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■ 私が「正義感」が人より強い理由(わけ)。
最近、ネトゲで 一時いなくなってた、「中華」 (ネットゲーム上でゲームのお金を稼いで、 それを日本人に売って現金を得るのが目的で、 日本のゲームサーバーでプレイしている中国人のこと。 (他国から接続することも、現金取引することも、 堅く規約で禁止されてるにも関わらず。)
彼らは人の獲物を横取りしたり、迷惑をかけたり、 やりたい放題に私欲をむさぼる。
日本人じゃ皆やらないことを平気でする。 信じられないくらい「図々しく」「浅ましく」「卑しい」。。。 (ホントに呆れるくらい…。国民性の違いかなぁ?)
…その「中華」が、また大量に発生しはじめた。
私はそいつらを許せない。
人に迷惑かけても、踏みにじっても、 平気な顔して自分の利益をむさぼる奴ら。
これは他のことでもいえる。
数日前、駐輪場に停めてあった 私の自転車が盗まれた。
鍵をかけてあったにも関わらず…だ。
その犯人は、人の”もの”に対する想いも、 人のそれを得るために使ったお金も、 持ち主の心も、平気で踏みにじる。
私はそういう奴は許せない。
多分犯人は、良心の呵責すら微塵も 感じてないで、自転車を盗み続けるのだろう。
できることなら、警察に突き出してやりたい。
・・・・。
私は人一倍、「正義感が強い」と思ってる。
人に平気で迷惑をかけたり、 人を故意に傷つけたり、 人権を踏みにじったり、 物を盗んだり、 暴力を振るったり…
そういう輩は、許せない。
反面、 人は、そういうことさえしなければ、 何をしても、どんな考え方をしても、 どんな生き方をしても自由だと思う。
…でも、人を傷つけたり、迷惑をかけたり、 巻き込むことは、絶対許されないことだと思う。
私は自分が故意に傷つけられたら、 絶対、やり返す。
一方的に頬をぶたれたら、絶対相手の頬も ぶち返してやる。
・・・・・・・。
私がこんな風に強く思うようになったのは、 過去(中学時代)に受けた「いじめ」の 影響が大きいと思う。
あのときのいじめは陰湿極まりないものだった。 私は何もしてなかった。
…でも、 陰湿で人の人権を平気で踏みにじるような行為を、 仕打ちを、団体でされた。
団体vs1人。 卑怯極まりないよね。
でも、あの時の大人し過ぎた私は、 傷つけられても、バカにされても、 ただ黙ってやられるままにされていた。
それどころか、嫌がらせされても、 笑顔で相手に従った。
例えば定期テストの時、 席を指定されて他人の机に座らざる得ないケースで、 相手(虐めの加害者)は人のことを「ばい菌」扱いしてたから、 「(私に座られるのがイヤだから)机と椅子を変えて」 ってふてぶてしく言ってきた。
私は笑顔で、自分の椅子と机をもってきて、 彼女の机と椅子と交換した。
惨めでしょう?(笑)
次回からはいわれる前から、 テストの時は、自分の椅子と机を彼女のと交換しておいた。
それくらい、 大人しく、人に対して人畜無害すぎるような 性格だったんだよ、私って。
だから、虐めの加害者はエスカレートして、 まさに踏みにじられるがままだった。
あの頃の私に会えるなら、言いたい。
グッと体を抱きしめてあげて、 「あなたは”ばい菌”なんかじゃないんだよ」 「お母さんとお父さんに大切に想われて生まれてきた、 大切な一人の命なんだよ。」
・・・って、 心を込めて言ってあげて、 それで、「相手に思いっきり、やられたことを やり返してやりなさい」って言うだろう。
…っていうか、今の私がじかに そいつらをぶったたいてくるだろう。
多分、あの時虐めた当事者たちは、 私を虐めたことさえ忘れてるだろう。
当人達にとっては、ストレスのはけ口とか 「おふざけ」程度にしか思ってないと思う。
事実、虐めの加害者は、 今振り返っても、どこか歪んでいた。
本当に頭のいい人は いじめなんかに参加しなかったし、 同調もしなかったし、私に対しても 普通に接してきた。
もちろん、助けてくれる人だっていた。
そういう人たちは、愛されて、 また自分をも他人をも愛し、思いやれる 人種の人たちだと思う。
…でも残念ながら、 世の中には、どこか屈折してしまっていて、 他人を思いやることのできない人がいる。
そういう人達(虐めの加害者たち)も、 多分本当は自分を愛せてないんだと思う。 いい環境で育ててもらってないんだと思う。 「何か」があるんだと私は思う。
そうじゃなきゃ、 他人や自分より弱い立場のものを 卑下して差別して虐げて、 それで優越感や快感を得ようなんて、 「普通の感覚」なら、思わないはずだよ。
・・・でもね、 もうどんな犯罪の被害に遭おうとも、 絶対泣き寝入りだけはしない。
何もしてないのに、 傷つけられる”いわれ”はないもの。
それに、第二、第三の被害者(ワタシ)を 作りたくない。
皆、傷つけられることなく、 虐げられることもなく、 生きる権利をもってると思うから。
私があの頃の虐めで受けた傷や影響は 計り知れないほど深く、大きい。
人生においても、 人格形成においても、
私は大きな悪影響を受けた。
私は人の何倍も傷つきやすい、 ナイーブな性格をしてる。
だからこそ、人を傷つける人は 許せない。
痛みがわかるからこそ、 それを許してはいけないと思う。
今、この瞬間も、 誰かが 何者かに不当に傷つけられたり、 何かを奪われたり、 事件に巻き込まれたりしてる。
そんな人が一人でも減って欲しい。 私は本当にそう願ってる。
私が人より「潔癖」で「正義感が強い」のは そういう理由。
2005年08月26日(金)
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