが今回の映画化に当って、元々の脚本の舞台はサン
フランシスコだったようだが、映画製作費に対する税制上の
優遇措置などの理由でニューオルリンズに舞台が変更されて
いた。しかしそのロケーションの予定地が、今回のハリケー
ンで全壊してしまったということだ。このため製作者のジェ
リー・ブラッカイマーは、ロケ地を元のサンフランシスコに
戻すのか、さらに別のロケ地を探すのかなども検討している
ようだが、これにより撮影の延期は余儀ないものとされ、さ
らに延期によるスケジュールの都合でスコット監督の降板と
なってしまったものだ。なお、発表が行われた10月4日は、
元々の撮影開始の予定日だったということだ。
 また今回の映画化では、物語の展開上フェリーとドックが
必要ということで、それがニューオルリンズがロケ地に選ば
れた理由でもあったようだが、それらが揃ったロケ地はそう
簡単に見付けられるものではなく、またロケ地をルイジアナ
州の外に変更するとなると、先に与えられた税制優遇措置な
ども得られないことになって、すでに支払われたものに関し
ては税金の追徴などもあるようだ。
 元々の製作費は7500万ドルが計上されていたものだが、延
期によってかなりの追加も必要になりそうで、いろいろな条
件を検討しなくてはいけない事態になっているようだ。なお
製作者は、来年1月中には撮影を開始したいとしているが、
配給元のディズニーは公式発表を控えている。また今回の計
画では、上記のように先にスコット監督が決って、後からワ
シントンが参加したものだが、これでワシントンまで降板し
てしまわないことを祈りたいものだ。
        *         *
 お次は、ちょうど2年前の2003年10月15日付第49回で紹介
したクリストファー・ノーラン監督の“The Prestige”の映
画化に、“X-Men”のヒュー・ジャックマンと、“Batman”
のクリスチャン・ベイルの共演が発表された。
 この計画は、『バットマン・ビギンズ』のノーラン監督が
2年半ほど前から進めていたもので、クリストファー・プリ
ーストの原作から、『メメント』の原案にも協力した兄弟の
ジョナサンと共に脚色を行っていた。内容は、1878年を発端
とする19世紀末の時代背景で、当時のロンドンで人気を二分
していた2人のステージマジシャンの確執を描いたもの。互
いにネタばらしを行ったり、新規なトリックを編み出すなど
の熾烈な闘いを続けていたが、やがて2人は揃って殺人の容
疑者にされてしまうという展開になるようだ。
 なお、元々の原作の映画化権は、『パッション』なども手
掛けたニューマーケットが所有していたもので、脚色の依頼
も同社が行っていた。これに対して2年前の時点でワーナー
とディズニーが製作に参加したもので、映画の配給は、アメ
リカ国内をタッチストーン、海外はワーナーが担当すること
になっている。撮影は来年1月に開始の予定。
 因にジャックマンは、撮影中のシリーズ第3作の“X3”は
それまでに完了する計画で、またダーレン・アロノフスキー
監督の“The Fountain”と、ウッディ・アレン監督の新作も
撮り終えているそうだ。一方のベイルは、『バットマン…』
に続いては、テレンス・マリック監督の“The New World”
と、デイヴィッド・エイヤー監督の“Harsh Times”がすで
に撮影終了しており、現在はタイでウェルナー・ハーツォグ
監督の“Rescue Dawn”という作品に出演中とのことだ。
        *         *
 『ターザン』の原作者としても知られるエドガー・ライス
・バローズの原作による“John Carter of Mars”シリーズ
第1作の映画化を、ジョン・ファヴロウ監督で行うことが、
パラマウントから発表された。
 この映画化に関しては、昨年3月15日付第59回で紹介した
ように、一時はロベルト・ロドリゲス監督で進められること
が決定されていたものだが、第60回で報告した『シン・シテ
ィ』でのフランク・ミラーとの共同監督の問題でロドリゲス
がアメリカ監督組合(DGA)を脱退したことから、第61回
で報告したようにDGAとの取り決めに縛られる老舗のパラ
マウントでは組合員以外の監督との契約は解除せざるを得な
くなっていた。その後、第69回で報告したように『スカイ・
キャプテン』のケリー・コンラン監督も取り沙汰されたが、
今回ファヴロウ監督の起用が発表されたものだ。
 なお、ファヴロウ監督は、2003年にニューラインからウィ
ル・フェレルの主演で発表した実写とアニメーション合成の
ファンタシー“Elf”が評判になった他、今年の11月11日に
ソニーから全米公開されるクリス・ヴァン・オールズバーグ
原作のファンタシー・アドヴェンチャー“Zathura”など、
VFX主導の映画の監督にも実績があり、身長12フィートの
緑の巨人や6本脚の馬も活躍するこの作品の監督にはピッタ
リと言えそうだ。また、ファヴロウ監督は“Elf”では、登
場する北極熊の声を伝説の特撮マン=レイ・ハリーハウゼン
に演じさせているということで、そのような繋がりも、ぜひ
今回の映画化には活かしてもらいたいものだ。
 脚本は、マーク・プロトセヴィッチが手掛けたものから、
さらにアーレン・クルガーのリライトが終っているというこ
とで、当初の予定では2005年早々からの撮影となっていたも
のだが、それが1年半遅れたとして、2007年クリスマスシー
ズン〜08年夏の公開が期待できるのだろうか。
        *         *
 フランシス・フォード・コッポラ監督が、1997年の『レイ
ンメーカー』以来、8年ぶりの監督に復帰したことが発表さ
れた。発表によるとこの作品は、ルーマニア人の作家ミアシ
ャ・イリアデ原作の英題名“Yuoth Without Youth”という
中編小説を映画化するもので、製作費は全て自己資金で賄う
低予算作品とされている。
 内容は、第2次大戦前の暗黒の時代を背景に、世情の激変
によって逃亡者となり、生活の全てを変えなければならなか
った一人の大学教授の人生を描いたもの。これにより主人公
は、祖国ルーマニアから、スイス、マルタ、そしてインドへ
と旅を続けたというものだ。出演者には、ティム・ロス、ア
レクサンドラ・マリア=ララ、ブルーノ・ガンスらの名前が
上がっている。撮影は10月3日にブカレストで開始された。
 なお原作には、1920年代のシュールレアリズムの影響も見
られるそうで、その辺をコッポラがどのように処理するかに
も注目したい。また最近は、娘ソフィアの監督に注目の集ま
ることの多かったコッポラ家だが、ここらで父親の実力も見
せてもらいたいところだ。
 それにしても、主人公はインドまで旅するようだが、言わ
れているような低予算作品で、そのようなロケーション撮影
は一体どうするのだろうか。
        *         *
 『デイ・アフター・トゥモロー』では、新たな氷河期の到
来の恐怖を描いたローランド・エメリッヒ監督が、今度は前
の氷河期を舞台にした物語を描くようだ。この作品は、エメ
リッヒと、『デイ・アフター…』の音楽も手掛けた作曲家の
ハラルド・クローサーが考えた物語を映画化するもので、題
名は“10,000 B.C.”。氷河期に掛かる先史時代の人類にお
ける3つの進化の段階を描くとするものだ。
 具体的な物語は、原始人たちの集団の中で暮らす21歳の若
者を主人公に、彼らは毎年彼らの居住地を移動するマンモス
を狩って生活をしていたが…というお話。エメリッヒ=クロ
ーサーの原案からジョン・オルロフが脚本を執筆し、撮影は
来年2月にアフリカで開始される。
 なお、先史時代を描く作品では、先にメル・ギブスンが、
西欧人が渡来する前のマヤ文明の物語“Apocalypto”を古代
マヤ語の台詞で撮影するとして話題になっているが、本作の
台詞は英語で撮影されるということだ。ただしエメリッヒの
意向で、出演者には無名の俳優を使うことになっており、そ
の選考は10月後半に行うとしている。
 製作は、エメリッヒと彼の永年のエージェントだったマイ
クル・ウィマーが今年4月に設立したセントロポリスが行う
もので、ソニーが配給する。
 なお、題名からは“One Million B.C.”を連想したが、さ
すがに人類の祖先が恐竜と戦うような荒唐無稽のものではな
いようだ。しかし、巨大なマンモスを登場させるとなれば、
やはりそれなりのVFXも必要とされるはずで、エメリッヒ
とソニーの関係では、“Godzilla”で培った技術を発揮して
もらいたいもの。特に、マンモス狩りのシーンには期待した
いところだ。
        *         *
 『トレジャー・ハンターズ』(Without a Paddle)で主人
公トリオの1人を演じた俳優のダックス・シェパードは、脚
本家としても認められている人だが、彼の新作で日本を舞台
にした“Get'Em Wet”という脚本が、パラマウントで映画化
されることになった。
 お話は、アメリカでバスタブのトップセールスマンとなっ
た男が、その販路拡大のため日本にやってくるというもの。
当然そこから始まる日本の商慣習や風俗とのカルチャーギャ
ップを題材としたものになるようだが、大体、風呂場の構造
からして違う日本にバスタブのセールスとは飛んでもないこ
とを思いついたものだ。
 日本の風俗を描いた作品では、昨年のアカデミー賞で、ソ
フィア・コッポラ脚本、監督の『ロスト・イン・トランスレ
ーション』が話題になったが、本作はその本格コメディ版と
いうことにもなりそうだ。
 なお脚本は、やはり俳優のウィル・アーネットとの共作に
よるもので、2人は映画化の主演にも起用されることになっ
ている。またシェパード+アーネットのコンビでは、すでに
“You Are Going to Prison”という作品を完成していて、
本作は続編ではないが、それに続く作品になるものだ。
 またシェパードは、俳優としてはソニーの“Zathura”に
出演している他、レヴォルーションとハッピー・マディスン
が製作する“Guerilla Photographer”の脚本を提供。また
『トレジャー…』のスティーヴン・ブリル監督と共に、パラ
マウントに向けて“Space Race”という脚本も提供している
ようだ。またアーネットは、ソニーから来年3月に全米公開
されるロビン・ウィリアムス主演の大型コメディ“RV”に出
演している他、“Dad Can't Lose”というパラマウント作品
と、“Most Likely to Succeed”というユニヴァーサル作品
にも出演している。
        *         *
 1988年の『グッド・モーニング・ベトナム』で、ロビン・
ウィリアムスを本格的に世に送り出したバリー・レヴィンソ
ン監督が、再びウィリアムスを主演に迎えて、“Man of the
Year”という作品を年末から撮影することが発表された。
 この作品は、深夜の政治討論番組のホストを務める主人公
が、大統領批判を繰り返すうちに政争に巻き込まれて行くと
いうもの。レヴィンソンの政界コメディでは、1997年の『ウ
ワサの真相』以来になるということだが、今回はレヴィンソ
ンが書き上げた脚本をウィリアムスに送ったところ、そのコ
メディの良さに直ちに彼が反応したというものだ。なおレヴ
ィンソン+ウィリアムスのコンビでは、1992年の『トイズ』
も作られている。
 撮影は年末に開始の予定だが、セット撮影はカナダのトロ
ントで行われ、その後に屋外シーンの撮影がメリーランドと
首都ワシントンでも行われるということだ。なお、製作会社
はモーガン・クリークで、同社の作品はアメリカ国内はユニ
ヴァーサル、海外は自社が配給権を持つことになるようだ。
 因にウィリアムスは、現在は来年3月17日に全米公開予定
のバリー・ソネンフィルド監督による大型コメディ“RV”を
撮影中となっていた。
        *         *
 2004年4月1日付第60回で紹介したテレビシリーズからの
スピンオフ作品“Serenity”が9月末に公開され、1週目に
1000万ドル=全米第2位の興行を記録したジョス・ウェドン
監督が、新たに“Goner”という脚本でユニヴァーサルと契
約を結んだことが発表された。
 この作品についての詳細な内容は不明だが、“Buffy the
Vampire Slayer”などを手掛けてきたウェドンが得意とする
超自然の現象に立ち向かう若い女性を主人公にしたもので、
彼女の恐怖とヒロイズムを巡る「旅」が描かれるとされてい
る。そして“Serenity”より暗いトーンに包まれたものにな
るということだ。と言っても“Serenity”が未公開の日本で
は、どう解釈していいか判らないのだが…
 ただしウェドンには、その前にワーナーとの間でDCコミ
ックスを映画化する“Wonder Woman”の契約が結ばれている
はずだが、今回の記者会見では、「ワンダー・ウーマンは、
自分にとって常にシンボル的存在だが、自分には全ての権利
が与えられており、それをいつ実現するかは自分で決める」
として、期日などの明言は避けたようだ。まあ、ワーナーが
それを認めているのなら仕方がないことではあるが、ファン
にとってはあまり長く待たされたくはないし、出来るだけ早
く取り掛かってもらいたいものだ。
 それから、ついでにテレビシリーズの情報だが、出演者の
大半が入れ替わった“Buffy the Vampire Slayer”は、今後
はジェームズ・マースターズが演じているパンクヘアの吸血
鬼=スパイクに焦点を当てたシリーズが続いて行くことにな
るようだ。



2005年10月14日(金) 女は男の未来だ、秘密のかけら、僕のNYライフ、ダイヤモンド・イン・パラダイス、少林キョンシー、七人のマッハ、トレジャー・ハンターズ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『女は男の未来だ』(韓国映画)
ホン・サンス監督による2004年カンヌ映画祭コンペティショ
ン部門の正式出品作品。
サンス監督の作品では、2000年以降の『オー!スジョン』と
『気まぐれな唇』は見ているが、各映画祭で受賞した1990年
代の2作品は見ていない。また、見ている2本はいずれも男
女の関係を描いたもので、特にその大胆なベッドシーンの描
写には驚かされたものだ。
そして今回の作品もベッドシーンはもちろん健在だが、監督
は以前にも増してシニカルに男女の関係を見ているようで、
ますます面白くなってきたような感じがする。
登場人物は、大学の美術講師の男と、その先輩で映画監督の
男。映画監督がアメリカから帰国して美術講師の家を訪ねる
が、過去に経緯があったらしい講師の妻は監督を家に上げる
ことを許さない。しかし講師は監督を庭にまでは引き入れ、
初雪を踏ませ、プレゼントという。この辺りは意味深だ。
そして2人は、近所の中華料理屋で酒を酌み交わしながら思
い出話を始めるが、交互に給仕の女性を口説くなど本性が現
れてくる。やがて話は、監督が渡米前につきあっていたソナ
のことに及び、2人は彼女の住む町に向かうことになるが…
他愛ない会話と、そこに潜む厳しい現実。女は男を忘れてい
ないが、男はそんな女の気持ちに応えられず、ぐずぐずした
ままちょっとした行き違いで全てを失って行く。願望と現実
が交錯して、現実の厳しさが突きつけられる。
物語全体は、喜劇と言うほどではないが軽い小噺集のように
作られている。しかし、その小噺の積み上げがぐさぐさと刃
を突き立ててくる。サンス監督の作劇は、ある意味男女の関
係に絶望しているかのようにも見えるが、監督の現実はどう
なのだろうか。
出演は、サンスの分身とも言える映画監督役に『JSA』な
どのキム・テウ、美術講師役に『ナチュラル・シティ』など
のユ・ジテ、そしてソナ役は元準ミスコリアで本作が初主演
のソン・ヒョナ。それぞれ駄目な男と駄目な女を見事に演じ
ている。
監督の新作『映画物語』は、今年のカンヌ映画祭のコンペテ
ィション部門に2年連続で出品されたようだが、この物語の
先に何があるのか早く見てみたいものだ。

『秘密のかけら』“Where the Truth Lies”
2003年7月に『アララトの聖母』を紹介しているアトム・エ
ゴヤン監督の最新作。
実はエゴヤンの作品は、今回より前には『アララトの聖母』
しか見ていない。その感想は以前に書いているが、東欧から
の移民の子であることや前作の印象で、何となく政治的な背
景の強い人のような印象を持っていた。
ところが今回の作品は、元々が2004年のネロ・ウルフ賞を受
賞したというミステリー小説の映画化であり、しかも背景が
1950年代のアメリカ芸能界と1970年代のハリウッドというこ
とで、僕には興味津々、実に楽しめる作品だった。
発端は1972年。1人の女性新進ジャーナリストが、15年前の
とある事件の謎を追求しようとしていた。それは当時女子大
生だった女性の死にまつわるもので、その事件は、チャリテ
ィにも熱心だった人気コンビの解散につながった、とも言わ
れていた。
取材の過程でコンビの一方に面会した彼女は、彼が執筆中だ
という自伝の原稿を渡されて、記事をまとめても無駄になる
と言われてしまう。しかしコンビの他方と面会した彼女は、
100万ドルの契約金で全てを語るという約束を取り付ける。
ところが彼女が取材を進めるうちに、事件は思わぬ方向へと
進展して行く。そしてついに事件の全貌が明らかにされるの
だが…映画はその事件の顛末の謎解きを、2つの時代を交差
させながら見事に描き挙げたものだ。
主人公のジャーナリストを演じるのはアリソン・ローマン。
『ホワイト・オランダー』や『マッチスティックメン』では
あっと驚く演技を見せてくれたローマンだが、今回は成熟し
た女性の役で、今までとはかなり違った雰囲気を見せる。
そして取材対象のコンビを演じるのが、ケヴィン・ベーコン
とコリン・ファース。2人はそれぞれ15年の時間を置いた役
を演じているが、特にファースの変容ぶりは見事だった。ま
た、ベーコンの控え目ながらも確実に年を経た雰囲気は完璧
と言えるものだ。
そしてこの2人が、歌や掛け合いで進めるチャリティテレソ
ンのシーンは、見事に当時のテレビショーの雰囲気を再現し
たもので、また、当時の芸能界の裏話的エピソードも、なる
ほどありそうと思わせてくれて楽しめるものだった。
以下にネタばれあります。
1950年代の話ということで、そこには差別や偏見など、今以
上に厳しかった世間の対応が描かれる。本作はそれに翻弄さ
れた人々の物語でもある。しかし監督は、その物語の中に人
間としての暖かさや優しさを盛り込み、つらかった人々を思
いやっている。
しかも、表面的には見事に謎解きの推理ドラマであり、映画
的な仕掛けも絡めて見事な作品と言えるものだ。また、ロー
マンにも彼女らしいシーンが用意されていたのには、思わず
ニヤリという感じだった。


『僕のニューヨークライフ』“Anything Else”
ウディ・アレン監督・脚本・出演による2003年の作品。
ニューヨークの芸能界を背景に、売れないコント作家と同棲
相手の女優の卵、彼女の母親と作家のマネージャ、そして、
やはり売れない先輩コント作家などが繰り広げる人間模様。
この主人公の作家をジェイソン・ビッグス、女優の卵をクリ
スティーナ・リッチが演じ、その母親役がストッカード・チ
ャニングと、マネージャをダニー・デヴィート、先輩作家を
アレンが演じている。
アレンの作品では、2000年の『おいしい生活』以降の近作は
見ているが、それ以前のアカデミー賞の常連だった頃の作品
は、何となく自分のアレン観に合わない気がしてあまり見て
いなかった。
従って、今回の作品が『アニー・ホール』を髣髴とさせると
言われても、僕としては否定も肯定もできないのだが、取り
敢えずこの映画では、アレン自身を思わせる主人公の右往左
往ぶりが微笑ましく、その雰囲気がいたく気に入ってしまっ
た。
また、ニューヨーク派のアレンらしく、市中の各所で撮影さ
れたシーンも素敵に描かれており、映画の宣伝文の「ニュー
ヨークへのラブレター」というのも頷ける。
ところが実際は、去年と今年のアレンの最新作2本はロンド
ンで撮影されていて、それを考えるとこの作品は、「ニュー
ヨークへの置き手紙」のような気もしないでもない。映画の
内容にも、ちょっとそんなニュアンスも感じられた。
それにしても饒舌な作品で、主人公たちはのべつまくなしに
喋り続ける。その内容は、機知に富んでいたり、どうでもい
い話だったり、切羽詰った言い逃れや、いい加減な言い訳な
ど状況もばらばらで、これを理解して演じるのはかなり大変
だったと思われる。
しかもプレス資料によると、アレンはかなりの完璧主義者だ
ということで、これは、特に若いビッグスとリッチには、相
当のプレッシャーだったはずだ。しかし映画が完成している
ということは2人はそれを克服したのだから、これも素晴ら
しいことと言える。
『アメリカン・パイ』で人気者になったビッグスも、『アダ
ムス・ファミリー』の出身のリッチも、まだまだ若手という
印象が強いが、この映画でのアレンの眼鏡に叶った2人の演
技も楽しみたいところだ。

『ダイヤモンド・イン・パラダイス』“After the Sunset”
007のピアーズ・ブロスナンと、『フリーダ』のサルマ・
ハエック、それにウッディ・ハレルソンの共演で、引退を決
めた宝石泥棒と彼の目の前にぶら下がった最後の宝石を巡る
物語。監督は、『ラッシュアワー』『レッド・ドラゴン』の
ブレット・ラトナー。
ナポレオンの剣の柄に填め込まれていたという3個の巨大な
ダイヤ。それぞれ数100万ドルとも言われるそのダイヤを、
FBIの目の前から次々に盗み出した怪盗。しかもこの男、
アリバイづくりの名人とも言われ、それゆえ状況証拠だけで
は逮捕も不可能だった。
しかし3個のうち2個のダイヤが彼の手に入ったとき、パー
トナーの女性は引退を要求、彼は自分の年齢も考えて2人は
パラダイスの島で悠々自適の生活を送るようになる。そして
女性は、その島での生活を謳歌するようになるのだが…
そんなとき1人の男が彼を訪ねてくる。その男こそ、彼が出
し抜いて何度もその眼前からダイヤを盗み出したFBIの捜
査官。島では捜査権がないことを承知で接近してきた男は、
彼に3個目のダイヤが島に寄港するクルーズ船で展示される
という情報をもたらす。
その情報には、彼にそのダイヤを狙わせ、その現場で逮捕し
ようという作戦が見え見えだったが…もちろんパートナーは
その仕事に猛反対、しかし彼の中では仕事に虫が動き出す。
そして地元の警察や顔役までもが登場して、虚々実々のドラ
マが展開する。
この怪盗をブロスナン、パートナーをハエック、捜査官をハ
レルソンが演じ、他に、『オーシャンズ11』のドン・チード
ル、『28日後...』のナオミ・ハリスらが共演。
怪盗ものといっても、007や『ミッション・インポッシブ
ル』のような大仕掛けがある訳ではない。ただしそこそこの
仕掛けは登場し、それが逆に現実味もあるのだが…まあその
辺が微妙なところと言えるかも知れない。
ブロスナンも、007で見せる精悍さと言うよりは、多少は
老境が入っているという感じで、特にハエックに振り回され
ている感じは面白かった。バハマで撮影された海洋シーンも
美しく、大作映画でないことを納得すれば、それなりの作品
という感じだろう。
また、チームは2人の個人営業なのに、うまく外部の組織を
利用して情報を集めさせるなど、いわゆるアウトソーシング
をしているところは、最近の経済活動などにも通じるところ
があって、その辺にも興味を引かれた。

『少林キョンシー』“少林疆屍”
1980年代の後半に日本でも一大ブームとなった中国製ゾンビ
=キョンシー映画の久々の復活版。本家本元の香港で2004年
に製作された作品ということだ。
以前のブームの時には、元祖の『霊幻道士』シリーズは見た
記憶がある。サモ・ハン・キンポー製作によるこのシリーズ
は、アクション+コミカルな要素もうまくアレンジされて、
実に楽しめるものだった。
そのキョンシー・ブームは1990年代の前半には消滅していた
ようだが、今回の作品は、当時のイメージそのままにそれが
復活したものだ。
キョンシーとは、他所で死んだ人の遺体を故郷に連れ帰るた
め、輸送手段もない時代に、その遺体を一時的に復活させ、
霊幻道士の先導で夜間に行列を作って故郷へと向かって行く
もの。多分、子供に夜遊びをさせないための親の作り話なの
だろうが、何となく理に適っていて昔もなるほどと思ったも
のだ。
そのキョンシーと霊幻道士の一団がとある村に差し掛かる。
その村には徒ならぬ妖気が漂っていた。そして彼らは浮かば
れない霊魂の集団に襲われ、あわやというところに別の道士
が現れて霊魂たちを退治してしまうのだが…そのやり方はか
なり手荒いものだった。
実は、後から来た道士は主人公の兄弟子だったが、師匠は息
子でもあるその男には跡を継がせず、主人公に跡を譲ったの
だった。そんな確執のある2人の道士を巡って、強大な力を
持つ妖魔との闘いが始まる。
賑やかな食堂での食事が、突然飛んでもないものに変ってし
まう昔ながらのエピソードに始まって、ワイヤーアクション
や、最後はディジタルエフェクトまでも投入しての大アクシ
ョンが展開する。また題名の通り、少林寺ばりの集団演武も
見られるというサーヴィスてんこ盛りの作品だ。
キョンシーの衣装や主人公の服装などは昔のまま。助手の女
性の衣装の露出が多少増えたかなという程度で、風景や雰囲
気なども昔のままというのは、その伝統の重さのようなもの
も感じられて感心するところだった。
ただまあ、上記の通りサーヴィスてんこ盛りなのは良いのだ
が、上映時間が2時間2分というのはいささか長い。その分
アクションは堪能できるので、そのファンの人には良いのか
もしれないし、コストパフォーマンスは間違いなく良いと思
えるが、見るには多少体力の要る作品にも思えた。

『七人のマッハ!!!!!!』(タイ映画)
2004年5月31日付で紹介した『マッハ』に主演のトニー・ジ
ャーの師匠であり、同作のアクション監督も務めたパンナー
・リットグライが、原作、監督、アクション監督を手掛けた
作品。原題には、リットグライが自主製作したデビュー作の
題名が付けられているそうだ。
国境近くの村を舞台に、武装ゲリラとの闘いを、サッカー、
セパタクロー、体操、ラグビー、テコンドーなど本物のタイ
国チャンピオンたちの演技を交えて描いた作品。
主人公はバンコク警察の刑事。テコンドーの名手でもある彼
は、大きな犠牲と引き換えに大物活動家の逮捕に成功する。
しかし、その犠牲へのショックの癒えない彼は休職し、やは
りテコンドーの使い手の妹と共に、国境の村への慰問活動に
同行することとなる。そしてその慰問団には、いろいろな競
技のアスリートたちも参加していた。
ところが、その慰問活動も終りかけた頃、突如武装ゲリラが
村を襲い、村人を虐殺しながらその模様を閣議の場にネット
中継するという事件が勃発する。そしてゲリラの要求は、先
に逮捕された大物活動家の身柄を開放させることだった。
この武装ゲリラに、徒手空拳のアスリートたちが闘いを挑む
姿が描かれて行く。
まあ、テコンドーは当然として、サッカーやセパタクロー、
ラグビーなどの技も想像できるが、体操は…結局はこれもま
あ予想通りであったりはしたが、それなりにうまくアレンジ
されていて面白く見られた。逆に体操の技が決まったときの
方が、見た目も美しく良い感じだったとも言える。
そんな訳で、結構楽しく見られる作品だったのだが、実は見
ている間に、段々その描き方のシリアスさに、ただの娯楽を
超えた意志のようなものが感じられて、居住まいを正す気持
ちにさせられた。
実際、ゲリラが無差別に村人を虐殺するシーンには、単なる
ドラマ以上の迫力が感じられ、反撃しようとする主人公たち
の思いが通常のヒーロー映画の感覚以上に迫ってきて、その
気持ちに共感させられるところが大きかった。
実は、反撃の切っ掛けには、タイ国歌が流れたり、国王の肖
像画が登場したりしてナショナリズムの発露のようにも見え
る。しかしこの映画から感じるのは、もっと根元的な自分の
住む場所を守ろうとする気持ちの現れであり、それは抽象的
な国家とは異なるものだ。
言い換えれば、愛国と称して戦犯を奉った神社を参拝するよ
うな見てくれだけではない、真の愛国心をこの映画は見せて
くれているようにも感じられた。
僕自身は非戦論者だし、この映画では多分無惨に殺されてし
まう村人の一人だろうとは思うが、見ていて、こんな愛国心
なら自分にもあるのかな、とも感じさせられた。
考えてみたら、最近いろいろと公開されるタイ映画は、どれ
も真剣に作られているものばかりで、生半可な態度で作られ
たような作品は思いつかない。その辺は、島国根性で国民皆
がボーとし、ヒトラーもどきに支配を許している国とは違う
世界のようにも感じた。
なお劇中には、タイ映画の特徴でもある爆破シーンもたくさ
ん用意されているので、その辺も充分に堪能できる。特に、
前半に登場する斜面の村の大破壊シーンは、ジャッキー・チ
ェン主演の1985年作『ポリス・ストーリー』を髣髴とさせて
見事なものだった。

『トレジャー・ハンターズ』“Without a Paddle”
ある切っ掛けで再会した30歳前後の3人の男が、子供の頃に
目指していた宝の在処を求めて大冒険を繰り広げるアドヴェ
ンチャー・コメディ。
『ミニミニ大作戦』のセス・グリーン、『スクービー・ドゥ
ー』のマシュー・リラード、それにテレビの人気者のダック
ス・シェパードが主演し、『リトル★ニッキー』『Mr.ディ
ーズ』などのスティーヴン・ブリルが監督した。
主人公たちは、子供の頃には樹上の秘密基地を作るなどもし
た4人組だったが、それぞれは成長して町を離れ、そろそろ
落ち着かなければならない年代に差し掛かっていた。
そんな折、仲間の1人の死が伝えられ、葬儀の場で再会した
3人は昔の基地を再訪。そこで死んだ仲間が子供の頃に探し
ていた宝の在処を割り出し、その場所に向かおうとしていた
ことを知る。そして3人は、弔いも兼ねてそこを目指すこと
にするが…
大柄のリラードとシェパード、それに小柄なグリーンという
凸凹3人組が、最初は軽い気持ちで出発点の川に行き、そこ
からカヌーで川下りをして目的地を目指すのだが、そこには
飛んでもない出来事が待ち受けていた。
実は、共演者にはバート・レイノルズがいて、全体の流れは
1972年のレイノルズの出世作『脱出』のパロディのようにも
なっているのだが(レイノルズは30年山を下りなかった男と
いう設定だ)、そこには現代的なアレンジもいろいろあって
楽しめた。
監督のブリルについては、上記の作品はどちらもアダム・サ
ンドラーの主演で、僕はどちらもあまり気に入っていなかっ
た。その点で多少心配したのだが、本作は実にストレートな
アクション・コメディで、気持ち良く笑える作品だった。
実際、物語の展開にも無理がなく、多少のシモネタもあるが
下品というほどではないし、それに川下りのアクションもか
なり爽快で、その意味でも結構楽しめたものだ。
また、本来は巻き込まれ型のグリーンの役柄が、終始おたお
たしながらも活躍するというのも良い感じで、友情のあり方
もうまく表現されていた。
主人公たちと同世代の男性は、一番映画を見ない世代かも知
れないが、特に彼らにお勧めしたい作品と言えそうだ。




2005年10月01日(土) 第96回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回も訃報からになってしまった。
 1965年から70年まで放送され、一世を風靡したとも言える
スパイ・パロディ“Get Smart”(それ行けスマート)で、
主人公のエージェント86号=マックスウェル・スマートを演
じ、初年度から3年連続のエミー賞にも輝いたコメディ俳優
ドン・アダムスが、骨のリンパ腫と肺疾患の併発により2年
間の闘病の末亡くなった。享年82歳。
 映画の『007』、そしてテレビの『ナポレオン・ソロ』
のパロディとして製作された“Get Smart”は、実は企画が
メル・ブルックスとバック・ヘンリーという後に映画界にも
進出する作家たちによるもので、革靴の裏にダイアルのある
シューズフォンなど、微妙なセンスの光る見事なドタバタコ
メディだった。
 これに主演したアダムス(本名ドナルド・ジェイムズ・ヤ
ーミー:因に、Adamsは最初の夫人の苗字で、オーディショ
ンを受ける際にはアルファベット順で呼ばれることが多く、
Yarmyでは待ちくたびれるので芸名を付けたそうだ)は、ニ
ューヨークの出身。第2次大戦後にスタンダップコメディア
ンとしての評価を得てオーディション番組に応募、そこで優
勝し、ヴァラエティ番組『ペリー・コモ・ショウ』のコント
コーナーなどを経てスマートの役に抜擢されたものだ。
 また“Get Smart”の終了後には、71年の“The Partner”
(二人はパートナー)を始め、いくつかのシリーズに主演す
る傍ら、“Get Smart”でエピソードを監督した経験を活か
してCM監督にも進出、CM業界では最高の栄誉と言われる
クリオ賞で監督部門の受賞も記録されている。さらにテレビ
アニメーションの声優も担当しており、初期に“Tennessee
Tuxedo”と、後年にはマシュー・ブロデリック主演で実写映
画化もされた“Inspector Gadget”の主演を90年代の終わり
まで務めていた。
 一方、“Get Smart”では、1980年に劇場版の“The Nude
Bomb”(0086 笑いの番号)に主演、その後2本のTVムー
ヴィと、95年のリヴァイヴァルシリーズにも出演している。
なおリヴァイヴァルシリーズでは、スマートはバーバラ・フ
ェルドン扮するエージェント99号と結婚してチーフの職にあ
り、父の跡を継いだ息子のザックがスニーカーの裏にプッシ
ュボタンの付いたスニーカーフォンを使っていたそうだ。
 そして現在、2004年8月15日付の第69回でも紹介したよう
に、この“Get Smart”の再度の劇場版の計画が『ブルース
・オールマイティ』などのスティーヴ・カレルの主演で計画
されている。この作品は、2006年の公開予定でまだ製作開始
が伝えられないのは気になるところだが、それは別として、
できればアダムスには顔だけでも出してほしかったものだ。
それが叶わなかったことには残念と言う他はない。
 ご冥福をお祈りしたい。
        *         *
 以下はいつもの製作ニュースを紹介しよう。
 まずはアニメーションの『マダガスカル』が、アメリカ国
内の興行収入約2億ドルに加えて、海外でも3億ドル以上の
大ヒットを記録したのを受けて、その続編の計画がドリーム
ワークス・アニメーションから発表されている。
 同作の関連では、すでに脇役として登場したペンギンたち
を主人公にしたスピンオフ作品が製作、公開されているが、
この作品は基本的にはDVDセル用に製作されたもので、今
回の発表は正真正銘の劇場公開向けの続編の計画ということ
だ。といっても、具体的な内容は未発表。ただし続編と言う
からには、あのエンディングの後の物語になるはずだが…
 実は今回の発表で、主人公4人組の声の出演者の内、ベン
・スティラー、クリス・ロック、ジェイダ・ピンケット・ス
ミスの3人は再演が決定し、もう1人のデイヴィッド・シュ
ウィンマーも交渉中となっていて、その上、サシャ・バロン
・コーエンとセドリック・ジ・エンターテイナーにも交渉が
行われているということだ。因に、最後の2人が演じたのは
マダガスカル島の住人だったもので、ということは…さて、
どんなお話になるのだろう。
 オリジナルで、共同脚本と共同監督を担当したエリック・
ダーネルとトム・マクグラスのコンビとの契約もすでに行わ
れていて、劇場向け続編の全米公開は2008年末の予定になっ
ている。
 また、今回の発表に関連して、現在ドリームワークス・ア
ニメーションが手掛けているCGIアニメーションの製作コ
ストは、1本当り1億1000万ドルから1億3000万ドル掛かっ
ていることが報告された。ということは、他の諸経費を合せ
ると5億ドルの興行収入でも余り順調とは言えないようなの
だが、CGI技術の進歩によってこの製作コストは削減の方
向に向かっており、これからもCGIアニメーションの製作
は続けて行く意向と言うことだ。
        *         *
 お次は、大富豪ハワード・ヒューズの生涯を描いた『アビ
エーター』では、今年のアカデミー賞で揃って涙を呑んだマ
ーティン・スコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオが、
製作中の“The Departed”(『インファナル・アフェア』の
リメイク版)に続いて、またもや歴史上の人物の映画化に挑
むことが発表された。その人物は、テディの愛称でも知られ
る第26代合衆国大統領セオドア・ルーズベルト。
 この計画は、エドマンド・モーリスがピュリッツァー賞を
受賞した著作“The Rise of Theodore Roosevelt”を映画化
するもので、脚色には、2003年公開の『白いカラス』などの
ニコラス・メイヤーが当ることになっている。
 内容は、ルーズベルトの若き日を年代的に追うもので、ハ
ーヴァード出身だが、政界ではさほどの実力者でもなく、体
格も華奢だった男が、義勇騎兵隊に参加して逞しい司令官に
変身し、ニューヨークの知事から副大統領、そして前任者ウ
ィリアム・マッキンリーの暗殺によって大統領の座に就くま
でが描かれる。因にメイヤーは、「原作の第1ページから、
大袋のポップコーンが欲しくなる映画のような波乱に満ちた
物語だ。脚色は25歳の時点から始めて、彼の変身して行く姿
を描く」としている。
 愛称でも判る通り最も敬愛されている大統領の一人とも言
われるルーズベルトだが、スコセッシとディカプリオはこれ
で念願のオスカーに手が届くのだろうか。
 なお、この作品が実現すると、スコセッシとディカプリオ
のコンビによる作品は、2002年の『ギャング・オブ・ニュー
ヨーク』から始まって4本目となるものだ。
        *         *
 主人公を演じたケート・ブランシェットにオスカー候補を
もたらすと共に、作品賞を含む全部で7部門の候補となり、
メイクアップ賞を受賞した1998年公開の映画『エリザベス』
の続編が製作されることになった。
 この続編は、“The Golden Age”と題されているもので、
前作で16世紀の英国女王となったエリザベス1世のその後の
治世の様子が描かれる。脚本はマイクル・ハーストとウィリ
アム・ニコルスン。なお、ハーストは前作も執筆している。
 そして監督には、前作を手掛けたシャカール・カプールが
再登板し、主演のブランシェットと相手役のジェフリー・ラ
ッシュの再登場も決定している。さらに本作ではクライヴ・
オーウェンが新登場して、女王との信頼関係を築く探検家の
ウォルター・ローリー卿を演じことになっている。
 ワーキング・タイトルとユニヴァーサルの共同製作で、来
年4月の撮影開始が計画されているものだ。
 因に、この作品が動き出すと、ワーキング・タイトル社で
は同時期にジョー・カーナハン監督の“Smokin' Aces”と、
ポール・グリーン・グラス監督の“Flight 93”の製作も行
っている他、同社が製作した映画『リトル・ダンサー』のブ
ロードウェイ・ミュージカル化も手掛けることになり、会社
としてはかなり繁忙な状態になるということだ。
        *         *
 日本では来年3月公開が予定されている“The Chronicles
of Narnia: The Lion, the Witch and the Wardrobe”(ナ
ルニア国物語)を共同製作しているディズニーとウォルデン
・メディアからもう1本、児童文学の映画化の計画が発表さ
れた。
 この計画は、キャサリン・ピータースンが1977年度のニュ
ーべリー賞を受賞した“Bridge to Terabithia”を映画化す
るもので、物語は、11歳の少年と、ちょっと悪餓鬼のその友
達を中心に、彼らが見つけた異世界を巡るもの。そこには巨
人やトロルなどの不思議な住人たちが暮らしていた…という
ことで、『ナルニア』にもつながる異世界ファンタジーとな
りそうだ。
 そして映画化では、ジェフ・ストックウェルが脚色を担当
し、人気テレビシリーズの劇場版第3作で2003年に製作され
た“Rugrats Go Wild!”などのアニメーション監督ガボール
・クスポが実写作品を初監督することになっている…と紹介
記事にはあったが、手持ちのガイドブックでは、“Rugrats
Go Wild!”は別の監督名になっていたようだ。
 撮影は来年2月にニュージーランドで開始の予定で、公開
は2007年春と発表されている。なお配給は、アメリカ国内を
ディズニー、海外はウォルデンが担当するということだ。
 因にディズニーとウォルデンでは、2003年にアンドリュー
・デイヴィス監督のドラマ“Holes”と、ジェームズ・キャ
メロン監督によるIMAX-3Dドキュメンタリー『タイタニック
の秘密』を共同で手掛けており、今年公開のジャッキー・チ
ェン主演『80デイズ』でも協力しているが、包括契約を結
んでいる訳ではなく、1作品ごとの契約をしているものだ。
        *         *
 続けてウォルデン・メディアの話題で、ハリスン・フォー
ドを主演に迎えて、1865年のリンカーン大統領暗殺事件にま
つわる謎を追求した作品の映画化が発表されている。
 この作品は、ワシントン在住の作家で弁護士のジェームズ
・L・スワンスンが執筆した“Manhunt: The 12-Day Chase
for Lincoln's Killer”に基づくもので、暗殺から12日後に
ヴァージニア州の農家の納屋で犯人ジョン・ウィルクス・ブ
ースが逮捕されるまでの経過を、その追跡捜査を指揮したエ
ヴァートン・コンガー陸軍大佐の目を通して描くもの。その
描写は、時間を追った極めて克明なものだということだ。そ
して、この歴戦の勇者でもある大佐の役をフォードが演じる
ことになっている。
 なお、スワンスンの原作は来年2月に発行予定だが、彼は
2001年にも同様の“Lincoln's Assassins: Their Trial and
Execution”という著作も発表しているということで、この
問題ではかなりの権威のようだ。監督は未定だが、脚色には
2000年の『小説家を見つけたら』などのマイク・リッチの担
当が発表されている。
 結局、この暗殺事件では、歴史的にはブースの単独犯行と
いうことになっているようだが、直後にアメリカは南北戦争
に雪崩れ込むなど、その影響の大きさには何らかの政治的な
関与も疑われているようだ。また、12日後に突然ブースが発
見される経緯にもいろいろ謎が多いということで、映画化さ
れたらかなり面白いものになりそうだ。
        *         *
 もう1本ウォルデン・メディアの計画で、『シュレック』
の共同脚本家の1人ロジャー・S・H・シュルマンの脚本に
よる“Tortoise and Hippo”という計画が発表されている。
 この計画は、昨年12月に発生したインド洋地震津波からヒ
ントを得たというもので、その際に被害を受けたインドの野
生動物保護区で撮影された1枚の写真に基づいている。その
写真には、高齢と思えるカメに寄り添うカバの赤ん坊の姿が
写されており、その写真を娘から見せられた映画製作者のマ
イク・メンケルが物語を思いついたということだ。
 その物語は、津波によって親とはぐれ、インドの動物保護
区に収容された赤ん坊カバが、親友となった100歳のカメと
共に、故郷アフリカを目指して危険な旅に出るというもの。
そしてこの物語の脚本化をシュルマンが契約したものだ。
 なお製作は、実写とフォトリアルのCGIアニメーション
の合成で行うということで、ウォルデンでは、『ナルニア国
物語』と、それに続いて現在製作中の“Charlotte's Web”
で培われた技術をさらに発展させたものにしたいと意欲を表
明している。
 またウォルデンでは、今が製作のベストタイミングと判断
しており、現状では監督も未定だが、出来るだけ早く陣容を
決めて早急に製作に掛かりたいということだ。
        *         *
 『ピーター・ラビット』などの絵本で有名なイギリスの作
家ベアトリクス・ポッターの生涯を描いた“Miss Potter”
の映画化が、レネー・ゼルウィガーとユアン・マクレガーの
共演で進められることになった。
 ポッターは1866年の生まれで、若い頃は毎年の休暇をスコ
ットランドやイングランドの湖沼地帯で過ごす以外は孤独な
暮らしを続けていた。しかし、その自然に包まれた暮し中で
出会った小動物たちの姿を水彩画で描き始め、やがて地元の
政治家の病気の娘に、そのイラストを添えた物語の手紙を送
ったことから、その手紙に目を留めた出版社により1902年の
“The Tale of Peter Rabbit”に始まる作品群が生み出され
た。なお、出版された本はポッター自身が装丁したもので、
そのサイズは、小さな子供が手に持って読むことができるよ
うに配慮されているということだ。
 そして今回の映画化に関しては、以前はブルース・ベレス
フォード監督と、ケイト・ブランシェットの主演で進められ
ていたものだが、その計画が頓挫し、その後をゼルウィガー
らが引き継ぐことになったもの。なお、ゼルウィガーは製作
総指揮も担当することになっている。製作会社はフェニック
ス・ピクチャーズ。
 また映画化は、実写にアニメーションの合成を加えて行わ
れるということで、監督には、1995年の“Babe”で大成功を
納めたクリス・ヌーナンが、同作以来の復帰を果たすことに
なっている。脚本は、トニー賞の受賞記録もある舞台監督の
リチャード・マルトビーJr.で、彼は“Miss Saigon”の作詞
家の1人でもあるそうだ。
 撮影は来年3月にイギリスで開始の予定。物語の時代背景
は19世紀末ということで、ヴィクトリア朝のイギリスの再現
にも興味を引かれるところだ。
 なおゼルウィガーは、日本ではラッセル・クロウと共演の
“Cinderella Man”が公開中だが、この後にはドリームワー
クス・アニメーションの“Bee Movie”の声の出演が控えて
いる。また、パン兄弟のオリジナルから中田秀夫がハリウッ
ドで監督する予定の“The Eye”のリメイク版への主演も発
表されているが、スケジュールはどうなっているのだろう。
        *         *
 またまたMGMからソニーへ移管された企画で、ベン・メ
ツリッチが執筆したノンフィクション“Bringing Down the
House: The Inside Story of Six MIT Students Who Took
Vegas for Millions”の計画が進められることになった。
 この物語は、原題の通りMIT(マサチューセッツ工科大
学)の6人の大学生が、コンピュータを駆使してラス・ヴェ
ガスのカジノに挑み、実際に数100万ドルを荒稼ぎした実話
に基づくもので、2003年の4月にその映画化権がMGMと契
約されていた。そして一時は“Breaking Vegas”の題名で、
ブレット・ラトナーの監督も決まっていたが、彼が“X-Men
3”に参加したために頓挫した企画の一つだったものだ。
 その計画がソニーで復活することになったもので、新たに
題名を“21”として、監督には、やはりMGMからソニーへ
移管された“The Pink Panther”のリメイクを手掛けたショ
ウン・レヴィの起用が発表された。また脚色は“Be Cool”
のピーター・スタインフェルドが担当している。
 さらにこの計画では、ケヴィン・スペイシー主宰のトリガ
ー・ストリート・プロダクションが製作に加わっており、ス
ペイシーは学生たちの指導者だったMITの教授を演じる意
向ということだ。
 なお、この作品では題名が次々に変っているものだが、原
作の“Bringing Down the House”という題名は、2003年に
クイーン・ラティファが主演した『女神が家にやってきた』
の原題と同じなので使用することはできないようだ。
        *         *
 後は続報で、まずは6月15日付第89回でも紹介した“The
Fast and the Furious 3”が“The Fast and the Furious:
Tokyo Drift”と公式に改題され、その主演に『プライド/
栄光の絆』のルーカス・ブラックの起用が発表された。
 この計画では、以前にも紹介したように前2作の出演者は
全く登場しないものだが、まだ若手とは言えそこそこ出演歴
のある俳優が出演することになったようだ。
 内容は、違法な改造車レースのレーサーだった男が、アメ
リカでの収監を逃れて日本にやってくる。そしてドリフトレ
ースのメッカ東京で再びレースを始めるが、そこで彼は自分
がやくざの仕掛けた裏社会の網に絡め取られていることに気
づくというもの。シリーズの第1作のヴィン・ディーゼルも
それに近い設定だったと思うが、多分その網から逃れる方向
の展開になるのだろう。
 監督は、前回報告した通り台湾出身のジャスティン・リン
で、出演者には監督の前作“Better Luck Tomorrow”に出演
したサン・カングとジェイソン・トービンも含まれている。
他にはラッパー出身のボウ・ワウや、ブライアン・ティー、
ニッキー・グリフィン、ナタリー・ケリーとあるが、この中
からディーゼルのようにブレイクする俳優が誕生するのだろ
うか。製作は10月に開始されるということだ。
        *         *
 もう1本、7月15日付第91回で紹介の“Hollow Man 2”
には、クリスチャン・スレーター、ローラ・レーガン、ウィ
リアム・マクドナルドに加えて、ピーター・ファシネリの主
演が発表されている。
 この作品は、2000年公開の『インビジブル』のその後を描
くものだが、今回の物語では、その後も続けられていた実験
にボランティアで参加して透明になった兵士が狂って殺人鬼
と化してしまい、同じく透明になった刑事がそれを止めるた
めに行動を起こすというもの。ファシネリはその刑事を演じ
るということだ。
 ジョール・スワッソンの脚本から、監督はクラウディオ・
ファーが担当。前作では、透明になる過程の描写が無気味で
美しかったものだが、今回はどうなるだろうか。
        *         *
 最後に、2本連続で撮影されている『パイレーツ・オブ・
カリビアン』の続編で、以前から取り沙汰されているローリ
ング・ストーンズのキース・リチャーズの出演について、一
旦はリチャーズ本人から出演はないとの発言が行われていた
ものだが、その後に共演のオーランド・ブルームから出演が
了承されたとの発言があったようだ。現状ではどちらが正し
いか不明だが、できればファンの期待に応えてもらいたいも
のだ。


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井口健二