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2002年04月20日(土) |
good morning! 3 |
「ふわぁ・・・」 奈津子は眠そうにアクビを一つすると、どっかとリビングのソファに腰をお ろした。 やれやれ。 気まぐれな作家の都合ですっかり日曜日のスケジュールが狂ってしまったわ。 今日を逃すと当分時間がとれないっていうから、ゆうべからわざわざ泊まりで出かけたのに。 まあ、いいわ。 締め切りにはまだかなり時間あるし、だったら、日程のつまってるあっちの方を先にやっちゃうか。 家事の方は、なんだかすっかり息子たちがやってくれてるみたいだし。 ふう・・と肩で息をついて、ベランダの外で翻る白いシーツを幸せそうに見、それからぐぐっと伸びをした。 当の息子たちはシャワーを終えたらしく、脱衣場で楽しそうに話す声がする。 それをソファの背越しに振り返って、奈津子はちょっとドキ・・とした。 兄と戯れるようにして出てきたタケルが、いつも母には見せたことのないような屈託のない笑みを浮かべていたから。 おとなしくて、母想いのやさしいいい子だけれど、そういえば微笑んでいることはあっても、あんまり大きな声で笑っているのを最近聞いたことがない。 やっぱりお兄ちゃんがいいかなあ・・・と思いつつ、様子を窺っていると、まだ濡れたタケルの髪をヤマトがタオルを被せてごしごしと拭き、タケルが「やめてよぉ」と言いながら、けらけら笑っている。 そこから、ぷはっと顔を出すと笑いながら、ふと兄と見つめあった。 ヤマトの手がそっとタケルの頬に触れ、タケルが少しはにかむようにヤマトを見上げる。 そのまま、ゆっくりと唇を・・ おいおい。 「あのー」 「うわ、は、はい! お母さんおかえり!!」 「・・・さっきから、帰ってるんだけど」 「あ。そうだよね。ははは。ゴメン」 奈津子の声に我に返ったように焦るタケルとは対象的に、ヤマトが余裕の笑みで言う。 「あ、朝メシの洗いもの、まだ置きっぱなしなんだ。それ終わったら、お茶でも入れるからゆっくりしてて」 「あ・・・ありがと」 やさしい息子の言葉に、つい先ほどの「ん?」をさっさと忘れ、じーんと胸をつまらせて、キッチンにたつ長男を見つめる。 何もしてやれなくて、後悔と自責ばかりの気持ちが先立って、なかなか今までは自然に接することができず苦しんだけど、成長したヤマトが最近はもう、ただ眩しくて。 いい子に育ててくれてありがとう。と、別れたダンナにも素直にやっと言えるようになった。 キッチンの流しで皿などを洗うヤマトの横にきて、タケルが手伝うよ、と声をかける。 「おまえ、まだ髪の毛濡れてるぜ?」 「いいよ、これくらい」 「風邪ひくだろ」 「平気だったら」 「ちゃんと乾かせよ」 「もお。いいったら」 「タケル」 「・・・・だって」 「いい子だから、言う事ききな」 叱るように言って、メッ!という顔をつくるヤマトにタケルが渋々「はーい・・」と返事を返す。 「だって、一緒に洗いものしたいのに」 「だったら、待っててやるから」 「本当?」 「ん。だからちゃんと」 「はい、乾かしまーす」 「よろしい」 言って二人で笑い合うと、お互いの額をコツンとぶつける。 「・・・・あのー・・・」 「あ、じゃあ、お兄ちゃん乾かしてよ」 今度は奈津子の視線に気づきもせず、タケルがにっこり笑ってヤマトに言う。 しょうがねえなあ・・と、いかにも可愛い弟の甘えには弱いと目尻を下げながら、ヤマトがタケルを促して洗面台の所までついていく。 思わずテーブルの上にあった新聞を手に取り、広げた状態にして、兄弟の様子を窺うと、洗面所のドアの前で、さりげなくヤマトの手がタケルのお尻のあたりに添えられる・・のを見た。 (あああああ、あのう!!) 焦る母をよそに、ドアの中からはブォー・・とドライヤーの音が聞こえ、ドアがばたんと閉じられた。 ま・・・ま・・・・まぼろし・・・かな? そ、そうよね、気のせいよナツコ! ほ、ほら、だいたいボーイズラブ作家のとこに取材に行くからって、知識を蓄えておくために、そういう小説ばかり読みすぎたからさ! 感化されてるわ、イカンイカン。 自分の息子になんてこと。 お尻くらい、ほら、野球選手とかだって、さわるもんね、ピッチャーんとこ行ってさ、ほらほらっ。 ふつーよ。うん。 こんなもんよ。兄弟なんて。 スキンシップよ、スキンシップ! 絶対。た、たぶん・・・きっと・・ あっというまに髪を乾かし終えたタケルが、母の混乱など知るよしもなく、すっきりした顔でキッチンに戻ってくる。 後に着いてきたヤマトがそれに並び、仲むつまじく洗いものを始めた。 母の胸中はしかし、もお新聞どころではない。 文字は素通りして、耳だけはダンボにして聞き耳を立てていると、皿などを洗いながら、2人でこしょこしょと小さな声で何事か話している。 ヤマトがタケルの耳元に小さく何かを囁くと、タケルが肩をすくめてくすくすっと笑い、ちょっと踵を上げて、ヤマトの耳にその返事を返す。 カンペキに2人の世界に入っている兄弟に、なんだか息子がお嫁さんをもらって、その新婚家庭にお邪魔したような居心地の悪さを感じる・・。 いや、それもなんか違うか・・。 「あのー・・」 「あ、もうすぐ終わるから。お茶待ってて」 お茶じゃねえよ、と言いたい気持ちをぐっと堪えて、奈津子はなんだか得体の知れない感情と疑惑に苛まれて行く自分を感じていた。 まさか・・・・ まさか。そんな・・・・・。 でも・・・・! そんなこと、あるはずがないじゃないのぉ!! 思いっきり否定をしようとした、まさにその瞬間。 タケルの耳に何かを囁いたヤマトが、含み笑いをしながら、つい。 つい。 いつもの癖で。 ちゅ・・とその耳の下の窪みにキスをした。 ・・・・してしまった・・・・。 「あ・・・・」
しまった・・と同時に固まる兄弟がおそるおそる母を見ると、母はまさにピキ―・・ンという効果音が良く似合う状態で、瞳を見開いて硬直していた。 「あ・・・かあさん、凍ってる・・・・」 慌てつつも、なぜか棒読みになってしまうタケルの台詞に、ヤマトが思わず頭を抱えた。
そんな兄弟を前に、錯乱していく奈津子の脳裏が同じ言葉をぐるぐる繰り返していく。 まさか・・・・・・ まさか・・・・・・ そんな・・・・・ そんなあぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヤマトがホモだなんて!
END
タケルはちゃうんかい!
失礼をいたしました。なんだか一回消えてしまってから、話の筋は覚えて いるんだけども、なぜかオチを忘れてしまって・・・ これ、どうやって終わるつもりだったのでしょう? ま、いいか。あくまでもコメディなので、本気にしないでください。 いや、本気にするなってどゆことよ? 奈津子さんのキャラが変でも許してくだされってことで。 しかし、こんな性格の母なら、タケルもまた違った育ち方をしてたであろ うという気も・・。 つづくかどうかはわかんないですー。 ここで終わったほうがいい気もしてみたり〈笑) ちなみにヤマトとタケルは、これでも本人たちはせいいっぱいフツウの兄 弟を演じてるつもりなのです。・・・・マヒしてるんですね・・・。 〈風太)
その日、僕は眠かった。 やたらめったら、眠かった。 だから、本当は約束は丁重にお断りしようかと思ったんだけど。 彼、大輔くんが「新しいゲームソフト買ったんだぞー! なあ、一緒にやろうぜえ」としつこく・・いや、熱心にさそってくれたから。 だから、断れないまま彼のうちに来たんだけれども。 欠伸をかみ殺しているだけで、せいいっぱい。 ぼけ〜と画面を見て淡々とゲームを進める僕に、彼は「おまえっくらい、つまんなそうにゲームする奴見たことねえよ・・」と言うけれど、もう画面の文字もぼやけてるんだもん。 しょうがない。 どんなゲームなんだろう、これって。 それでもキミの誘いを断りきれない僕を、少しはエライと思おうよ。 ・・・・あー・・眠い。 もう、お兄ちゃんち泊まった次の日は、いつもこうだよ。睡眠不足。 寝かせてくれないんだから。 でも。 まあ。 拒めない僕も悪い。 拒む気も、まあ、ないといえば、そうなのだし。 なんかでも、ゆうべは特に・・。 いつもより、なんていうか、激・・・ 「あのさ、タケル」 「うん?」 ちょっと昨夜のことを思い出し、顔が赤くなっていないか心配しつつも、平静を装い、顔は画面に向けたまま返事を返す。 「ヤマトさんて、でかい?」 「うん。・・・・・・・・え?」 え? え? えええええええ〜〜〜〜!!! 今なんて!? 「だから! でかい?」 「で、で、で・・・・・いや、そんな、なんていうか、ふ、ふつーというか、の、のーまるサイズというか、いや、誰かと比べたことなんかないし・・ええ?」 「そか? おまえ、自分のと比べたりしねえ?」 「し、し、しない! いや、しないっていうか、いや、そりゃああ僕よりは・・ていうか! だから何! それが何!」 ナニっていうのも何だけど。 いやしかし、なんでそんなこと! だいたい、キミに関係ないじゃないかあ! 「俺もさ」 「う、うん」 「ヤりたい」 「へえ?」 「ヤりてえなって思って」 「・・・は? はい?」 「なあ、どう思う?」 「どどどどどどどう、って! どう思うと言われても、あの!」 「俺、まだ下手だしさ」 いや、下手でいいんじゃない。 僕たち、まだ小学校卒業したとこだし! まだそんなに上手くなくてもいいんじゃないかな! そういうのって、テクニックより、むしろ愛情の問題だと思うし。 ていうか、誰とそれをその・・。ヤりたいって! まさか僕と??? いや、まさかそんなはずは。 寝不足の頭で思わずいろいろ連想してみるけど、なんだかパニックになっていくばかりだ。 なんで、いったい、何がどうなってるんだ? 変だよキミ! 大輔くん、しっかり。 いや、しっかりするのは僕の方かも。 「変かな、俺」 「うん!」 「力いっぱい頷くな!」 「だって!」 「頑張って練習すりゃ、そのうち上手くならぁ」 「そ、そりゃ、そりゃそうだろうけど」 練習って、何? どうやって?? 「俺、無器用だし」 「うん」 「だから、頷くなって」 「あ、ゴメン」 「ヤマトさんみたいに、カッコよくねえし」 「うん」 「オイ」 「あ、だって」 「似合わねえってわかってるけど」 「う、ううん」 何が似合わないんだろう。 キミと僕が?って、まさかそんなはずはないよね。 「京にも言われたし」 「ううん。・・・へ?」 京さん? 「京さんに、何を?」 「ヤマトさんみたく、でかくねえとダメだって」 〜〜〜〜〜〜!!?? な、な、な、なんで京さんが!!! なんで京さんが、お兄ちゃんの、ソレ、そんな、そんなコト知って、知ってるってどういう??? ま、まさか、お兄ちゃんと京さんが・・。 そういえば、結構知らないうちに会ってるみたいだけど。 でも、そんな、まさか! 「嘘だ!」 「は?」 「信じない、そんな!」 「なんでえ?」 「なんでって! み、み、見たの!?」 「おう。けど、そんな血相変えるようなコトじゃねえんじゃあ・・」 「そんなことって! だって普通見ないでしょ! そんなとこ」 ヒトが泣きそうになってるのに、なんで大輔くんてば、ぽかんとしたアホ面してんだよ! だいたいお兄ちゃんは女クセが悪すぎるんだから! ちょっとバンドやっててモテると思って、でもだからって何も京さんにまで・・。 「でも見えんだろ」 「見えないでしょ!」 男同士なら、トイレでも見えるだろうけど、女の子が見えるっていったら。 「手なんか」 「・・・・へ?」 ・・・・・・ 何??? 「だから、手見たくらいでそんな大騒ぎすることじゃあ」 「・・・・て?」 「この前、大きさ比べしたら、思ったよりすんげえでかかったって」 「はあ」 「やっぱ、ギターやんのって手でけえ方がいいんだろうなあ」 「ぎ、ぎたー・・」 「この前ちょっとだけ弾かせてもらったんだけどさ」 「・・・・はい」 「結構ハマっちまって。けど俺無器用だしさあ、ルックスも今いちってか、まあソコソコいけてる方じゃねえかとは思うんだけど、まあヤマトさんみたくはカッコよくはねえし、肝心のギターも下手くそでなかなかうまくなんねえし。でもまあ、そのうち、バンドやりてえなあなんて。そしたらおまえも、キーボードとかやんねえ? ピアノちょこっと昔やってたって言ってたじゃん。なあ、だからさあ。聞いてるか? タケル?」 調子に乗ってしゃべりまくる大輔くんをよそに、僕の頭の中はどんどん真っ白になっていき・・。 ああ、キミの声がなんかすごく遠くに聞こえるよ・・。 そうだ。 やっぱり寝不足はよくない。 うん。 とにかく寝た方がいいよ、僕は。 しかし。 ああもう、何恥ずかしい勘違いしてんの、カッコ悪すぎ・・。 キミがニブくてよかった・・。 好きだよ、大輔くんのそういうとこ。 「おい、どこ行くんだよ、タケル?」 「悪いけど、ちょっとベッド貸して・・・。寝る」 「は?」 僕はフラフラとベッドに行きつくと、大輔くんの匂いのする布団の中に潜り込んだ。 寝よう、とにかく。 気絶寸前。
・・・あ、そか。 今わかった。
『ヤマトさんて、でかい?』(×)→『ヤマトさん、手でかい?』(○)
は〜・・・。 ぐったり疲れて布団に潜り込む僕の耳元で、布団の外から大輔くんが言う。 「何、おまえ誘ってんの?」 「ん・・」 ゴメン、もう意識朦朧で何がなんだか・・・。 「襲うぞー」 「どうぞ、どうぞ」 大輔くんが何をいったかわからないけど、僕は適当に答えると瞬く間に深い眠りに落ちていった。 あー。 疲れた。 もう知らない。 お兄ちゃんのバカ(←八つ当たり)
そんな僕が寝ている間に何かが起こったか? 爆睡していたから、僕は知らないけど。
END
ダイタケ、評判良かったのでダイタケを・・。って全然ダイタケちゃうやん! このあと、大輔に襲われたとしても「ああ、僕また勘違いしてる・・」と思ってそうです、タケルさん。 え、いや、なにをでかいと勘違いしたかは私は知りませんけど。 前の夜に何があったかも、ご想像におまかせします、ハイv(風太)
「くっしょん!」 「だははは・・・」 「だ、大輔く・・・・くしゅん! ふぇっくしゅん」 「気合のねえ、くしゃみ」 「あのねえ・・・くしゅ!」 「かあいそうだなあ、タケル。鼻真っ赤だぜえ」 「うるさいなあ。 僕だって好きこのんで、くしゃみ・・・・く、く・・しゅん!」 「わはは」 桜の木の下でひたすらくしゃみをしている僕は、大輔くんの笑い声に思わず睨みつけようとはするけれど、瞳が潤んでその視線もうまく定まらず、広げたシートの上に膝を抱えて力なく坐り込む。 「あーもう・・・最低」 身体を丸めるようにして、両手で抱えた膝の上に顔につっぷす僕に、大輔くんがさも愉快げにその隣に腰を降ろす。 「ほら、ティッシュ」 「あ、ありがと・・・」 差し出されたティッシュを2,3枚取りだして、どうしようもなく止まらない鼻水を押さえるようにして拭う。 まったくどうして、今年に限って、花粉症になんかなっちゃったんだろう。 確か去年も少しぐらいは鼻がむず痒かった気がするけど、こうまでひどくはなかったはずだ。 今年はもう目も充血して痒いし、涙目になるし、鼻水はかんでもかんでも流れるように出てくるし、特に外に出ている時はもうすさまじい。 今年ほど、お花見が嬉しくない年はないよというと、大輔くんはそれでも「わはは」と嬉しそうだ。 何が嬉しいっていうんだろう。 人がこんなに苦しんでるのに。 第一、公園でのお花見の場所取りに一命されたのは彼だけのはずなのに、どうして僕までひっぱりだされないといけないんだよ。 皆より早くに来たおかげで、吸わなくてもいい花粉まで吸っちゃったんだよ? と、明らかに責任転嫁ではあるが、そうも言いたくなってしまう。 しかも同情してくれるならまだしも、こうもヒトの顔みて楽しそうにされちゃあ・・・・。 「みんな、遅いね」 「ああ、ヒカリちゃんや京は弁当つくってくれてっから、ちょっと遅れるかもってさ」 「あ、そっか。くしゅん!」 「太一さんたちも来れたらよかったのになあ。結局、今年は俺たち、『新』チームだけだもんなあ」 『新』チーム・・・。 といっても、選ばれたのは〈もとい、いったい誰に僕たちは選ばれたのだろう)もう、2年前のことだけど。 あの、お台場に越してきて、初登校のあの日。一度にいろんなことが起こって・・・。 ・・・パタモン・・・どうしてる? 僕、もう中学生になるよ・・。 最近ね、なんだか前よりずっとキミに会いたいよ・・。 だんだんに子供じゃなくなっていくから。 だんだんに、あのゲートが遠のいてしまうように思えるんだ。 会いたいなあ・・・。 桜の木の下は、なんだか少し感傷的な気分にさせる。 春の日差しはあたたかで、広い公園はお花見をする家族や子供たちの声でにぎやかで。 風が吹くたび、はらはらと薄桃色の花びらが、雪のように降り注いできて。 なんだかどこか現実離れした、夢の中にでもいるような。 「くしゅ!」 これで、くしゃみが出なければね・・・。 「くくっ」 ついでに言うなら、隣に坐って、ヒトのくしゃみの度に肩を震わせて笑う君がいなければ。 「どうして笑うかなー。花粉症って結構ツライんだよ、これでも!」 語尾を強めていうと、「悪ィ」と言いながら、それでも顔をほころばせて僕の顔をじっと見る。 「いやな。おまえって、いつも結構スカしてんじゃん」 「え・・? 何ソレ。どういう意・・・はっくしゅ!」 「ほい、ティッシュ。そういうヤツがさ。なんっか、鼻真っ赤にして鼻水たらしてて、目も真っ赤で涙目になっててさあ。そういうの、なんかかーいいってか、ちょっとイイよなーって」 「は?」 何いってんの、キミ。 「わかった。とにかく僕が苦しんでるのが楽しいってことだ」 「で、なくて。かーいいって言ってんだろ」 「かーいい。って何だよ。そんなこと言われても、嬉しかない」 「なんちゃって。照れなくっていいじゃん」 「て、照れてなんかないっ! 変だよ、今日」 「そっかあ」 変だ、絶対。 第一、今までそんなこと言われたことないし、あ、エイプリルフール! ・・・は、昨日だったっけ。 桜酔いでもしてるのかな。 たしかキミ、あんまり僕のこと、好きじゃなかったはずだもん。 だいたい初めて会った時から、キミって僕のこと、いかにも「気にいらねえ」って感じだったもんねー。 ・・・そういや、あれからもう2年になるのかあ・・・。 「2年かあ・・」 つい、思いが言葉になって、口から出てしまった。 「お?」 「ああ。いや、大輔くんとも出会ってから2年になるなあって」 言うなり、彼の顔がぱあっと輝く。 「そうか!思いだしたか!」 「は?」 「おまえ、ニブイからなあ。気がつかねーんじゃねえかと!」 「へ?」 「だから、このゴーグル!」 「ゴーグル? ああ、新しいのにしたんだね。太一さんのはもうしないの? ってか、キミ、中学にもゴーグルしてくの?」 「あ”?」 「あ・・・。いや失言・・。似あってるよ、うん」 いかにも「何いってんだ、テメエ」という顔をされて慌てて取り繕うけど、遅かったみたい。 怒らせてしまったかな。 あ、そうか。新しいゴーグル、誉めてほしかったのか。 だったらそう言ってくれればいいのに。 確かにそういうの僕は疎いんだから。 ・・ニブイって言われるほどじゃないと思うけど。 「あー、ったくよう・・・。おまえって・・」 怒るかと思った大輔くんは、がっくりと肩をうなだれて膝を抱えて黙ってしまった。 ゴメン。そんなに傷つけちゃった? まいったなあ。 本当に似あってるよ。 ていうか、ゴーグルはもうキミの身体の一部みたいだもん。 ゴーグルがないとしまんない顔って、そういう意味じゃないよ。 いや、これではフォローになってない。 どうしよう。 大輔くんらしくない、沈黙。 早くみんな来ないかな。 抱えた膝の上に顎をのっけて、どこか遠くを見るようにする大輔くんは、少しいつもの彼らしくなくて、ちょっと大人びて見えたりもするけど、どこか妙にソワソワしている。 確かに、僕は二ブかった。 皆で花見をするお昼時の、一時間以上も前に呼びだされた意図なんて、この時は考えもしなかった。 よくよく思えば、確かに家族連れとかは多い公園だけど、そんなに場所取りをしないといけないような混みようではなかったんだよね。 けれど、そんなことは気にもとめず、というか、花粉症でともかく思考がちょっと繊細な方向に働かなかったことも事実なんだけど。 黙ってしまった彼の隣で、ぼんやりと散っていく桜の木を見上げていたら、朝に飲んだアレルギーの薬が今ごろやっと効いてきて、だんだん眠くなってきた。 春の陽気と人の声と、満開の桜と、それからぽかぽかお日様みたいな大輔くんと・・・。 不機嫌そうなキミとは対象的に、なんだか僕はイイ気持ちになってきた。 「ふぁ・・・」 アクビを一つして、隣に坐る大輔くんにもたれかかるようにして目を閉じる。 なんか、一瞬、ぎょっとしたような顔をされた気がしたけど、いいや。 もー眠い。 「あの、さ」 「ん?」 ゴメン、重い? けどもう限界。 ゆうべも遅かったし。 第一、飲んだことがない人はわからないだろうけど、アレルギ―の薬って本当に眠くなるんだよ。 「俺、さ」 「ん・・」 「おまえのこと・・・さ」 わざわざ言わなくていいよ、そんなこと。 あんまり好きじゃねーから、もたれてくんなって。 悪いと思ってるってば。 けど、なんかさ。 妙にキミの隣って・・・。 「す・・・・す・・・・・・・好・・・・」 「え?」 「好・・・・・・・・・・・・・き」 「タケルさあぁぁん!」 「はあ?」 「あ、やっとみんな来たね。おはよう、遅いよー」 「遅いってぇ。時間とおりだよお。あ、でもちょっと遅れたかな。お弁当がんばっちゃったもんねー。ね、ヒカリちゃん」 今日も絶好調の京さんに、ヒカリちゃんが笑ってうなずく。 揃ってやってきた面々が、広げられたシートの上に靴を脱いで腰を降ろし、すっかり目がさめた僕は、大輔くんの横をなんとなく一乗寺くんにゆずって伊織くんの隣に坐ると、ジョグレスパートナーのよしみですっかりなついてくれている伊織くんが嬉しそうに笑ってくれた。 そういや、キミももう5年生なんだねえ。背のびたよ。ほんと。 「タケルさん。どうしたんです? そのティッシュの山」 「あ、これ。花粉症で、もう。今年は特にひどいんだ」 「そういや、目真っ赤だね?」 ああ、一乗寺、ひさしぶり。 「うん。目薬、お兄・・・兄さんちに忘れてきちゃって」 お弁当を広げてくれる京さんとヒカリちゃんが、その言葉にからかうような目を向けて来る。 「あ、ずっとヤマトさんちにいたの?」 「お兄ちゃんに甘えてたんだー」 なんでにやけるかな京さん。 「そうでもないよー。母さん、出張で5日ほどいなくて、その間ずっといたけど、うるさくって。毎日、眼科と耳鼻科のハシゴでさー」 「悪かったな。うるさくて」 「え?」 頭の上から降ってきた声に、お箸を手渡されたまま、驚いて真上を見上げると、こつんと頭をかるくこづかれた。 桜を背景に、やさしい笑顔が見下ろしている。 「おに・・・兄さん・・」 中学になったら、ちゃんと「兄さん」と呼ぼうと決意し、この春休みから練習はしているのだが、なんだかそれもまた逆に照れ臭さくて。 別に「お兄ちゃん」でいいぜと、お兄ちゃんはいうけど。じゃなくて、兄さんは。 「あ、ヤマトさん!」 「よう、みんな久し振り」 「なぁんかまた一段とカッコ良くなりましたねー」 京さん、余計なことは言わなくていいって。図にのるから。 「ほら、忘れ物」 「あ、目薬」 「すげえ、目真っ赤だぜ」 「うん、もう痒くて」 「差しとけよ」 「うん。あ、差して」 「しょーがねえなあ。目あけてろよ。・・・だから、口は開かなくていいって」 「だって・・」 目開けろって言われると、つい口も開いてしまうんだよ。 いたた・・・。 でもさすがにすっとする。よかった。 あとから思ったけど、もう中学生になるのに、お兄ちゃんに目薬さしてもらってるって変かも。 でも自分だとうまくできないから。 目薬、 苦手だし。 もちろん、その光景に皆が固まってるなんて、僕は知らない。 「じゃあ。行くから」 「え! ああ、ヤマトさんも一緒にどうです?」 「そうですよお。ぜひぜひご一緒に!」 一乗寺と京さんの言葉に、お兄ちゃんが肩のベースを抱えなおして、軽く手を振る。 「バンドの練習があるからな、じゃあ、またな。あ、タケル。薬ちゃんと飲めよ」 「うん。いってらっしゃい」 向こうを向いて歩き出しながら、軽く手を振るお兄ちゃんを見送って、みんなの方に振り返ると、慌ててみんな取り繕うようにわたわたと動き出す。 なんで、固まってたんだろう? 「ブラコン」 小さく悪態をつく大輔くんに、すかさず伊織くんが言う。 「大輔さん、大人げないですよ」 「おまえが言うな」 「だってねえ、大輔。相変わらず、タケルくんに絡むから」 「一乗寺まで・・」 「なあんか、好きな子に意地悪してる幼稚園児って感じ」 ヒカリちゃんの言葉に、みんながまた一斉にお弁当をつつき始めた手をとめて固まる。 大輔くん、なぜにそんなに真っ赤なの? 「ち、ち、ちげーよ! 俺の好きなのはヒカリちゃんで・・・!!」 「冗談よ」 涼しげな笑顔のヒカリちゃんあっさり返されて、がっくりと肩を落とすキミ。 やっぱり桜酔いしてる・・。 完全に変だもん。 「あー、これ、すっげえうまいよ、さすがヒカリちゃん」 「それ、あたしが作ったんだけどなあ」 「ええ、京お? じゃあ、これもおまえだろー。花型のかまぼこがつながってる・・」 「え、ゴメン。それ、あたしだ・・・」 ヒカリちゃんが、ちゃんと切れてなくてつながってるかまぼこを見て、真っ赤になる。 「えええー! ゴメン。ヒカリちゃん」 「まあまあ。でもどれもすっごく美味しいよ」 「本当ですねー」 うん、とっても。 さすが一乗寺くん。ナイスフォロー。 それから僕たちは、春休みどうしてたとか、中学はどうだろうねとか、小学校の先生の話とかを、お弁当を食べながらわいわいと楽しく話したりした。 大輔くんは、なんだか、まだ怒っているらしく(だいたい何を?)僕と目が合うたびに、フイと顔をそらしていたけど。 僕、何かしたんだろうか? 「すみませーん」 首を傾げる僕のところに、公園の真中でサッカーをしていたボールが転がってきて、僕は立ち上がるとボールを手に取り、追いかけてきた子に向かってほうり投げた。 ・・・・・あ・・・?
『そのゴーグル、カッコいいね!』
・・・・・あ、そうか・・・・。 それでか。 頭の中に、鮮明にあの日のことがよみがえった。 そうあの日も、こんな風にボールが僕のとこに飛んできた。 追いかけてきたのは・・・・。 そうか、あの時の。 僕は立ったまま、席を移動し、満腹になって少し眠そうに目をこすっている大輔くんの傍にいくと、その耳元でこそっと囁いた。 気づかなくてゴメン。 「そのゴーグル、カッコいいね。あの時してたのと、同じだね」 あくびの途中で口をあんぐり開けたまま、大輔くんは真っ赤になった。 やっぱり・・・。ビンゴ。 立ち上がって微笑む僕と、見上げる君との間を、びゅっと春の風が駆け抜けていく。 「ひゃあ」 風がさらっていく花びらが、吹雪のように舞いあがり、思わずみんなが目を閉じる。 その瞬間。 キミの唇が何かを告げた。 それが微かに、でもはっきりと僕の耳に届き・・・。
風がやっとやんだ時。 僕とキミだけが、ひらひら散る桜の中で、笑いあっていたね。
End
4月8日は大タケの日。 というわけで、ナオミさんのいただきもののお礼もかねて、ダイタケテイストたっぷりのお話にしてみたり。 いかがでござりましょうか? タケルがヤマトの近くに来た日はきっと、もう何日か前だろうし、とすると、やはりこの日は大タケ、伊タケの日ということでありましょうねV 大輔とタケルは、個人的に、もっとアニメの中で仲良くしてくれると思っていたのに、そういうとこほとんど見られなくて残念だったなあ。でもこの組み合わせは大変好きでありまして。書きやすいしねー。また書きたいなあと思ってたりします。 でも、なんかイイトコは,やっぱヤマトが持っていってしまった風になっちゃったかな・・?〈風太)
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