せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2006年05月31日(水) 「罠の狼」稽古16日目

 場当たりのつづきと、小返し。そして、通し稽古。
 舞台上の小道具の位置とだんどりにやや戸惑いながら、だんだんカラダをなじませていく。
 劇場の壁や床をなでたり、ちいさなキズを見つけたりしている。この劇場と仲良くなりたいと思うときに、よくやることだけれど、今回は、劇中の「失った恋人」のイメージも重なって、壁の角にすがりついたりしている。かなりあやしい役作りかもしれない。
 稽古に参加できない檀くんの代役できてくれた聖太くんが、今日の通しから登場の檀くんに段取りを引き継いでいた。
 昨日の稽古では、すっかりセリフを入れての代役の芝居、すごいなあと思って見せてもらっていた。
 おしゃべりしていたら、友人の高山光乗くんと「グランドホテル」で共演しているとのこと。そういえば、テレビでやっていた「グランドホテル」の特番で高山くんの姿を探していたとき、よく似た、背格好の彼を見ていたような気がする。
 稽古場での代役をきっちりつとめて、引き継いだあと、通し稽古を客席から見ている彼の姿は、なんだかとてもかっこよかった。
 通し稽古は、全体の流れ、というか、僕の役の気持ちの流れがわかって、最後こんな気持ちになるんだということに、清木場さんと二人、納得する。こうなるんだねと。
 この気持ちにならなくちゃいけないから、そこまでどう持っていくかということではなく、積み重ねていったら、こうなったということを、二人で大事にして作っている、僕と清木場さんの「エクレア」だ。
 帰りの電車で、今日の芝居をふりかえし、もう一段、からだになじませておく。


2006年05月30日(火) 「罠の狼」稽古劇場入り

 今日からミラクル入り。当初の予定が一日前倒し。僕は、仕事のあと、遅れての劇場入り。すみません。
 仕込みがすんだあと、場当たりをしていく。
 「ミッシング・ハーフ」の稽古ですっかりおなじみだと思っていた空間だけど、客席をつくって、照明が吊られると、まるではじめてのような新鮮な印象。
 稽古場でのものとは違う、本番用の小道具や、実寸での位置の関係にとまどいながら、頭から芝居をからだになじませていく。
 終了予定時間を過ぎても、できるところまで行こうということになり、終電ぎりぎりまで場当たりをつづける。
 僕と同じくらい終電が早い清木場さんと二人で駅まで走る。
 一人になって、今日も電車の中で、今日の芝居のことを考える。何をやっただろうかと。水木さんからのダメだしを確認する。
 いつもフライングステージを見に来てもらっているみなさんに、どうぞ見に来てくださいというご案内のメールを送る。
 いつものフライングステージでの僕とは全然違う芝居をしているなあという実感と確信がある、今回の「罠の狼」。多くの人にぜひ見ていただけたらと思う。
 昼間の待ち時間に、明樹さんと話す。今回の芝居のこと、いつもと違う作り方をしている気がするということ、それをとても楽しませてもらっているということ。マイズナーのワークショップとの関連などなど……。
 芝居の中で登場する小道具の週刊誌。これまでは普通の週刊誌をそのまま使っていたのだけれど、小道具として白い紙をとじたものを作った。芝居の中で使ってみたら、イメージのわきあがりかたが全然ちがうことにおどろく。なぞるんではなく、今、思ったことを自然に大事にできるカラダになっているんだなあとおもしろい。


2006年05月29日(月) 「罠の狼」稽古14日目

 ファームの後半からラストまでを確認して、通してみる。
 全員そろって全部通すのは初めて。
 スタッフのみなさんが見てくれている前で、やや緊張しながら。
 エクレアの後半は、途中をずっと見ていた気持ちを抱えたまま始めることになるので、通してみないと正直どうなるかわからない。
 終わって、あ、こうなんだとわかったような気持ち。
 僕も清木場さんも、こんなことするの初めてだよねということをいろいろしあい、それを受け止め、返していきながら、それでもこれまでとはあまり違わない気持ちでラストにたどり着く。
 帰り、新宿まで檀くんとおしゃべり。なるほどねと思うことたくさん。
 一人になって、思うままにやってしまった、今日の芝居のことを確認していく。 なんでああなったのか。僕は、思いつくまま、感じるままにやったことでも、覚えていられなくてはいけないと思う方だ。きっちり、覚えて、その次、またやるときのよすがにする。なぞるということではなく、気持ちの流れを確認できるだけの余裕はいつも持っていたいと思う。
 いくつかのポイントで、どうしてこうしゃべるのかということが、いつもより自分の中で明確になっていたんだということがよくわかった。
 後半のエクレアは起伏の少ないエピローグのようなものだと思っていたのだけれど、ちっともそうじゃないんだということに気がついた。気持ちがあんなにどんどん動いていったんだもの。
 いつか清木場さんと、自主稽古のあいまに、「稽古ってしてみないとわからないもんだね」と話した。ほんとにそうだ。一人で考えていてどうにもならないことも、稽古場で実際にやってみると、想像もしないことが見えてくる。
 初日まであとわずか、わくわくしながら、芝居することを楽しませてもらっている。感謝。


2006年05月28日(日) 北千住

 劇作家協会の理事会。北千住のシアター1010の会議室。土田英生さん、マキノノゾミさんに、初めましてのご挨拶をして、永井さん、坂手さんと、あれこれおしゃべり。桟敷童子の東さんとご挨拶。よろしくお願いします。
 理事会終了後は、総会。初めて参加するので、やや緊張しながら、お話をうかがう。
 終了後、三条会が上演中のミニシアターをちょっと見せてもらう。とてもいいかんじの空間。大きさも手頃だし、いろんなことができそうだ。
 懇親会は失礼することにしたのだけれど、永井さん、青井さんと、階下の梅園でお茶というか甘いものをいただく。僕は豆かん。芝居の話をいろいろ。ごちそうさまでした。

 夜は、「ムーンリバー」の取材をかねて、古い友人と待ち合わせ。
 芝居づくりの具体的な相談ではないのだけれど、ああだこうだと、たあいもないおしゃべりをしながら、いろんなことを思い出す。
 今はほとんど毎日通っている北千住だけれど、初めて来たのは高校三年のときだったんじゃないだろうか?
 今も駅近くにある昔ながらの喫茶店「サンローゼ」で芝居の話をいつまでもしていた記憶がある。
 時々、前を通るのだけれど、入ってみることはない。今度、ひさしぶりに行ってみようかと思う。


2006年05月27日(土) 「罠の狼」稽古13日目

 衣装のもろさん、公子さんが来てくれる。津崎くんと檀くんの代役として上野聖太くんも。はじめまして。
 衣装の確認のあと、エクレアの後半からラストまで。
 この後半部分の芝居が、僕はまだちゃんとつかめてはいない。少なくとも前半のようには。あせらずに、腑に落ちるのを待っている。もう秒読みだと思うけれども。
 最後のフォーメーションの確認。どんなふうに僕はそこにいるのか。ジェストダンスを踊ることはないのだけれど、僕は、ずっと舞台上にいる。いるだけで何かになるような存在感、それともいるだけで何にもならなくていい存在感か。僕がしなくてはいけないこと、僕にできることを考える。

 ばたばたとお先に失礼して、大門さんのお見舞いに十条まで。
 まみぃと森川くんとの待ち合わせ。十条の駅から東十条までさくさく歩く予定が、なんだかんだとあわててしまい、すっかり道に迷う。雨の中、稽古場から駅まで歩き、さらに十条かいわいを延々と歩きへとへとになる。
 約束の時間に大幅に遅れて、なんとか森川くんに連絡をつけて、先に病院に行ってくれていた二人が大門さんと話しているところへ合流。
 鮮やかな赤いパジャマを着た大門さんは、顔色もよくって、ほっとする。入院までのあれこれや、芝居のこと、それから、「ムーンリバー」のことなどを面会時間のいっぱいまで、いろいろうかがい、僕たちもおしゃべりさせてもらう。

 帰りの電車で、森川くんと「罠の狼」の話を。意気込みを話しているうちに、どんどん気持ちが盛り上がってしまい、台本を読もうと思うが、稽古場に忘れてきたことに気がつき呆然とする。やっちゃった。
 清木場さんに連絡をして無事保護してもらっていることを確認。お恥ずかしい。


2006年05月26日(金) 「罠の狼」稽古12日目

 エクレアの前半。家から持ってきた衣装候補を着てみる。「ミッシング・ハーフ」のあと、ずっと生やしていた髭を剃る。
 そのせいか、昨日と全然違う芝居になってしまう。嘘じゃなく、気持ちをどんどんで動かしていくことを考える。
 やりながら、ああ、なるほどと思うことがいっぱい。自分でもびっくりする。
 小返しをしながら、エクレア前半のラストをつくる。
 ああ、こういうことか……と腑に落ちる。
 全体にかかわる演出の変更があった。おお、なるほどね、と、これもまた僕の背中を押してくれる要素になっていきそう。エゴイスティックに感謝する。
 帰り、檀くんとおしゃべり。芝居の話、いろいろ。
 駅近くの商店街にある「かにクラブ」という窓の看板。囲碁クラブらしい。どうして「かに」? かに=クラブってことだろうか? 囲碁はどこに?


2006年05月25日(木) 「罠の狼」稽古11日目

 3チームの合同稽古。公子さん、舞台監督の矢島さん、照明の堀さんが来てくれる。
 檀くんとは顔合わせ以来、岸浪綾香ちゃんとは初めましてだ。全員揃った。
 段取りを確認して、頭から通してみる。
 初めて見る「リズム」。明樹さん、檀くん、綾香ちゃんの芝居。
 ものすごい刺激をもらう。
 「罠の狼」の全体が見えてきた気分。
 僕のやらなきゃいけないことは何だろうかと考える。
 下北沢まで歩きながら、水木さんからダメだし。細かいセリフの修正の相談。これまで微妙だったところがすっきり腑に落ちる。
 帰りの電車で、芝居のことをずっと考えている。
 プランを立てるというのではないのだけれど、ものすごく新鮮な気持ちで台本を読み直す。
 これまでなかなかイメージできなかった部分のサブテキストが、自然に考えられるようになってしまっていることにおどろく。よくわからない。
 傷ついた心と体をどんなふうに自分のものにするか。もっともっと傷だらけになって、手負いの獣が牙を剥いてるようになりたいと思う。


2006年05月24日(水) 富士見丘小学校演劇授業 「罠の狼」稽古10日目

 久しぶりの富士見丘小学校の授業。
 青井陽治さんによる「自分を話す、人を聞く」。1組、2組、それぞれ2時間ずつ。
 まずは、里沙ちゃん指導による、全身のマッサージ。それから、青井さんに。
 はじめに、輪になって、「私はカバンにつめました。○○を」と遠足に持っていくものを順に言っていく。前の人が言ったものに、自分のものを付け加えて、どんどん増える品物をおぼえていかなくてはいけないゲーム。
 「遠足」ということで、このあいだあった移動教室の名残というか影響がかんじられるものが続々登場。「磯観察セット」とか。
 子ども達にとっては、品物を覚えるゲームだけれど、僕たち大人は、彼らの顔と名前と品物を結びつけていく時間だったかもしれない。
 続いて、クラスを2つに分けて、最初の半分の登場。2人組になって、この間の日曜日にあったことをお互いに話して、相手が話したことをみんなに発表する。
 去年は、今日の朝学校に来るまでという話で、「小学生はそんなに朝からいろいろやってるんだ」とびっくりしたものだけれど、今日は、それぞれの日曜日の過ごし方がなかなかおもしろかった。やっぱりみんな忙しそうだ。
 それから、残りの半分。2人組になって、向かい合って、鏡のエチュード。相手の動きをまねしていく。青井さんが合図をすると、どちらが実体でどちらが鏡かというのがチェンジしていく。続いて、鏡じゃなくて、対称の動きに。みんながとまどいながら、こっちもチャレンジ。
 動きがとってもきれいな女の子が何人もいて、授業の合間に、バレエのようにトウで立ってたりする。鏡の動きもアラベスクだったりして。今年は踊れる子が多かったりするのかな?
 1組、2組の違いが、なかなかおもしろい。まだ知り合って間もないのだけれど、今年は去年までよりも、クラスの雰囲気の違いや、子ども達のノリの違いが、早く感じ取れているような気がする。
 名前はまだまだだけれど、気になる子はすでに何人も見えてきた。
 いよいよ本格的に始まった演劇授業。前期はまず、いろんなことを経験してもらいたい。
 次の授業は永井さんの即興劇。子ども達の中にどんなことが積もっていくのか、見守っていきたいと思う。

 「罠の狼」稽古。
 外はすごい嵐で雷がえらいことに。
 稽古場の窓に稲光が映って、セリフの合間に雷鳴がとどろく。
 なんだかものすごい。
 今日は、オープニングの動きの確認をする。
 ああ、こういう芝居だったんだと、ものすごく立体的に見えてきた気持ち。
 その後の、エクレアの芝居も、とても新鮮になった気がする。
 久しぶりの明樹さんと芝居の話をいろいろ。


2006年05月23日(火) 「罠の狼」稽古9日目

 久しぶりの稽古。浜田山にて。初めて降りた不思議な街。レンガの道がアンバーの街灯にはえて、映画のセットのような雰囲気。
 清木場さんと二人の自主稽古の予定が、あかねちゃんと津崎くんが来てくれた。水木さんも衣装合わせを早めに上がって、かけつけてきてくれた。感謝。
 ファームからエクレアへのつなぎをいろいろやってみる。ファームのあかねちゃんと津崎くんの芝居をじっくり見せてもらう。

 稽古の後、僕は、竜太郎さんと美香ちゃんと渋谷でうちあわせ。
 すっかりきれいになった駅前のマイアミ。前きたときは、昔ながらのマイアミですべてがヤニで汚れてるような印象&客の年齢層高めなかんじだったのが、すっかりきれいになって今時の喫茶店にリニューアルされてる。渋谷での打ち合わせは、いつも場所に困るのだけれど、これからはここで全然だいじょうぶそう。
 打ち合わせは10月の舞台のこと。美香ちゃんと竜太郎さんの劇団に僕が台本を書いて、演出もすることになった。はじめてフライングステージ以外に書き下ろす台本だ。
 どんなものにしようかとあれこれ質問し、話を聞く。
 ゲイの話じゃないものを書くのもとても新鮮な初めての挑戦。まだ、どんなものになるかわからないのだけれど、とっても楽しみ。


2006年05月22日(月) すずめ

 母から聞いた話。
 今日の昼、居間ですずめの頭を踏んづけたという。
 うちの猫はこの間もすずめを食べているのを目撃したけれど、家の中に持ってきたことはなかった。
 やわらかいものを踏んで「何?」と思ったら、すずめの頭。あたりは羽が散乱してえらいことになってたらしい。
 話を聞いて、居間で寝ている猫の様子を見に行った。
 のんびり寝ている猫から少し離れたところに小さな白い羽が落ちていた。2枚。やだ、掃除してないじゃない。
 猫が寝ているすぐ横のカーペットには小さな赤いかたまりが。ティッシュでつまんで取って、捨てる。
 ごろんと横になってる猫は、いつもより「野性」な顔をしているような気がする。寝顔もどこかふてぶてしい。
 朝のうちから、新しく買ってきたキャットフード(カリカリ)が気にいらなくてあばれていたらしい。ほかのものをよこせと。
 すずめを食べてしまってからは、すっかりおとなしくなったという。カリカリよりはやっぱりフレッシュな方がいいということか。


2006年05月21日(日) ラ・カンパニー・アン ワークショップ 「やわらかい服を着て」

 ラ・カンパニー・アンのワークショップの最終日の発表会におじゃまする。
 会場は、「ミッシング・ハーフ」の稽古でお世話になった歌舞伎町のミラクル。「罠の狼」の上演会場だ。
 共演している津崎くん、それに古いつきあいの三枝嬢、マイズナーのWSで一緒だったまどかちゃん、まりえちゃんが参加してる。
 小峰公子さんの唄にあわせてのジェストダンスとリーディング。一つの型にはめるのではなく、その人一人一人の自分らしさと、舞台に今立っていることの喜び、そして、観客を前にしていることを感じながらのパフォーマンス。
 アンでいつも見ているジェストダンスとはテイストの違う動きを見たり、ああ、これは同じ方向だわと思うものを見たりしながら、いろいろなことを考える。
 ダンスにおける「動き」には2種類あるんじゃないだろうか? 動きそのものが表現になっていて、力自体も、その動きと一緒に発散されていくもの。もう一つは、どんなに動いても、力はそこから流れ出していかないで、逆にうちにうちに積もっていくようなもの。
 緊張している俳優の足の指が動いてしまうのは、どこか、緊張を逃がそうとしているものだと思う。
 それと同じように、自分の内にある力や思いを外にどんどん逃がしていくことが表現になるダンスと、どんなに激しく動いても、思いは逃げていかないで、動けば動くほど、どんどん積み重なっていくものがあるんじゃないだろうか。
 今までこんなことを考えたことはなかったのだけれど、今日の発表を見て思ったのはそんなことだ。
 西洋のダンス(バレエなどの跳躍系)とアジアの地面を踏みしめていく踊りの違いだろうか? 
 アンのジェストダンスは、日舞に似ていると思っていたけれど、今日、あらためて思ったのは、これがアジアの踊りのまぎれもない直系なんだということだ。
 
 三枝嬢と少し話してから、新国立劇場へ。
 永井愛さんの新作「やわらかい服をきて」のゲネプロを拝見する。
 2003年のイラク戦争開戦前夜から今年の3月までの3年間。「ピースウィンカー」というNGOに集う若者たちの群像劇。
 一流商社マンから、どんどん自分が「難民」になっていくリーダーを演じるのは吉田栄作。そのまっすぐさと不器用さが実に似合っていてとてもよかった。
 土木作業員になってニッカポッカで登場したり、事務所として借りている倉庫の屋外の洗濯場の流し台でカラダを洗って(!)、バスタオル一枚で出てきたり、その「落ちぶれ感」が、とてもチャーミングだ。
 劇中では、他のメンバーに「もうちょっとなんとかして」とけむたがられるのだけれど、彼が持っている「落ちてもやっぱり光ってるかんじ」にとても救われる気がした。
 往年のトレンディドラマのスターである吉田栄作が、戦争反対のNGOのリーダーを、かっこ悪く演じるというのは、とてもおもしろいしかけと企みだ。企画が新国立劇場というのもすばらしい。
 本来無名であるボランティアを演じるにあたって、他の俳優だったら、意識して、いい人を演じようとか、向上していこうとか、上向きのベクトルをイメージするんじゃないかと思うのだけれど、吉田栄作が演じているこの役の持っているベクトルは、志の高さとは逆に、思い切り下に向いている。
 これは作者の永井さんの企みであると同時にこの役を吉田栄作がやるにあたってもれなくついてくる、今の彼のありようじゃないかと思う。
 この、まずは「下に向いている」状況が、ただのいい人としてはおさまらない陰影をこの人物に与えていると思う。逆に言えば、いい人が持っている臭みや嫌味からも免れてる。その上で、めざすよりよい生き方、彼の理想は、だからこそ余計にせつなくみえてくる。
 これが初舞台の吉田栄作は、そんなわけで、僕にはとっても魅力的だった。
 芝居としては、劇中で流れる、リアルタイムで知っている3年という時間が、僕にはとても重かった。僕はあの日、何をしていたんだろう。そして、今、僕はどうしているんだろうと。
 劇中で吉田栄作の恋人役の月影瞳が持っているバッグが、エルメスのバーキンだった。
 どのくらいの一流商社なんだろうというのが、彼女のこのバッグのおかげで(彼女も同じ会社に勤めている)とてもよくわかる。吉田栄作がどんなに「落ちぶれたのか」ということも。
 終演後、開演前に会った根岸さんと一緒に、永井さんにごあいさつ。加藤記生ちゃんに声をかけられて、「ムーンリバー」の話をちょっとする。
 帰り、根岸さんから、このあいだの関西の非戦リーディングの話を聞いて、これまたばったり会った宇田くんと新宿まで歩く。


2006年05月20日(土) 押し入れ

 パソコンは、一度、起動して「残り5分」だったのが、ネットにつなげているうちに、ついにダウンしてしまった。ああ……。
 今日は一日、仕事の日。稽古はなし。
 電源アダプタを買ってこなくてはいけないのだけれど、時間がとれない。
 あきらめて、パソコンなしの日ということにする。

 「罠の狼」の衣装候補を探して、押入をひっくりかえす。
 「ミッシング・ハーフ」のときのトランクを引っ張り出したときに、どこに何があるかはだいたい把握していたので、すぐに発掘成功。
 それにしてもこの荷物の山はなんだろう?
 衣装は、経験上、捨ててしまうとすぐに「捨てなきゃよかった!」と思うはめになることがわかったので、とっておくのもしかたない。
 よくわからないのは、古い手紙や、資料や、写真だ。ブックオフでも引き取ってくれないだろうと思われる、日焼けした古本にも困ってしまう。
 20年も前の芝居のチラシやパンフレットは、見つけるとうれしくて、つい見入ってしまうが、なくても困るものじゃないことはまちがいない。
 いつか読み返す日が来るだろうと思ってとってある、古い手紙の束。というか山。今、読み返さないということは、これからも読まないってことだろうかと思う。
 僕が読みたいなあと思うのは、実は、その頃の僕がどんなことを考えていたんだろうかということだったりするんだと気がつく。
 ここにあるのは、僕への手紙で、僕からのものは何ひとつない。あ、一つだけ、思い切り失恋をしたときに、なんでこうなったんだろう?という相談まじりの報告を友人にした手紙のコピーがあった。何でコピー取ったのか、今となってはよくわからないんだけれど。
 読み返したら、19歳の僕の恋のしかたのあまりのたあいのなさにちょっとあきれた。同時に今の自分とのあまりの違いにショックも受ける。一生懸命だったんだねと。今の自分が忘れていた過去の動かない証拠をつきつけられた気分。だからそれはね……と意見してやりたいことがいっぱい。「エクレア」の稽古をしながら、遠く思えてしかたなかった「恋する苦しみ」がまさにここにはあった。
 分厚い今の僕の着ぐるみのなかに体重52キロ、ウエスト60センチの僕がいるように(18歳当時)、この恋に苦しんでぼろぼろになっていた僕もどっかにいるはず。いや、いたことを、ちゃんと思い出す。なかったことにしないでおく。
 これから、きっと、当時の僕の手紙があっても、読み返しては、ぼくは「やれやれ」とあきれることが多いんだろうけど、それでも、どこかおもしろがってその手紙を読んだりするんだろうと思う。
 もらった手紙を読みながら、僕の手紙を想像する(または、思い出す)のも、悪くないかもしれない。いつになるか、わからないけど。
 思い切って捨ててすっきりしてしまおうかと思った押入に、また元の通り、しまい込んだ衣装ケースたち。
 こんなことができるのも、実家に住んでいるからだろうと思う。
 こんなもの引っ越しのたびに持っていけるわけがないもの。


2006年05月19日(金) アダプター

 ラ・カンパニー・アンのWSのため、日曜日まで稽古はお休み。
 「ムーンリバー」の準備をいろいろしようと家に帰ってパソコンを広げたら、電源アダプターの調子が悪い。
 接続が悪いんだよなと思い、あれこれいじっていたら、アダプターから変圧して出力する側のプラグが取れてしまった。あわててくっつけて元の通りに差し込み、なかったことにしようとするが、だめだった。
 内蔵バッテリーの容量がどんどん減っていく。
 作業をあれこれしながら、万一にそなえて、というか、必要最低限のデータのバックアップをとる。
 そうこうしているうちに、バッテリーの容量が限りなくゼロに近くなってしまったので、非常用のもう一本にチェンジ。満タンにしてしまっておいたはずが、残量があと1時間ほどしかないことが判明。
 いじましく、ぎゅーっとプラグとアダプター本体を押しつけていると、「残り6分」という表示が「残り7分」になったりする。これでほそぼそといけるんじゃないかと思い、とりあえず作業を終えて、大事に電源を落とす。


2006年05月18日(木) ばったり

 仕事の帰り、北千住駅で、若林先生に声をかけられる。
 富士見丘小から転任されて、今は足立区の小学校に行かれているそうだ。こんなばったりもないだろう。お元気そうで何よりだ。
 富士見丘の話を少しする。もっとも、扉座の体験教室が一度あっただけで、来週から授業自体は始まるので、話すこともそんなにはないのだけれど。
 とってもステキな笑顔で話しかけられて、おしゃべりするうちに、自分がとっても沈んだ表情をしていたなあと気がついてしまう。
 いつもにこにこしてたいとは思わないけど、気持ちがどこか疲れていたんだと思う。
 夜、帰ってこない猫のためにキッチンのサッシをあけておく。夜中に降りたら、うちの猫と一緒にかつらちゃんが上がり込んでいて、僕の姿を見ると、二人でこそこそ出ていった。
 なんだよ、すっかり仲好しなんじゃないか。
 時々、聞こえてた、かつらちゃんの鳴き声は「あそぼー」と呼んでる声だったのかもしれない。


2006年05月17日(水) 「罠の狼」稽古8日目

 ゆうべは持っていた傘をどこかへ忘れてしまった。あららというかんじで駅に降りたらどしゃぶり。小降りになるのを待って、フリーペーパーを傘がわりにして、稽古場へむかう。
 今日は後半を中心に稽古。ビデオをとってもらって、初めて見てみる。思うこといろいろ。
 その後、最後の段取りを替えたら、なんだか全然違う気持ちになってしまった。びっくりする。これでいいんだろうか?と思い、水木さんに聞いたら、だいじょぶとのこと。なんだか、また違った線がつながったような気がする。
 まだ小雨の降るなか、代々木上原まで歩いてしまうことを思いつく。広いきれいな井の頭通りは駅までのくだり坂。ひと気がないのをいいことにいろんなセリフしゃべり放題。


2006年05月16日(火) 「罠の狼」稽古7日目

 樺澤氏と打ち合わせ。ハナさんも一緒に。その後、引っ越したばかりのメジャーリーグの事務所で、この間撮影した「ムーンリバー」のデータを受け取り、先行予約の整理をする。フライヤーの入稿の前に、TLGP2006のガイドブック用の広告データをつくらないといけない。フライヤーとは関係なく、どれがおもしろいだろうかと写真をあれこれ選んでみる。

 「罠の狼」稽古7日。
 今日は初めて行く稽古場。荻窪の駅からずいぶんと歩く。だいじょぶかなと心配になったあたりで清木場さんに声を掛けられて、ちょっとほっとする。
 とってもきれいな新しい稽古場。あかねちゃん、津崎くんが来てくれていて、「ジェラシー」と言われる。たしかに広々としてとても気持ちがいい。
 場面に挿入される詩のリーディングの位置や動きを確認していく。津崎くんが読んでいる詩を、彼を見ながら聞いていたら、なんだか、今までとは違うところにいけそうな気がした。
 セリフの意味を積み上げていくのではなく、その言葉をしゃべってる気持ちを重ねていくと、ああ、こうだったんだ……と思える瞬間に何度も出会ってしまう。
 その気持ちの整理をしていくような稽古。
 衣裳担当のもろさんが来てくれる。僕はどんなかっこうでここにいるんだろう? いろんなアイデアを聞かせてもらう。
 帰り、駅前のやきとりやに寄る。さくっと帰るつもりが、津崎くんと一緒に合流してくれたジュリの家に。その後、水木さんのいる「switch」へ移動。久しぶりに、飲んだなあという夜。もちろんおしゃべりもたくさん。


2006年05月15日(月) ヒンドゥー五千回「阿佐ヶ谷にて君を弔う」

 にしやんこと西田夏奈子さんが出演している。阿佐ヶ谷アルスノーヴァにて。
 王様の入山くんと会う。西田薫さんに声をかけられてびっくりする。「ミッシング・ハーフ」千穐楽以来の森川くんと、立ち話する。
 アルスノーヴァは民家を改造した不思議な劇場。
 マンガが一面に張られた壁と下手のドアとハシゴ、それに大きな箪笥がおもしろい空間をつくりだしている。
 あとで聞いたら、あのドアは実際の劇場のドアなんだそうだ。出番を待つ役者は外で待機して、鍵穴から聞き耳をたてていたらしい。
 はじめのうちはなんの話だかよくわからないのだけれど、だんだんいろんなことが見えてくる。
 にしやんは、紅一点で独特の存在感。この人を見ていると、何をしゃべるかというよりも、どうそこにいるかってことなんだよなあと、つくづく思う。何もしゃべってないときのいかたや、ハシゴをのぼっていくその後ろ姿がとっても雄弁に何かを語ってる。
 聞き返しの多いテキストの文体は、作家としては正直ちょっと苦手なのだけれど、役者さんたちはみんな、ちゃんとそこにいる人たちで、安心して見ていられた。
 終演後、にしやんにご挨拶。
 入山くんと別れたあと、森川くんとすっかり街並みの変わった阿佐ヶ谷に新しくできたカフェでおしゃべり。「ミッシング・ハーフ」のことや、最近のことあれこれ、それにこれからのことなど。会えてよかった。うれしい時間。
 帰り、エスムラルダさんとばったり会う。パレードの話をしながら、4月30日に行われたサウンドデモで逮捕者が出た件についてもおしゃべり。非戦を選ぶ演劇人の会のMLで流れてきた情報なのだけれど、TLGPとほぼ同じルートを歩いたデモで、DJをはじめとする何人もの逮捕者が出たそうだ。TLGPと同じ所轄警察署の対応がとても気になる。


2006年05月14日(日) 「罠の狼」稽古6日目

 自主稽古の日。清木場さんと2人であれこれ話したあと、ざっくり頭からはじめてみる。
 この稽古場は、前回来たときはとても汗くさかった。僕と清木場さんの風邪は、まちがいなくこの部屋から始まった(水木さん、津崎くんも、今風邪をひいてしまってるそうだ。もとは「エクレア」組といわれてるそうな。たしかに……。すみません)。
 今日は、なんだかとってもカレーの匂いがする。それも駄菓子やさんのスナック菓子の粉っぽいカレー。カーペットの床にねそべっていると、よりいっそう。風邪関係の何かもこうやって吸ってしまったんだろうな。匂いがしないだけで。
 水木さんが、来てくれてびっくりする。結婚式が早めに終わったのだそうで、すてきなドレスのまま。
 いつもの稽古よりも、ややフランクな気持ちのまま、水木さんに見ていてもらえて、なんだかとてもいい時間だった。
 水木さんに言われたことが、僕のなかで、ああ、そうなのかとすっきり腑に落ちて、これまで思いもよらなかったことが思えるようになった。
 短い芝居をセリフのやりとりだけじゃない、何を思ってるんだろう、この人は?ということを、ていねいにさぐりながら、作っていく。とてもぜいたくな時間。

 今日は、母の日。大がかりなものはいいやと思ったので、アーケードのケーキやさん「シュガーローズ」でなぜか売っていた、カーネーションのブーケを買う。といっても赤いカーネーションと葉っぱが一枚だけ。まあ、気持ちということで。


2006年05月13日(土) 休みの日

 「罠の狼」の台本を読み、昨日の「ブロークバックマウンテン」のことを考えている。ネットサーフィンして、いろんな人の感想を読んだり、誰かが勝手にシーンをつなげた映像をアップしているのを見てみたりする。
 昨日と一昨日と2日つづけた見た映画の余韻にひたっているような一日。
 受け取ったものをどうしたら外に出していくものに変換させていけるだろう。俳優として、作家として、演出家として。考える。
 昨日の夜、出しっぱなしで雨でずぶぬれになってしまった洗濯物を洗い直す。心配なので、今日は部屋干し。


2006年05月12日(金) 「ブロークバックマウンテン」

 朝、起きたら、鼻の奥がむずむずする。あれ、鼻血かな?と思い、鼻をかんだら、血じゃなくて、黄色い液体がさらーっと出てきた。しかも大量に。びっくりする。痛みもないので、ただただ不思議。寝ている間にたまった鼻水が出たのかな? とりあえず覚えておくためにメモ。
 北千住の駅の常磐線のホームで鳩が死んでいた。どうしてだろう?何かが絡まったりしてるのかなと近寄ってみたけどよくわからない。きっちり目を閉じて、足を縮めて死んでいる。

 仕事の帰り、「ブロークバックマウンテン」を見に行く。ずいぶん前にチケットを買って、そのうちに行こうと思いながら、今日を逃すともう見れないかもという日になってしまった。
 こんな映画です。(以下、サイトからの引用)
 「グリーン・デスティニー」「ハルク」のアン・リー監督がワイオミング州ブロークバック・マウンテンの雄大な風景をバックに綴る、2人のカウボーイの20年にわたる秘められた禁断の愛の物語。原作はアニー・プルーの同名短編。主演は「ブラザーズ・グリム」のヒース・レジャーと「デイ・アフター・トゥモロー」のジェイク・ギレンホール。男同士の純愛というセンシティブなテーマにもかかわらず2005年度の映画賞レースを席巻した感動作。

 1963年、ワイオミング。ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われ、運命の出逢いを果たした2人の青年、イニスとジャック。彼らは山でキャンプをしながら羊の放牧の管理を任される。寡黙なイニスと天衣無縫なジャック。対照的な2人は大自然の中で一緒の時間を過ごすうちに深い友情を築いていく。そしていつしか2人の感情は、彼ら自身気づかぬうちに、友情を超えたものへと変わっていくのだったが…。


 見た人の感想はいろいろ聞いていたので、そんなに期待せず。冒頭の山の景色もきれいねえと思いながら、それほど引き込まれることもなく、わあ、羊がいっぱいだ!と思って見ていた。
 イニスとジャックの出会いと最初に結ばれるまでの流れもふんふんと見守る。そんな早急なエッチってありかな?なんだかボーイズラブにありがちな唐突なインサートだわ、ありえない!などと思いながら。
 そんなふうに、ややひいたかんじで見ていたのだけれど、ある場面からくぎづけに。山から下りた二人が別れる場面、ジャックは車に乗って走っていき、バックミラー越しに歩いているイニスを見てる。イニスは、ジャックの車が見えなくなると、道をそれて、路地の壁にもたれて号泣する。とんでもないいきおいで。通りがかった男が不審に思うくらい。僕は、この「恋に落ちてしまった」かんじにやられてしまった。
 男と寝てしまったことを後悔して泣いてるんじゃなく、別れるのがつらくて、もちろんもっともっと複雑な思いがあって、泣きくずれてる。その姿の圧倒的だったこと。
 その後の展開にも、男どうしの恋愛なのに、それぞれの妻とのやりとりが多くないかしら?とか、どうして後半に行くほど、二人が抱き合ったりする場面が少なくなっちゃうの?とか、不思議(不満?)に思うことはあったものの、僕はすっかりこの映画に感動させられてしまった。
 1980年までを描いているわけだから、当然、サンフランシスコやニューヨークでは、ゲイ・ムーブメントが動きだしているはず。それでも、このワイオミングの田舎を舞台にした物語では、男同士の恋愛が全く禁じられたものとしてしか想像されない。
 妻も子もいながら、男の恋人との関係を続けるというお話が、これほどピュアな印象を与えていることに、僕は作り手の力量を感じる。決して、美化するのではなく、うまくバランスをとりながら、どうしようもなかった二人の二〇年を描くことに成功していると思う。
 冒頭の号泣の場面から、ヒース・レジャーの芝居には拍手だ。僕が、あの手のルックスに弱いというのもあるのだけれど(瞳の表情のよくわからない彫りの深い顔、そしてもごもごしゃべるかんじ、どれもみんなすばらしい)。
 ラストのシャツの話は、いかにも原作が短編小説というかんじがする。でも、なんのてらいもなく、あそこまでまっすぐに提示されると、もうそれだけでいいという気がしてくる。気持ちよく、泣かされて帰ってきた。
 きっと予想していた、批判的な気持ちになることもなく(それほどは)、この映画をつくった人たちのがんばりに感謝したいと素直に思った。


2006年05月11日(木) 「罠の狼」稽古5日目 「トランスアメリカ」 

 銀座にて。タックさんにいただいた試写状で映画「トランスアメリカ」を見る。
 「男性であることに違和感を持つブリー(フェリシティ・ハフマン)は、肉体的にも女性になるため最後の手術を控えていた。そんな“彼女”の前に、突然トピー(ケヴィン・ゼガーズ)という少年が出現。彼はブリーが男だったころに出来た息子であることが判明するが、女性になりたい“彼女”は彼を養父の元へ送り返そうとする……」
 フェリシティ・ホフマンがアカデミー賞の主演女優にノミネートされてたのは知ってたけど、タックさんに薦めてもらうまで、何にも知らなかった映画。
 とてもシンプルな気持ちで見たのだけれど、これがとんでもなくおもしろかった。
 「ミッシング・ハーフ」で性転換ということが身近になったからだろうか?
 というよりも、女性らしく振る舞おうとする努力のあとのディティールの細かさに感動する。のっけから、声のトレーニング、その場面は、ブリーの手のアップから始まる。
 フェリシティ・ホフマンは女性なのだけれど、この「転換期」にある人物の、独特なカラダをとてもていねいに作り出すことに成功している。
 その全てが、まるで「失敗しちゃった女装」に近かったり、あちこちが「うん、わかる、わかる」ということの連続だ。
 そして、息子役のケヴィン・セガース。なんてセクシーなんだろう。親しみを表すための方法として「カラダを投げ出す」ことしか思いつかない、というか、そうしないでは居られない孤独な心が、とってもきれいなカラダに閉じこめられてる。
 ストーリーも、なんでそんなむちゃくちゃな話を……と思いそうなものなのだけれど、実に気持ちよく運ばれていく。
 自分らしく生きることへの闘いは、まずは自分一人の問題で、そのことだけでも死にそうな苦しみを経なければいけないものだけれど、このお話は、その過程に家族との絆というとてもやっかいなものをどかんと落としてくる。
 登場人物はみんなどこか孤独を抱えていて、でも、この物語を通して、少しは一人じゃなくなっていくようだ。そんなところが、見終わったあと暖かな気持ちになれる理由だと思う。
 ほんとに見て良かった、いい映画。7月のロードショーが楽しみだ。
 タックさん、どうもありがとうございました。
 
 稽古前に時間が空いてしまったので、駅前のバーミヤンで早めの食事。チャーハンが油っこくて、後悔。
 昨日に続いて台本を読んでいる。さっき見た「トランスアメリカ」、その上でどう読む?みたいなことを考えながら。
 稽古場には、津崎くん、入交さん(まじりん)、それに演出助手のあかねちゃんが来てくれる。
 となりのお部屋はカラオケ。だいじょぶかしら?と心配しながらの稽古。
 でも、ずっと聞こえてくる演歌の中、かえっていつもよりも集中できたかもしれない。
 リーディングと小道具の段取りを、まじりんとあかねちゃんが手伝ってくれる。2人芝居だけど、2人だけでやってるんじゃないんだと、急に大人数な芝居をやっているような気分になる。
 今日もらった後半の部分の新しいテキストが、どうカラダになじんでくるか。
 前半にもフィードバックして、少しずつつくっていこう。
 水木さんに「そんなに一度にはできないでしょ」といわれ、あせらなくていいんだ、この人が、少しずつカラダにおちてくるのをかんじていこうと思う。
 帰り、初めてのみにいく。軽いかんじでさくっと。
 いろいろ話す。僕は稽古のあとの飲みというのが実は苦手だ。稽古している芝居の話をあれこれしてしまうことが、稽古の続きのようなノリであることにとても抵抗がある。打ち合わせするなら、お酒は抜きにしようと思う。
 今日はすっぱりと飲むことに徹する。「罠の狼」とは関係ない、芝居の話をいろいろ。みんなとはもちろん、水木さんとこうして話すのも初めてだ。ずいぶんおしゃべりさせてもらってしまう。「トランスアメリカ」のことも、「ぜひ見てね」とおすすめしまくる。


2006年05月10日(水) 「罠の狼」稽古4日目

 今日は一日、区役所へ出向。毎年この時期にやっている資料の引き写しをみっちり。合間に最上階の展望ロビーに行って、気分転換。うっすら曇った空模様。それでも、遠くまでとてもよく見える。
 「罠の狼」の稽古。今日は頭から。水木さんに、「はじめのうちは相手役をものすごく見てしまうので……」と言い訳して、ぞんぶんに清木場さんを見ながらの芝居。相手からもらってつくることを心がける。
 ずいぶん楽にいられるようになるが、それでも、あちこちでひっかかってしまう。ただつるつるしゃべってるだけだとどこにもいけない。何にもならない。
 水木さんにいろいろ質問する。実は一番ひっかかっていたことに、「なんだ、そうなんだ……」とほっとするような答えをもらい、一気に目の前が明るくなったよう。
 稽古の終わりの頃の時間は、あれこれおしゃべり。水木さんいうところの、僕の「頭と口の距離がどのくらいか」。芝居の稽古だけを効率よくするだけじゃない、こんなおしゃべりの時間がとてもおもしろい。
 帰り、仕事関係で、ショックなことがあり、ダメージを受ける。どうしようかと途方にくれる。
 暗い気持ちのまま、芝居のことを考えていく。恋をする気持ちのことを考える。恋が終わる苦しみと痛みのことを考える。
 誰かを好きになって涙を流したのは、いつが最後だったろうとふと思う。切実な、この人を失いたくないという思いが、僕のなかにどのくらいあるんだろうと。
 その遠さに気がついて、ややショックを受ける。そして、ため息をつく。
 傷ついてなんかいられないから、恋はしない。もちろん、人のことは好きになるけど、かなわなかったからって、ダメージなんか受けない。そうやって、自分のことを守ってきた。
 そんなことを繰り返しているうちに、傷ついて涙を流すような思いは、とてもとても遠くなってしまったようだ。
 稽古をしながら、一番足りなくて一番遠いのは、僕のなかの傷つくことをためらわないほどの強烈な思い。もしくは、そんなまるで血を流しているような心かもしれないと思う。
 過去の恋愛の記憶を総ざらいする。舞台で演じてきた恋する役、特に恋に破れて傷ついてる役のことを思い出す。コクトーの「声」をやったことを思いだし、プーランクのオペラを聞いてみる。
 中島みゆきが、今のようなしたり顔の人生の応援歌じゃなくて、まだ、恋の恨みつらみを唄ってた頃、一緒になって涙を流していたことを思い出す。あの頃の僕はどこにいったんだろう。
 そんなことを考えながら、セリフをさらっていたら眠れなくなってしまった。ぐずぐずの涙ながらのセリフを、かなりいい気持ちでぶつぶつしゃべって、中島みゆきを聞いたあとのようにすっきりする。
 自分をかわいそがることとは違うはず。自分の中に傷つく心がまだあるんだということを再確認した、そんな夜。


2006年05月09日(火) 「サラリーマン体操」

 仕事に行く。連休中もほぼ寝ていて、すぐに風邪を引いてまた寝ていたせいか、カラダが軽くなった気がする。体重計に乗ってみたら、「おおっ!」と驚くほどではないが、確かに減っている。最近では一番やせてた去年の「二人でお茶を」のときよりも体重は少ない。見た目と気分では、ほんとうにそうなの?となんだか信じられないかんじ。このまま維持して、さらにダイエットして、「ムーンリバー」につづけたいもの。
 夜、NHKの「サラリーマンNEO」を見てしまう。前にちょっと見たときは、あまりのべたさ加減にちょっとひいてしまったのだけれど、今日は笑ってみている。
 コンドルズの面々が、「サラリーマン体操」をやっている。学生服をそろいのスーツに着替えて、司会は近藤さん。大好きな鎌倉さんの濃いヒゲと長い手足に萌え(笑)。このコーナーだけの総集編とかやってくれないだろうか。「ピタゴラスイッチ」の「10本アニメ」と同じくらい好きかもしれない。


2006年05月08日(月) ダウン

 朝になっても熱が下がらないので、仕事を休んで一日寝ることにする。
 食欲もないので、紅茶ばかり飲んでいる。のどはずいぶんラクになったが、去年のように腫れてしまったらどうしようと、ドキドキしている。
 晴れ間がのぞいたかと思うと雨が降ったり、窓の外の天気もおちつかない。
 本でも読むかと泉鏡花の文庫本を読みかけるが、活字が目に痛いようで断念。結局、どうでもいいビデオ、体調の悪いときに見ることにしているビデオを流しっぱなしにしてうとうとする午後。キャシー・リグビーの「ピーターパン」のフライングのシーンで条件反射のように涙を流し、坂東玉三郎の「古典芸能図鑑」の美しい映像にいやされる。
 夕方、熱はほぼ下がり、食事をする。汗をいっぱいかいたので、着替えをして、また横になる。
 この間、無理矢理ブラシをかけたうちの猫は、すっきりと細くなったようだ。外から小雨に濡れて帰ってきて、枕元で寝ている。
 パソコンの壁紙に、「ゆずてん」のゆずの画像を使おうか思い、一度、アレンジしてみるが、あまりにまっすぐこっちを見ているので、やっぱりやめておく。なんて人間くさい猫なんだろう。


2006年05月07日(日) 写真撮影@葛飾 「罠の狼」稽古3日目

 朝10時に京成線四ツ木駅集合。
 「ようこそ葛飾へ!」と樺澤氏、カオルさん、東くん、早瀬くんを迎える。同じ葛飾出身のまみぃに「四ツ木に降りるの十五年ぶり!」と言われる。
 綾瀬川と荒川の間の河川敷、このあたりでは「中土手」と呼んでいるあたりが今日の撮影場所。雨がぽつぽつ降ってくるので、さっさと撮ってしまおうと歩き出す。
 小林くんも合流して、早速、学生服に着替えてもらう。
 早瀬くんと東くんは黒の学ラン、小林くんは「贋作・Wの悲劇」の深町くんで来てもらった紺のサージ。
 コスプレじゃなく、ほんとの学生っぽくなった。感動。
 古着を借りてきたので、今のシルエットよりもやや肩がマークされた昔なかんじが、いい効果を出している。みんなで「萌え」とか「イカす!」と言い合う。
 雨が降ってきたり、日が射したり、風が吹いたりするなか、河川敷、そして川べりでの撮影を2時間ほどかけて終える。
 プロフの写真をさっくり撮って、今日は終了、解散。

 澤氏と駅前の喫茶店で打ち合わせをしたあと、「罠の狼」の稽古場へ。
 前回の続きで、後半の気持ちの流れを確認。あかねちゃんに持ってきたもらったベトナムコーヒーを入れながらの芝居をいろいろやってみる。
 つながった線はみえているのだけれど、まだたどれない。頭ではわかってるんだけど、気持ちがそうは思っていけない、そんな段階。
 夜の稽古は「ファーム」組。しばらく残って、見学させてもらおうかと思ったのだけれど、どんどん具合が悪くなっていくような気がするので、お先に失礼する。
 意地悪のように乗り継ぎの悪い電車にいらいらしながら、ようやく帰宅。
 熱を計ったら、38度3分。あらら。
 クスリを飲んで、すぐ横になる。


2006年05月06日(土) 「ゆずてん」@アドリブギャラリー 「罠の狼」稽古2日目

 明日の撮影のロケハンに行く。
 京成線の四ツ木か八広か。またはずっと荒川を下って、新小岩or平井かなと思ったのだけれど、川下は川幅が広くなりすぎて、ちょっとイメージじゃないので、やはり四ツ木ということに。
 僕が生まれ育ったのは京成立石と四ツ木の間の線路際の家。
 すっかりきれいになった四ツ木駅、でも駅前の何もなさは相変わらず。
 緑がいっぱいの河川敷と、駅からのルートを確認。川下の葛飾ハープ橋が映りこむと地域が限定されていいかもしれない。
 あとは雨が降らないことを祈るだけ。

 浅草橋のアドリブギャラリーに「ゆずてん」を見に行く。
 古い友人の漫画家、須藤真澄さんがうちからもらっていってくれた仔猫ゆずくんが去年亡くなった。
 そのゆずのお別れ会というか、イラストやいろいろを展示する集い。
 会場は、ゆずのイラスト、原画、ぬいぐるみその他でいっぱい。せまいスペースは大勢の人で大盛況。
 ゆずはほんとうにみんなに愛されてるんだなあととてもうれしくなった。
 須藤さんとごあいさつ。直に会うのは何年ぶりだろう。
 「ゆず」には僕も「信ちゃん」として登場しているのだけれど、そのページの原画も展示してあった。とっても性別不明のキャラで、「♂」とていねいに描いてもらってる。
 須藤さんに「信ちゃんが来てるって大声で言っていい?」と聞かれたのだけれど、「それはちょっと……」と辞退する。
 印刷されたものよりもずっと鮮やかであたたかい原画と、それをいい笑顔で見ている大勢の人たちの横顔を見た。
 須藤さんのサイン会の時間になったので、置かれてあったノートにお先に失礼しますと、記帳して外へ出る。
 休日の浅草橋は、ひと気のない昔ながらの街並。高校に通うために地下鉄とJRを乗り換えていた街としてなじみがあるせいか、いつ来ても、懐かしさばかりをかんじてしまう。不思議な街だ。

 「罠の狼」の稽古。水木さんが帰ってきての最初の稽古。
 どんなふうな稽古になるんだろうとわくわくどきどきしながら。清木場さんとの自主稽古は、それはそれとして、今日、思ったこと、やってみようと思ったこと、演出されていくことを、たんたんと積み上げていくかんじ。
 稽古場に入ったとたん、おそらくは前の団体の汗くさい空気にやられてしまう。清木場さんと二人で、くしゃみと咳をいつまでもしている。自主稽古で大声を出したのがいけないのかなと言い合いながら。
 本番の舞台の配置を確認して、どんどん立ち稽古をすすめる。セリフを言うことに一生懸命になってしまって、いつ清木場さんを見るのか、どう認識するのかが、うまく組み立てられない。
 これからの稽古はたぶん、そんな気持ちの流れをからだになじませていくことが、大きな課題になるんじゃないかと思う。
 水木さんに、ここはどういうことなの?と思うことを、どんどん聞いていく。なかなかつながらなかった線がだんだんみえてきた。

 夜、明日の撮影のうちあわせをいろいろ。
 NHKで「宮廷女官チャングムの誓い」を見るが、チャングムとハンサングンが受ける仕打ちのあまりの理不尽さに見ていられなくなる。
 風邪を引いたことは間違いがないので熱を計ったら、37度4分。やっぱりねえというかんじ。喉も痛いし、カラダのあちこちもぎしぎしいう。治りかけたぎっくり腰も、また違う方面から痛くなってる気がする。


2006年05月05日(金) 水の芝居

 撮影のための衣装のうちあわせをまみぃと。
 「ムーンリバー」は下町の中学生がいっぱい出てくる。フライヤーにも学生服が登場する。
 高円寺の古着やさんが学生服のレンタルをしているということで、今回はそちらにお願いすることにした。本番用はまた改めて、あちこちから拝借することになりそうだけれど。
 昼間、たまりにたまっていた洗濯物をようやくかたづける。洗濯物を持って、2Fのベランダに上がるのに一苦労。それでも、部屋がずいぶんかたづいた。掃除をしてついでに、テープを巻き込んでしまったきりのビデオデッキ(テレビデオ)の修理に挑戦する。裏側からねじをずいぶんはずして、中身まるだしという状態までは行ったのだけれど、肝心のビデオデッキ部分は、さらにまた複雑なハコのなかに入っていて、ギブアップ。結局、居間のビデオデッキをもってきて、むりやりつなげる。
 大門伍朗さんにいただいた「下谷万年町物語」のビデオをようやく全部見ることができた。稽古の間にいただいて、なかなか全部を見ることができなかった。
 なつかしい舞台。唐十郎作、蜷川幸雄演出。当時のパルコ劇場の舞台に何十人ものオカマが登場する猥雑なそして繊細な物語。渡辺謙の初舞台。大門さんは、オカマのお春の役で、堂々とそして、いじらしい芝居が当時から大好きだった。改めてみて、細かいあちこちを記憶とすりあわせてみた、そんなかんじ。
 浅草のひょうたん池が舞台上につくられていて、人物は本水をばしゃばしゃさせて登退場する。
 今はもうない浅草のひょうたん池。今はROXの裏あたりの広場になってるんだと思う。水がらみの芝居のイメージが、「ムーンリバー」にもつながっていくような気がする。
 唄って踊る李麗仙、ラストシーンの唐十郎のモノローグ。そして、エンディングの水をつかった演出。生で見た高校生のときとは違った涙を流す。おもしろい芝居だなあとあらためて思った。


2006年05月04日(木) 調べもの

 昼間、「ムーンリバー」ための資料をいろいろ読む。ネットでいろいろ調べてみたのだけれど、一度、やっぱり「葛飾郷土と天文の資料館」に行ってみたほうがよさそうだ。
 江戸から明治にかけての台風の被害はあちこちに出ているのだけれど、昭和の台風と、そのための治水についてのあれこれは、やっぱりちゃんと調べないといけなさそうだ。
 記憶の中にある、台風の記憶を、ちゃんといつの何年というふうに確定したい。
 ついでに荒川のことも調べてみる。正確には荒川放水路。大正から昭和にかけて、掘られた人口の川。
 子供の頃から当たり前のようにあったので、天然の川だとばかり思っていた。高校もすぐそばでいつも見ていたのにね。
 水害がつづくので、つくられた川なんだそうだ。
 それと、もう一つ、「鐘ヶ淵」についても調べている。川に沈んだ鐘というのがなんだかちょっといい話なような気がして、地名の由来から岡本綺堂の短編小説まで、いろいろあたった。
 場所としては、隅田川の少し上流、千住あたりのお寺の鐘が沈んだということらしい。期待していた色っぽい話はあまりなく、ちょっと残念。でも、なんだかおもしろそうな気もするので、モチーフとしてとっておくことにする。
 洪水の話といえば、ずっと前から泉鏡花の「照葉狂言」を芝居にしたいなあと思っていた。水の記憶がよみがえる世界観をたしかめたくて、ひさしぶりに読み返してみる。
 日曜日の撮影のための連絡をあちこちに。
 フライヤー用の写真の撮影。まだ余裕があるかと思っていたのだけれど、撮影をお願いする方のスケジュールとデザインの日程を考えると、今度の日曜ということになってしまった。
 「ミッシング・ハーフ」を見に来てくれて、プロフィールを預けていってくれた東(あがり)じゅんぺいくんと電話で話す。フライングステージの芝居に出たいと言ってくれた彼。
 「ムーンリバー」への出演をお願いする。大学を卒業したばかりの22歳。中学生をやってもらいたい。日曜の撮影にもきてもらうことになった。晴れるといいな。


2006年05月03日(水) 「罠の狼」稽古1日目

 6月に客演するラ・カンパニー・アン「罠の狼」の稽古初日。
 今日は、ファーム組のあかねちゃん、津崎くんと、エクレア組の清木場さんと僕、4人の自主稽古。
 広い和室の隅と隅に分かれて、それぞれの読み合わせをあれこれやってみる日。
 前回の顔合わせのときは、おそるおそる探っていたテキストに、今日はどんと立ち向かってみる。
 ここはどうなんだろう?という疑問をお互いにぶつけて、読み合わせが、なんとなく立って動いてみることになり、つまりは、いろいろやってみた。
 劇中の人物と僕の共通点を話したり、清木場さんの話を聞いたり、おしゃべりもたくさん。
 自主稽古なんて時間を持て余してしまうんじゃないかなという心配は全くの杞憂で、時間までみっちり。
 津崎くんとは、何年か前のワークショップで会って以来。和室にいたときは気がつかなかったけど、外に出たら、背の高さにびっくりしてしまう。
 僕は、「ミッシング・ハーフ」とは全然違う芝居、世界、役柄、セリフにややどぎまぎ。
 顔合わせで読み合わせをしたとき気がつかなかったのは、あのあと、川野万里江が僕の中にしみてきたということなんだろう。
 駅までの道をおしゃべりしながら歩き、地下鉄でもおしゃべり。
 今度、津崎くんに会うのは合同稽古のとき。それまでに、今回の芝居が僕の中にどんなふうに入ってきているんだろうか?
 新宿で友人と会って軽く食事。終電で帰ってくる。さすがにGW、人はみんなのんびりした顔でいる。


2006年05月02日(火) 仕事の日

 連休前に仕上げておきたいものを片付けに仕事に行く。医者に寄ってから。腰は、昨日よりはラクになった気がするが、やっぱり歩くのはつらい。
 たまっていたメールの返事をようやく出す。
 明日からは「罠の狼」の稽古が始まり、日曜日には「ムーンリバー」のフライヤー用写真の撮影。あちこちに連絡をする。6月の1日には、年末のgaku-GAY-kaiの会場予約をしなくては。ああ、もう今年もそんな時期になってしまった。 
 昨日の真夏日が嘘のような寒い日。午後からは雨が降ってきた。仕事帰り、北千住駅の構内にあるドトールでひとやすみ。腰をいたわりながら。
 明日が千秋楽の鹿殺し「サロメ」は、ごめんなさいすることにする。長い時間じっと座っているのは、ちょっと無理そうだ。当日券で行こうと思っていたのだけれど、残念だ。誘ってくれていたアルピーナさんにメールで連絡をする。


2006年05月01日(月) 引っ越しのお手伝い

 寝坊をしてしまう。今日はメジャーリーグの事務所の引っ越しのお手伝い。9時に来れますか?という樺澤氏のメールを見たのが、9時半。あわてて飛び出すが、なかなかたどりつけない。駅の階段をのろい、エレベーターの場所のわからなさにいらいらしながらようやく巣鴨へ。
 竜太郎さんと佐久間さんにごあいさつ。一緒に荷物をトラックへ積み込む。午後から仕事がはいっているので、1時間ちょっとのお手伝い。笹部さんにご挨拶して、お先に失礼する。
 今日は、夏のような暑さ。地蔵通り商店街はおばあちゃんでいっぱい。その中の誰よりも、よろよろ歩いている自分がなさけない。
 ようやく、たどりついた仕事場。仕事にもなかなか集中できない。イスにずっと座っていることができない。キーボードを叩くのもいつもとは違う力の入れ方をこころがける。ぼくは、けっこうキータッチの力が強い方だ(字を書くときの筆圧も強い)。だんだん腰がつらくなってくる。もっとかろやかに指先だけでやっていければいいのに。そうしたら、文体も変わるんだろうか? などといろんなことを考える。


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